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半端者 切開御免 ~Ultimate truth~

作者: ロア

 本エッセイは東方Project二次創作小説『半端者』の作者によるメイキングです。

 本エッセイの目的は作品に仕込んだ小ネタや表現意図を明かすことで読者の皆様と一見有益そうに見えてそうでもない与太話ができれば、という余興と自己満足です。無粋の極みなので、例によってご興味のある方だけどうぞ。

 なお本文のコピーは抑えていますので、読了の上で並べて読むことを推奨します。


 まずは本作成立の沿革について軽く語っておきましょう。

 きっかけはMMD(挿絵の3Dソフト)です。確か最初に作られるはずだったのは、『Xenoblade』の神剣モナドを拾った霊夢が妖夢や天子と殺陣をするものした。そこにシナリオ性が欲しいとなったとき、私が脚本を書くことになりました。

 「東方でバトルアクションを」と調べるうち、私は魂魄妖夢という演者がおよそ少年漫画の王道を歩む素質を持っていることに気付きました。ライバルの霊夢、師匠の妖忌、もう一人の自分、と戦う相手に事欠きません。「半人前」という属性も主人公に必要な欠落として機能します。お察しの通り、この段階で漠然と『半端者』の輪郭が浮かび上がっていました。

 自分は小説というよりアニメを原風景に持つ人間ですから、映像に携われるとなるとやる気でした。しかしクオリティを求めすぎた結果、計画は頓挫しお蔵入りとなりました。




 ▼アニメ塗りを意識したモデル改造。右がアールビット式妖夢。左がテクスチャをベタ塗り(瞳のみ書き換え)して差し替え、設定を反映して肌を白く、刀を長く調整した半端者式妖夢。

挿絵(By みてみん)



 ▼実際の挿絵。キャラモデルと背景を別撮りした後で背景をぼかし、モデルとの間に彩度やコントラストの差をつけ、上からグラデーションレイヤーを被せて馴染ませてある。

挿絵(By みてみん)




 その半年後、私の人生には少々嵐が来ていました。そこで大事な自分の作品を汚したくない私はこの二次創作を思い出すと、その場しのぎに手を動かすことにしました。ええ、本来二次創作とは閾値を超えた原作愛の発露によってなされるのでしょう。まったく酷い動機です。

 ちょうど夢追い人に現実の足音が忍び寄っていた頃でもあります。私は今一度自分をして作家と定義しようと望みました。こうした経緯から本作には「己の在り方」といったテーマがもたらされたのです。


 また、執筆開始時点で私の中にはアニメ化計画再燃への淡い期待がありました。だからこそ、敢えて本作はどこまでも小説らしい小説を目指しました。アニメの作れない人間が、その指示書きを小説と呼んでいる現状への否定。原作の反抗。小説そのものの美しさへの挑戦です。

 画的に映えるシーンをふんだんに盛り込んだ本作ですが、その一方で「とっつきやすさはビジュアルに任せる」という考えからこの「小説版『半端者』」は徹底した精神の、思考の作品として、多少くどく直接的な心理描写を肯定しました。


 本作のテーマとしてはもう一つ、二次創作であることがあげられます。二次創作という初めての挑戦に自分なりにアプローチした結果、本作には白楼剣の継承や既成概念との対話といったテーマが加わることになりました。そしてそれは先人らによって醸成された王道を肯定し、神話や英雄譚より受け継がれた「行きて帰る物語」を選ばせました。また妖夢という修行者に付随する「修行」「基本動作の習熟」というイメージもその一助となりました。

 豊富な小ネタやオマージュも、二次創作意識から来るものです。それは原作はもちろん、自分の触れてきた様々なもの(特にポピュラーなもの)も対象です。ZUN氏の「東方は二次創作」というセリフに現れている通り、東方は集合知を背景に持つ作品です。多用される引用は小説ならではの「東方らしさ」として取り入れたものです。


 では、本編を具体的に見ていきましょう。

 



・一章一話 向こう側の物語


 一話のタイトルに含みを持たせるのっていいですよね。さて、このタイトルは冒頭時点で「原作主人公である霊夢や魔理沙にとって向こう側の物語」という意味に取れたと思います。しかし妖夢が初めて顕界へ行くとなったときそれは更に「これから始まる妖夢にとっての向こう側の物語」という意味を帯びます。そして全編を読了いただいた皆様には更にこれが本作全体、「妖夢が葛藤の果てに一線を越えて向う側へ進む物語」を指すことも分かるでしょう。


 実はアニメ構想段階で同時公開しようと一話だけ書き上げていたのですが、その際一番悩んだのが人称です。これは妖夢という主人公の心に寄り添った物語。一人称で書く方が妥当というご指摘はもっともです。しかし両方書いて上手くいったのは三人称の方でした。これに関しては妖夢に入り込めなかった自分の実力不足でしょう。自分はオリジナルでは自分が感情移入できるよう主人公を造形するきらいがあります。しかし、妖夢という借り物の制約を越えた造形はできません。むしろ役作りをする役者のように、私の振る舞いやマインドの方が妖夢にアプローチしていた気がします。

 といっても本作はバトルアクション。その点では三人称の方がカメラワークなどで都合がいいでしょう。二つの選択肢があってなお三人称を選んだ可能性も、否定はできません。


 次に冒頭シーンの選定です。最初に浮かんだのは倒叙、霊夢に敗れるシーンからの描写です。インパクト勝負の冒頭、推理小説が死体を転がすならアクションアニメはバトルを転がせ。「敗北から始まる物語」も本作らしいでしょう。

 しかしここで私はこれが二次創作であることに気付きました。すなわち、東方ファンに対しては一部の設定を共通認識として扱えてしまうということです。しかしこれは二次創作である以前に一つの作品。東方ファンだけをターゲットにするつもりはありませんでした。となると一刻も早くこれが開かれたものであることを表明するべく、説明を並べる必要がありました。さらに正直に告白すると、「その方が楽」というのも理由の一つではあります。人伝の世界を伝えるという慣れない工程を、連載に追われはじめる前に済ませておきたかったのです。まあ、インパクトで勝負するほどエンタメに特化した作品でもありませんからね。こうしてあの平穏極まる書き出しが選ばれました。


 会話パートでは特に、多少「ダサい」と思う悪球を含めてジョークを数多く投げ込むことを意識しました。要するにこれも原作の掛け合いを意識した「東方感」狙いです。




・一章二話 Girl in the sky


 タイトルは同名の楽曲から。『少女綺想曲~Dream Battle』のアレンジで、飛行シーンのBGMになる予定でした。「空飛ぶ少女」という風物詩は実に幻想郷に来たことを思わせるものです。

 描写も曲のイメージに助けられました。具体的には、飛行が安定した後です。冒頭はまだ誰も起きだしていない冬の朝、自然が活動を始めるのを少し得をした気分で眺める感じ。サビの伸びやかで軽いサウンドも悠然とした飛行にぴったりです。輪唱(?)の部分には積雪(あるいは星空)にはしゃぐ絵本の中の子供たち、というよりその遠景を見ました。感動的な来光は、最後に向けてストリングスなど重ねていくあたりからでしょうね。


 さて、そうこう言ってる間に森に着いたようです。魔理沙戦です。侮辱への怒りで剣を抜くという行動は、彼女の人物像のうち一話で描写できなかった部分ですね。

 全編を通して負けの多い妖夢ですが、幻想郷に出たばかりの今回は飛行の習得に初めての勝利と成功体験を続けています。もちろん、最初にそれを掴ませてやったのは次でしっかり叩き落してやるためです。

 そんなわけで、本作最高の疾走感を誇る空中チェイスです。もちろん半霊ボードでなど、完全にアニメ映え狙いです。ボードで空中飛行という発想の出どころは『エウレカセブン』でしょうね。ええ、それはもう派手に板野サーカスする予定でした。といってもこれは小説。作図のように動きをそのまま字面に起こして映えるものでもありません。手の応酬をミニマルに文で追い、疾走感を損なわぬよう読ませるだけです。


 バトル後のシーン。二人を拾ったおじさんですが、あそこは魔法の森で、一般人には有害な魔力で満たされてるって設定なんですよね。本作は一度だけ読みやすさのために修正してあるのですが、手元の原稿には魔理沙の去り際に「あ、お礼に言っとくがあの森で薪拾いはやめといた方がいいぜ。じゃあな」とあります。開始当初は設定にうるさい原作ファンが主な読者と考えていたもので、予防線を過剰に張っていました。しかしまあ、設定とは話の一回りほど大きければいいのです。魔理沙に言わせることで発生するわざとらしさを思うと、この設定を語りたい自発的な理由はありませんでした。


 少女の言う「変な格好をした女中」というのは、お察しの通り十六夜咲夜を匂わせるものです。原作ファンをクスリとさせる仕掛けの一つですね。だいたい脚本ではテーマ曲のアレンジが入って主張しています。妖々夢に出演するキャラは全員カメオ出演させたかったのですが……残念なことにレティ(とリリー)は叶いませんでした。やるなら冬であるこの回だったんですけどね。

  

 妖夢が少女に聞かせたお話は、『太平記』より『広有射怪鳥事』。妖夢のテーマ曲の元ネタです。誰から聞いたかと問われた妖夢は答えに軽く詰まりますが、理由はもちろん嘘だから。幼くして両親を失った妖夢はこれを幽々子から聞かされていたのです。

 それから、このシーンはセリフのみで構成されています。消灯後の闇をより直感的に表現するためですね。また作中話ということで話の世界に集中させることも狙いです。何なら相槌を入れるのも迷いましたが、少女とのコミュニケーションを優先してこの形に落ち着きました。 

 もちろん、この友情も後で叩き落すためのフリです。「もっとこの少女と親睦を深めるシーンが見たかった」というご意見をくれた方もいましたが……いやはや、実にいい趣味をしていらっしゃる! 構成と展開の都合で省きましたが、私もまったくもってそう思います。何なら炎の中で叫ばせるための名前を与えてもよかったかもしれません。

 

 


・一章三話 白玉楼階段の幻闘


 冒頭、さっそく仕掛けですね。ミスリード気味に展開される作中話は『ジキル博士とハイド氏』、後に二つの人格に分離する妖夢を暗示するものです。これも改稿前はもう少しこっそり忍ばせていましたが、気付いた人には本作がバッドエンドとなる不安を煽るはたらきをしたことでしょう。もちろん、人形劇の演者というのはアリスです。気取り屋で子供受けしないものばかりやっている、なんてキャラ付けをしています。


 そこから小町の紹介へ。本作における小町の役回りは妖忌の過去の証人で、付随的に日常のワンパーツといった具合です。三章の助言部分で新キャラを連投するくらいなら、序盤に提示すべきでしょう。紫の噂も同様です。


 それと関連して、本作の登場人物の多寡について考察してみましょう。基本、ラノベ一巻スケールの話に登場させていいメインキャラなど三人程度でしょうが、本作は少しメインとサブの境界が曖昧です。メインに主人公の妖夢と半霊と、師匠の妖忌。ヒロインの幽々子、ライバルの霊夢、助言者紫、映姫、小町、友人の魔理沙(後述)、ラスボス西行鬼、犠牲者の娘あたりまではサブといっていいでしょう。西行、放火の妖怪、夜盗、阿羅漢殺し、おじさん、両替商、医者などは脇役でしょうか。

 こうして見ると比較的多めのサブキャラが役割的に配置され、結構な力で話を回しています。何なら「このキャラをこの順で出す」と提示するだけで他の東方ファンが同じ役割を与え、同じストーリーラインをなぞる可能性も否定できません。おそらくこれも二次創作ゆえのことでしょう。既に記号でなく十分な造形のされたキャラクター。出せる限りだし出したいし、そのキャラらしい活躍をさせたい。その結果落ち着いたのがこの形です。


 そして妖夢がしっかり負けフラグを立てた後、霊夢戦です。ライバルの霊夢は妖夢に敗北感を与えるべく、クールな像を採用しました。このパートでは一言も発していませんね。

 このシーンの場面は妖々夢Stage5ですが、霊夢がボスキャラ扱いなので永夜抄Stage4も参考にしています。BGMも『少女綺想曲~Dream Battle』のつもりです。自分はあの曲の中に弾幕ごっこの視覚的美しさや、霊夢という少女を東方の主人公たらしめる少女性――すなわち純真さや透明さ――を見出しています。「桜花に紛れ舞う~」の描写は、凛として疾走感あるピアノパートから取りました。

 ええそう。私がシリーズ内で視覚的に一番惹かれているのはこの妖々夢の桜と弾幕というモチーフです。なのでこのシーンは自分の思う弾幕シューティングの美しさを詰め込んだシーンとなっています。だからこそ私はここに「上だあぁっ!」という2Dシューティング最大のタブーを持ってきました。原作は終わり。ここからはみんなの知らない『半端者』の始まり。そんな二次創作ならではの小さな「三話ショック」です。




・一章四話 亀裂


 さて一夜明け、夢オチから始まるパートです。半霊と妖夢の分離はここからですね。二つの人格の衝突というのはこの話の本筋なのですが、個人的には少し不満な出来です。妖夢に仮託した問いにはあくまで論理的な議論で自分の納得のいく結論を出したかったのですが、どうにも突き詰めるだけの体力を切らしたのか、最後は物語の力に任せて強引にカタルシスに持っていってしまったのです。自分の中の小説家は許しても、哲学者は許さない。そんな具合です。まあ真理とか正解とか、雷鳴のように劇的に脳を打つ閃きというのはそれこそ空想上のものなのかもしれませんが。


▼二人の妖夢まとめ

 挿絵(By みてみん)



 続いて重要シーン。幽々子との衝突です。無償の愛を、母性を否定するという行動はこの先の物語の方向性を決定づけるものであり、「起の結」に起こすイベントとして選びました。

 幽々子というキャラに限っては、実に役割的な造形がなされていますね。母であると同時に妖夢が守るべきヒロインの属性を付与された結果の、あの弱さです。そのせいか、原作の老獪なイメージが強い方には違和感を与えることもありました。

 



・二章一話 人里にて


 冒頭の仕掛けは回収時に話しましょう。ひとまず「妖怪に両親を殺された」というバックボーンをここで出しておきました。この章のボスは妖怪ですので。

 そして同じ場所で現在。魔理沙のお節介ですね。実はこの魔理沙というキャラが一番書いていて楽しかったキャラです。といいますのは、彼女の出番は本来二話で終わりだったのです。あくまで妖夢に手始めの勝利を掴ませてやるだけのチュートリアルボスであって。しかしこの沈んだ妖夢を動かすにあたって、「任せろ」と言わんばかりに飛びこんできたのが魔理沙です。幽々子とは真逆のパターンですね。自分は昔から強固なプロットに従って進めるタイプなので、この「キャラが動く」という体験は初めてでした。作者までこの気さくな友人に手を引かれている気分で、この先はしばらくアドリブで走ることになりました。魔理沙でなければここは一人か、あるいは例の少女と過ごすなんてパターンもあった気がします。


 団子屋から両替商へ。実はここにもちょっとした仕掛けがありまして。「狐にでもつままれた」と「意地の悪い飼い主」と言われて妖夢が連想したのはそれぞれ八雲藍と八雲紫でしょう。となると、その直後に入ってきた猫というのは橙を示唆しているわけです。間接的カメオ出演ですね。

 さて、それから商人たちが出てきます。このシーンは何気に一番現実味のあるシーンだと思っています。ネットと親とか、繋ぎたくない二つの居場所が繋がってキャラ崩壊してしまう感じ。きつい関西弁を入れてみると、それがいい具合に演出できました。魔理沙の敬語なんてレアなものもまた然り。

 



・二章二話 広有射怪鳥事


 さて、『広有射怪鳥事』、英雄譚への挑戦です。恐怖と勇気を描き、並走からの「乗れよ」と映像映えを挟んで、バトルシーンへ。


 炎の妖怪こと輪入道戦ですね。髭面と源氏車でスピンオフ前から察した人もいるでしょう。前座に一戦挟んだのは、妖夢の恐怖を強調するためです。こと原作にいないキャラですからね。自分の中で先に箔をつけておかないと強敵感が出ないと感じたのでしょう。

 魔理沙と会議の末、作戦開始です。魔理沙はとにかく喋るキャラですからね。喋らない主人公に代わって操作を説明するRPGの仲間のような役回りもやってくれました。おまけに単調な戦闘にコマを足してバリエーションを増やしているわけですから、やはり入れて正解でした。




・二章三話 再会


 精神世界で始まる冒頭。少女への無責任な約束から来る自責ですね。炎の中で顔が変わるというのは、これは明らかに映像を想定した演出です。

 ぼやけた頭に体言止めで情報が一つ一つ入ってきたあと、「最低」。外の様子を見て、重ねて「最低」。これは「定食屋の店主が看板を裏返す」光景が、先述の少女への手の平返しを連想させたためですね。これも自分は京アニあたりのよくやる「映像は語る」というやつを意識していたのですが、よく考えれば小説でやると逆輸入になるのかもしれません。


 そして、妖忌のと再会です。ここで「剣か忠か」という選択を迫られることで「承」である二章が終わることになりました。確か魔理沙が来る前は尺的な区分で紫と映姫の助言が二章に入り、三章が丸ごと妖忌の過去でしたか。

 尺という点では結局魔理沙の割込みを入れても十万字に満たなかった本作、正直膨らます方の苦労は大きかったですね。本作の求める美観、あるいは今の自分の感性はとにかく冗長を嫌っていて、書いては消しの繰り返しでした。体力も相まって筆が伸びず、有効な五千文字を叩き出すことが辛かったです(途中からは「なぜここへ来てまで字数など気にするのか?」ともう少しフリーになりましたが)。




・三章一話 或る魔女の曰く


 プロットジャッカー・魔理沙、とうとう自分の回を作ってしまいました。元々紫と映姫という二人の助言者の対立構造を取っていたので、ややこしくなったと言えばそうですね。まあ、妖夢と読者への箸休めということで。

 そしてここから回想ですね。思えば全編通して回想を一人称にしているのは魔理沙だけです。これは単に彼女の口調が軽快で書いていて楽しいというのもありますが、魔理沙というのは本来東方における凡人、プレイヤーに近いキャラクターです。それ以外の紫や妖忌、小町や斬られ役に関して言うと、どうにもその中に入ってはいけない気がしたんですよね。

 これは多分、本作執筆にあたって組んだ東方の世界解釈によるところもあるでしょう。この世界は観測者たる人間によって存在し定義される世界であり、紫の説明に見える通り妖怪とは迷信の生み出す虚像(妖怪化もそうなるという迷信があればそうなる)。それゆえ妖怪は人間と意思疎通できるが、会話が成立している裏の思考回路は不明。偶然成り立っているように見えているだけかもしれない、という動物機械説みたいな話です(つまり番外編で輪入道や小町の思考を言語化したのは、厳密には違反ですね。ただし訴訟は受けつけません)。




・三章二話 或る妖の曰く


 紫の回ですね。冒頭の描写、「窓の格子の落とす影が自分の手に不気味な縞模様を作る」というのは妖夢の身体が変質しているかのような錯覚を呼び起こすもので、末尾の「妖夢はいま、蛹化した芋虫のような不定形の自我の行く末を知らない」で表される変化への不安を示唆しています。

 そして登場する助言者その一、紫。彼女の主張は大学の教授をモデルにしたところがあります。生真面目なエリートに授業という名目で良からぬことを吹き込む胡散臭い教授で、自分も最初は苦手でした。二項対立をはじめとする、本来複雑なものを複雑なまま理解しようとせず不当に単純化することの浅はかさ。きっと世界が広がればいつか何となく気付いたことだとは思いますが、それを言語化してくれた人くらいの認識です。

 さて、紫というキャラについては実際に登場せずスキマ越しという形で話しています。アニメで絶対に顔(特に目元)の映らない、アノニマスなキャラっていますよね。そんなイメージです。

 

 過去編については、時系列資料でも公開しますか。西行の娘である幽々子の生没年は、捏造ですね。妖忌や西行との兼ね合いです。


▼ざっくり時系列

挿絵(By みてみん)

 


・三章三話 或る閻魔の曰く


 映姫の助言回ですね。故障により前回から半年の休載を挟んでいます。たっぷり時間をかけたためか、筆の踊る部分は際限なく踊っていますね。序盤の妖夢の精神活動なんかは、ほとんど自分の物が流れ出した感じです。

 映姫の描写も、筆が踊りました。彼女には自分の中にある一つの抽象的なイメージを投影しました。確か、ある制作物のプロキシ用にと拝借した画像の色を調整したときに降りてきたものです。偶然出来上がったエメラルドグリーンの空。その色彩の中に私は天使を、未来を、超越者を見ました。

 それを映姫に埋め込んだ理由ですが、映姫とは権威であり、紫の東洋的カオスに対する西洋合理主義です。悪い言い方をすると西洋コンプレックスの日本人(=一人の人間、子供)に外から授けられる上位者らのイデオロギーです。このイメージはそれに合致しました。

 映姫というキャラについては他に謙譲語を使わないこと、そしてなにより格言の多用というところでもキャラ付けができました。集合知の上に立つということの表現ですね。


 あろうことに、私はこの紫と映姫の助言を一話にまとめる予定で脚本を書いていました。こんな絵的に地味な回を二度も続けてなるか、と。しかし筆が踊ったのを除いても、二人とも話が長い。さりとてこの説教は本作の論理的支柱。こと小説版の方針上、突き詰めるべきと判断して二話に分けました。




・三章四話 或る侍の半生 前編


 


 妖忌編です。冒頭から『羅生門』パロディですね。ここ、羅生門が半分の半分になり亀裂に緑が芽吹いているというのは妖忌の暗示です。魂を二度切り出す辛い人生を送った後、最後に遺した妖夢という存在を示しています。


 過去編にはシーンというよりエピソードだけを流しで語る部分が多いですね。二章に押し込むはずだった説教が三章になだれ込んできたので、あくまで妖夢の判断材料として事実を淡々と伝える具合です。ただまあそれが全てだとその回は本当に説明文になってしまうわけでして。最初と最後にシーンらしいシーンを作って何とか挿入という形に抑えました。


 最後は死神とのシーンですね。この死神は外伝より、小野塚篁です。「埋葬後の肉体を痕跡無く取り出すことなら可能」というのは、つまり彼の「位置を操る程度の能力」によるものだったわけです。




・三章五話 或る死神の半生 後編


 軽率に寺を燃やしてみました! そこに寺があったからです! 寺社仏閣は燃えてこそ美しい! ということで、こちら清水モデルですね。清水寺は一六二九年、実際に火災で焼失しているそうです。逃げる坊主が燭台でも倒したのでしょう。

 本来ならここと前回の間にもう少し妖忌の冒険が入ったと思います。しかしまあ、大概アニメゆえに許されるバトルでの尺稼ぎですから。尺の押している小説版でのカットに抵抗はありませんでした。


 寺の裏話は外伝に任せるとしましょう。それから幽々子との再会と、芥川繋がりで『藪の中』など盛り込みながら魂魄家の系図の話です。ここの語りを淡白にすることで、妖夢の誤解を助長する形に組んでみました。ただこれ、小町が悪意ある語り部になってしまうのはまずかったかもしれません。喋り慣れた彼女に限って「その解釈は想定外だった」も苦しい言い訳なので。地の文ということで作者が悪意の主になるだろうと通したのですが、一抹の不安はありました。

 あと、妖忌を連れ戻しに来た是非曲直庁の使いを「死神」としたのもまずかったですね。外伝の設定は執筆前に固めなおすまで少し曖昧だったので。この時点で強制執行に向かう部隊は鬼神隊のはずです(訴訟は受けつけません)。




・三章六話 迷いの果て


 過去編を受けて、妖夢の反応です。さて、幽々子のときと同じように自分はシナリオのためにキャラを無理に糸で引っ張ったときに罪悪感を抱くのですが……ここ、少しわざとらしさが出ていないか心配な部分です。まあ決してそれだけの動機ではありませんが、人は愛されていないことにああも憤慨するものなのかと。ええ、フィクションではよく見る光景です。孤高へ傾く半霊との対立軸からなるキャラ付けですが、ただ自分と遠いためかいまいちリアリティを感じられなかったのです。

 さて、そして半霊との戦闘ですね。ここのカットについてはかなり大きな決断でした。もちろんアニメ版で想定していた見せ場の一つ、自分もいくら小説版とはいえここばかりは書くものと思っていたんですけどね。ウユニ塩湖みたいなところで斬り合うやつ。最大の要因は尺として、文字媒体で精神の衝突を物理的戦闘に喩えたときのダサさ、純粋な剣術勝負シーンの飽和、次のシーンへの引き方などもカットの理由です。


 そして戦闘の結末を明かすことなく次へ。ここで急に霊夢視点への変更です。日常シーンの描写は本作冒頭のセルフオマージュですね。まるで新しい物語が始まるかのように、妖夢という存在を一度遠くまで突き放してしまおうというわけです。そして「銀髪の人斬り侍」と堕ちた妖夢を連想させたあと、橋のシーンへ。

 客体として描かれる、壊れかけの妖夢。地の文と同じく霊夢も冷たくあしらうわけですが、ごく当然のツッコミとして言った「それで斬れなきゃ迷いでも弱さでもないってことじゃないの?」が半霊となった元妖夢にきっかけを与えるわけですね。霊夢は不思議な勘を持ったキャラなので、何の気なく重要なことを言っていくというのは実にキャラに合った動きができたと思っています。

 



・四章一話 幽明境を異にする


 日本語は死を表す語彙の豊富な言語だと思うのですが、これほど妖々夢にマッチした言葉が見つかったのは幸運といっていいでしょう。迂遠さ加減もネタバレを防ぐのにいい塩梅です。

 

 そんなわけで、決闘です。勝てる気のしない闘いですね。ジャイアンに噛みつくのび太のような、意地でどこまでやれるかといったところです。初手の肘打ちは『萃夢想』より。挿絵から先にできていて、格闘ゲームみたいだったので。少々無理のある動きに繋いでいますが、まあ体重半分の魂魄流ということで。


 拮抗を作ったところで、西行鬼の乱入。人斬りの答え合わせという形になりました。夜盗によって切り出された妖忌の荒んだ部分が、反魂によって肉体を得てしまった妖怪ですね。欠けた部分を取り戻すため、ずっと妖忌を探していました。妖忌を喰った後は、なお足りない幽々子への想いの分を求めて白玉楼に向かいます。

 実は西行鬼の外伝も候補にありましたが、紫の説明と彼のセリフから経緯は想像がつくだろうとの判断で無しになりました。

 イニシエーションストーリーのお約束として主人公は成長のための代償を払うわけで、死別はその筆頭となるわけですが……本作はそのために配置した少女に飽き足らず、妖忌まで殺してしまいましたね。さすがに原作キャラの死亡が二次創作のタブーであることくらいは知っていましたが、特に抵抗なく受け入れていただけたようで幸いです。




・四章二話 ボーダーオブライフ


 やってまいりました、ラストバトルです。遅れて登場する主人公。相棒の言葉一つで妖夢を戦列に加える魔理沙と霊夢の信頼関係。いつにも増してバトルアニメらしい演出を盛り込んでおります。

 ピンチからの逆転ももちろんその一つ。半霊との対話シーンは本作の立てた問いに結論を出す形になります。ここ、半霊の心が折れたことは「誓いは過去の決意に依存するが故に弱い」というロジックで説明されるわけですが……ここも、例のわざとらしさという不安はありました。理論武装で固めた人間の脆さは知っているつもりですが、大きなショックがあったにしても少し態度の変化が急に思えたので。

 しかし、その点を除けばうまく展開できたかと思っています。妖忌に挑むときは半霊が頑張って、西行鬼に挑むときは妖夢が頑張った。妖夢が最後に至った「二人で一つ、どちらも手放せない」という答えも「剣と忠のどちらも取る」という半霊の答えにヒントを得ている。対等な相棒として両者を肯定できるような形に導けたので、大枠としては満足です。決定打のセリフ、着想元は『鉄コン筋クリート』ですね。設定上不可能ですが、実際あんな風に一度ふたりを離してみて上手くいかない様を描く見せ方も良かったかもしれません。

 

 そして復活。「二つの魂が共鳴した」というのは、『ソウルイーター』意識の表現ですね。挿絵が二つ割りになる可能性もありました。しかしまあお気づきの通り、実際の挿絵は原作での妖夢のポーズを再現したものになりました。

 さて、霊夢の提示した「六十六秒」という時間を謎に思った方は多いでしょう。その答えは今回のタイトル『ボーダーオブライフ』をBGMに繰り出される『妖々夢』のラストスペル、「反魂蝶」の耐久時間です。そして妖夢が他でもない自分の手で引いた一線を命がけで守ることを決め、戦闘開始です。

 戦闘も曲から(あるいはシーンから)着想しました。前半はアクションだけで構成された息つく間もない戦闘。そしてとどめの瞬間の膨大なエネルギーに飲まれた後、アウトロと共に飛び去っていく際のあっけなさ。そんな起伏を作るための、あの過剰に抽象的な表現です。

 最後のところは、これはちょっと自分でも有罪だと思っています。「ただいま、帰りました!」で締めればいいものを、霊夢たちが去っていくところを描写したのは完全に映像の説明ですね。



・四章三話 さくらさくら


 というわけで最終回です。

 妖忌のシーンから。このシーン、執筆当時はまた無理矢理納得させて美談にしてしまった気がしていたのですが……今は少しだけ、彼の心境も理解できる気がします。酷い動機で産みだしてしまったものが思わぬ結実を見せて、悪くないと思えるようになる。妖忌と妖夢の関係は、自分と本作の関係にも似ていますので。


 ええ、こんなことばかりです。本作が示しているのは自分が頭で分かっていても行動が追いつかなかったり、心情的に肯定できなかったり、そんな理想論ばかりです。生憎まだ自分も作家としてスタート地点にも立っていないわけですから、私小説のつもりが最後は妖夢に置いていかれたような気分です。

 ですが程度の差こそあれその理想とのビハインドは妖夢も感じていて、それでもなお不完全な現状を肯定することでひとまずのハッピーエンドとさせていただきました。そして取り戻した日常の尊さを描き出すことで、最後の仕上げです。


 ラスト一幕は白玉楼での宴会ですね。やはり東方といえば宴会。最終回といえば全員集合。映えないわけがないシチュエーションです。爽やかなギターロックと共に流れる妖夢の独白をゴールとしてずっと思い描いていました。『鋼の錬金術師』最終回の『ホログラム』あたりが元でしょう。おぼろげな記憶でしたが、いま見てみると偶然にも最後のカットがそっくりでした。許可の都合アニメの選曲からは外しましたが、脳内イメージ曲は『Phantasmagoria』です。

 そして満開に咲く桜の下、最後は妖夢の堂々たる名乗りによって話は締めくくられます。何の変哲もないこのセリフによって自分の定義というテーマが回収されるわけですね。




●外伝 ヒガンバナシ


 せっかくなので外伝もやりましょう。


外伝は斬られ役たちの裏話です。『ヒガンバナシ』というタイトルはもちろん三途の川に咲くヒガンバナから取ったもので、「向こう側の物語」のように本編から見た「彼岸」も指しているわけです。ついでに言うと全員「悲願」を持っていたことも緩やかにかかっていたり。


 私小説的な要素を交えた本編でしたが、王道を、ハッピーエンドを描くうえで出せるものなどほんのわずか。「悪役にこそ作者が出る」なんて言いますからね。外伝のオリキャラたちには自分の抱えた闇の部分を乗せてみました。




・車輪の話


 車輪の再発明という言葉がありまして。既に世に出ているものを知らずに同じものを一から作ってしまうことです。知識不足はもちろん、怠け者のくせ大きなものを沢山作ろうとしている自分の場合、製作中に先を越されることが往々にしてあります。所詮シーンなどビジネス的な問題と知りつつ、しかしそんな社会性を刷り込まれたマインドはオリジナリティの損失に徒に気を揉むのです。

 差別化の容易なクリエイターでこれなのですから、利便性という一つの価値に従属する発明家の場合は一層顕著でしょう。こと彼の場合、自助努力でどうにもならないハンディを背負ったわけですから。筋違いと知りつつ、「くそう」と思う気持ち。それが則を越えれば凶行の動機たり得るのではないか? そんな仮託からこの放火魔は生まれたのですが……いやはいや、事実は小説より奇なりとは恐ろしいものです。

 

 それはさておきあの貸本屋は鈴奈庵であって、本作も無事に鈴奈庵炎上というノルマの一つを達成いたしました。

 まことに残念ながら、紅魔館までは(火の)手が回りませんでした。お許しください、ミス・スカーレット。




・梯子の話


 これは本編執筆中に浮かんだ話で、テーマは裏切りと恨みです。実は本編に半年もの休載を挟んだのは、私生活でこっぴどい裏切りに遭った故のことでして。精神と計画の狂いは現在に至るまで続いており、信じた自分も悪いと知りつつやはり恨んでしまうのです。

 もう随分むかしのことですから、向こうにとっては過去なのでしょう。しかし、蹴落とされた側にとってその谷底こそが今なのです。だからのうのうと生きる加害者のことを思うと腹が立つのは、仕方がないことだと思うのです。


 さて、彼の感情は自発的に復讐へと向かってもよかったと思うのですが、最後に背中を押す謎の声。お察しの通り、パルスィのカメオ出演ですね。妖忌の寝首を掻かずに刀だけ盗み去るという行動から夜盗には気弱さを加えたかったので。

 気弱な迷い人に助言する見えない声、という構図は妖夢と紫のそれを意識したセルフオマージュですね。実は彼女のロジックにも紫と同じ教授の言を拝借しました。密航者のくだりです。時代背景の都合で船にしたのですが、元ネタは現代日本の改札機。海外のように抜き打ち式にせず検査に大金をかけるのは、幸福の総和を差し置いてでも不正利益を嫌う日本の「ムラ」社会的気質、でしたか。




・子子子子子子子子子子子子


 タイトル、「ねこのここねこ、ししのここじし」と読みます。小野塚篁のモデルである小野篁が、嵯峨天皇に読まされて捻り出した頓智が由来です。この話も魂魄家に同じく頑固な祖父を喪う孫の物語です。

 

 外伝で一番時間を食ったのは是非曲直庁の設定です。十王の宗教的な背景と、是非曲直庁のシステム。そもそも官僚制なんて人間が敷いたものですからね。前述の「人間の認識が定義する」という設定に従って幕府や朝廷の組織図でもあてるか、はたまた仏教イメージで中国史から引くか、人知を超えた組織ならオバテクとして現代日本も参考か、などなど。ちなみに小町の去り際のセリフは『涼宮ハルヒの消失』パロディですね。

 

 篁の「位置を操る程度の能力」については、小町の「距離を操る程度の能力」から。有り体に言うとテレポート、ただし発動が遅く戦闘には向かないという具合です。

 小町の鎌での戦闘シーンについては、鎌ということでボンズの『ソウルイーター』が資料になりました。映像への従属というと本編のタブーですが、やはり自分の原点はそっちなんだなと。違う武器を使うと戦闘に幅が出て、いくらか筆も踊りました。脳内イメージ曲は『絶叫クールマッチ』。特に能力覚醒後の惨殺シーンに映えそうな曲だったのですが、流石に今回は自己満足が過ぎたかと短く畳みました。

 

 篁の「悪無くば善けん」は反骨心溢れる小野篁の逸話からですが、この洒落は「悪」と「嵯峨(天皇)」をかけているところがミソなので元ネタにパンチ力で負けた気がしています。


 賭場のシーン、やっているゲームは丁半博打です。見えないツボの中で起こったことに対して「いかさまだ」と騒ぎ立てる小町。闇に葬られた篁の暗示です。「シソウの半」は四と三の出目を示すのですが、この目にしたのは「思想犯」とかけた言葉遊びですね。

 

 橋でのシーンは本編五話冒頭の妖夢の回想と繋がります。

 悲劇の最後にほんの少しの希望を拾って、それが次の物語へと続いてゆく。これをやるときに自分が意識したのは『Fate/Zero』でした。思えば心のどこかで二次創作を笑っていた人間、踏み出す背中を押したのはあの作品だと思います。




 メイキングは以上です。

 書いていて思ったのですが、語り漏れを外伝でやって、なおも見せたい舞台裏を語って……それでもきっと語り部にとって物語なんて永遠に終わらないんですよ。何ならバッドエンドルートだったり、このあと別の異変で颯爽と登場する妖夢だったり、そしてもちろんアニメ化だったり、引っ張る余地は幾らでも。ただ、適当に見切りをつけなきゃ次へ進めないというだけであって。


 改めまして、ご愛読ありがとうございました。

 またどこかでお会いできる日を楽しみにしています。


お借りしたもの(敬称略)


MikuMikuDance:樋口M

MikuMikuEffect:舞力介入P

PmxEditor:極北P

Aviutl:KENくん


魂魄妖夢:アールビット

白玉楼:鯖缶

桜の木(太):31040

桜吹雪エフェクト:ビームマンP(ロベリア


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