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12.ずっと知っていたのですか?

 夕食の時間になって、ようやくエマは部屋を出て来た。


 食堂には待ちくたびれた様子のウィルが、いつもの席に着いている。


「……やぁ」


 ウィルが疲れた笑みを見せ、エマは少し固い表情のまま席に座った。


 互いに無言。木偶が前菜の、冷んやりした鯛のカルパッチョを運んで来たタイミングでエマは問うた。


「私が孤独だって、どうして魔王のあなたが知っていたの?」


 するとウィルの頬がぴりつき、ふっと堂内の空気がこわばる。エマは思わぬ反応に、少し冷や汗をかいた。


(あれ?私、何か変なこと言ったかな……?)


 エマとしては、その言葉を皮切りに互いの孤独を労われればと思っていたのだ。だのに、魔王はその言葉を、どうも別の案件に結びつけて受け取ったようだった。


「……やはり、そこを疑問に思うか」


 エマは疑問符を浮かべたまま、困り顔で何かを誤魔化すように笑う。


「いいだろう、種明かしをしよう。エマ、この食事が終わったら、連れて行きたい場所がある」


(種明かし?)


 エマは妙なことになった、と内心慌てた。ウィルの顔色がどこか冴えないのも、彼女の不安に拍車をかける。




 腹いっぱい、不安いっぱいのまま、エマは魔王に連れられ城内のとある隠し部屋に連れて来られた。


 真っ白な壁にウィルが手をかざすとゴウンと音がして、壁がぽっかりとその口を開けたのだ。二人が入り、口が閉まると、周囲は闇に包まれた。


「ウィル、これは……」

「ついて来い」


 エマはウィルの背中に隠れるようにして、暗闇の中を手探りで歩く。


 しばらくそうして歩いていると。


 ぽちゃん。


 水の跳ねるような音がして、次第に目の前に光が見えて来た。


 エマはその光に吸い込まれるように、魔王について歩く。


 ぽちゃん。


 光の正体が、エマの前に現れた。


 魔王の腰ほどまである、大きな水瓶。


 その水瓶の中にたたえられている水が、ぼんやりと蛍光色の光を発していたのだ。


 ウィルとエマの顔を照らし出した水面は、絶えず水音を起こし、震えている。


「エマ。少しの間、心を鎮めてくれないか」


 エマは言われた通り、無心に努めた。ウィルも水面を見つめると、その水面が徐々に安定して行く。


「上手だ、エマ」


 水面は、ある時鏡面のようになった。ウィルの顔が静かな水面に映し出された、その時。


「……あ」


 エマは思わず声を上げた。水面には、エマが暮らしていた片田舎の村が映し出されている。


 その村のある家に、段々ズームアップする。家の中では、老夫婦が何やら言い争っている。音声は聞こえて来ない。


 その間、ウィルは少し汗をかいている。とても集中力を使うらしい。


 ふっと映像がそこで途切れた。エマがウィルを見ると、そのブルートパーズの瞳と目が合った。


「……分かったか?」

「……」

「千里眼だ。魔王はこの水瓶を通して、世界中を見渡すことが出来るんだ」


 エマは驚嘆した。


「……世界を!?」


 と、いうことは。


「まさかウィル。私のことを……」


 ウィルは真剣な顔で、エマの様子を注視している。


「……そのまさかだ」


 エマは呆然としてから、急に恥ずかしさでわたわたとその場で足踏みをした。


「やだっ、ウィル、そんな、嘘だと言って……!」

「嘘じゃない。ずっと見ていた」

「私の名前を知らないって、最初……」

「名前は知らない。けど周囲の扱いや風習の様子から、お前が勇者であることは知っていた」

「もう!は、恥ずかしい」


 エマの慌てぶりに、ウィルは顔を背けながら吹き出した。


「恥ずかしいのか……」

「それがウィルのやり方なの!?あぁ、種明かしなんてして欲しくなかった……」


 顔を覆うエマを、ウィルはうっとりと愛おしそうに眺める。


「……怒ってる?」


 エマは顔から手を外し、


「怒ってはいないけど……」


と断った上で、


「知りたくなかった」


と口を尖らせた。魔王はほっと胸を撫で下ろしている。


「だから、勇者も大変なんだなーと」


 ウィルが呟き、エマが彼を見上げる。


「俺を殺すために、大変な思いをしているのだ、と」


 言いながら、彼はエマの頬を撫でる。エマはその愛撫を跳ね除けるように、首を左右に激しく振った。


「私はどっちかというと、魔王を殺すと言うよりは、村周辺の魔物をどうにかしたくて」


 エマは水瓶の淵に手をかけ、揺れる水面を見つめた。


「魔王の出現で魔物が暴れていると言われていたから、いつかは魔王を倒さなきゃとは思っていたんだけれど」

「……魔王の出現で、魔物が……?」


 ウィルのおうむ返しに、エマはふと我に返った。


「……あ、あれ?魔王は、絶えず細胞分裂を繰り返していたのよね?」

「そうだ。魔王が途切れた世は今までない」

「ん?じゃあ、魔物が暴れ出したことと、魔王がいることとは、何の相関性もないってこと?」

「……だと思うぞ」


 エマは魔王と顔を見合わせた。魔王ウィルフリードは、真面目な顔でエマに伝える。


「魔物が暴れ出したのには、別の要因があるはずなんだ」


 エマは戦慄した。


「実は、千里眼でも解き明かせない謎なのだ。我が魔王城が魔王と木偶のみになったのも、かつて魔族の凶暴化が手に負えなくなったことに起因している」


 衝撃の事実だ。彼の目を見る限り、いつものようなからかっている様子も見受けられない。


「なぁ、エマよ」


 ウィルがエマの腰に手を回す。


「お前も……何か知っていることがあったら、教えてくれ。俺は人間も魔族も、上手く棲み分けが出来て平和にやれれば、それに越したことはないと思っている」


 エマはゾクゾクと武者震いする。


 平和を望んでいるのは、魔王も同じであったのだ。


 と、その時だった。


 ふと、水瓶に新たな映像が浮かんで来たのだ。エマとウィルはお互い怪訝な顔で水瓶を覗く。


 それは、エマを追放したあの三人組の映像だった。魔王城内のダンジョンを歩いているらしい。エマは懐かしい面々を眺めて、緊張の面持ちになる。一方、ウィルはそれを注視してから


「……この三人が、魔王城に侵入したエマのパーティーか?」


と問うて来た。エマは顔を上げると頷いた。


「そうだけど」

「……おかしいな」


 ウィルは不服そうに呟いた。


「……こいつらの中に、人間じゃないものが紛れてる」


 エマは凍りついた。ウィルは熟考するように腕を組むと、再び水瓶を眺めた。

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