第三十二話 帰り支度
最近忙しくて遅くなっております。
昼食を終え、帰り支度を進める。
冒険者は根無し草の者も少なくない。
コハク・ミカグラも例に漏れず、転々と拠点を変えるらしい。
ギルドからの連絡で待ってもらうのはもちろんのこと、こちらからも急いで向かった方が、すれ違わなくて良いと判断した結果である。
ケネラに帰還後、日を跨いでの出発になる。
「防寒具も揃えなければなりませんね」
「……寒いの嫌い……」
定めた目的地のホローゼムルは雪原地帯だ。
極北に位置し、年中雪が降るという。吹雪は少ないそうだが、明朝は霜が下りて視界を奪うらしい。
そんな中で強力な魔物と出くわせば、それはもう悲惨な結果になるだろうな。
「まぁ、聞く感じだと、寒いってレベルじゃなさそうだけどな」
「防寒はしっかりしませんと、死んでしまいますからね」
テントをメアと協力して畳む傍らで、シルビナは干しっぱなしだった洗濯物を手際良く畳み、一纏めにして【異空間収納】へ仕舞っている。
「熱保持薬は必須ですし、ホットグローブやホットソックスも揃えておきましょう」
「ホットグローブとかホットソックスは分かるんだけど、熱保持薬ってなんだ?」
「魔法薬の一種です。一定時間、低気温で身体の熱を奪われないように保護してくれます。生成にはハールの樹液とニギットの体液、それから火属性の魔法水が必要です。ハールはどこにでも生息する木なのですが、ニギットは雪山等の寒く、高い場所にしか居ませんので、入手は大変です。流通量も多くありませんね」
手を止めてピンと立てた人差し指をふりふりする。
「勿論、需要の高い寒い地域では珍しい物ではないので、ホローゼムルの手前で入手できるでしょう」
「そんな物があるなら、セルベティアでも使って欲しかったぞ」
そう不満を漏らせば、「物が無かったので仕方ありません」と平然と返された。
まぁ、そうなんだろうけどな。
普段使わない物をずっと所持しているわけにもいかんだろうからな。
「浜の道は何時まであそこにあるんだ?」
この孤島のダンジョンに辿り着くには、潮が引いてできる浜の道を通らなければならない。
当然、潮が満ちれば浜の道は姿を隠すわけだ。
冒険者はそれ迄に大陸に戻らないと、一月このダンジョンで過ごすことになるのだ。
そんなのは御免こうむる。
「明日の明朝にはもう沈んでいます。海流が即座に狂うので、浅い内でも渡ることは難しいですね」
「足を取られるのか……」
船でこの孤島に渡れないのは海流が激しいからだ。
まぁ、シルビナなら空を飛べるんだが、ルクセラとの会合があったから三日待つことになったんだが……
俺の冒険者活動も視野に入れていたのかもしれない。……荷運びが殆どだったけどな。
「じゃあなんで浜は流されないんだ? 砂だったことは間違いないから、潮の流れに巻き込まれそうなもんだけど」
テントを畳み終え、骨組みを解体する。
雨風に強い布で四角錐状に組んだ鉄製の骨組みに覆い被せていただけだから、先ずは布から畳んだ。
「魔素結合です」
シルビナは洗濯物を畳む手を再開した。
パパっとパーカーの位置を入れ替えて小さくしていく。
「あの砂浜は魔素保有量が大きいですからね。魔素同士が引かれ合ってちょっとした山になるのです」
「それが続いて道になるのか……」
シャココッと子気味の良い音をさせて骨組みが小さくなる。
中は空洞で、先に進むと細くなっている。指し棒のような仕組みになっていた。
「魔素は濃度の高いもの同士が引かれ合い、結合します。それが強力な魔素溜りとなり、ダンジョンへ、或いは魔獣へ、はたまた魔物へと至るわけです」
「……なるほど」
最後の一つをシャココッと縮めてサイズ毎に別けて纏める。
天から地面へ続く骨組みと地面を這って支える骨組みの二種類があって、四方の点を結ぶ繋ぎのパーツと、天で四本を結ぶパーツがある。
二種類の骨組みを紐代わりの蔦でメアが縛ってくれている間に、俺はパーツを一纏めにしてしまう。
天で結ぶパーツは一つで、穴が四つある。下のパーツは穴が二つだから間違えないだろう。
「魔素溜りは異界に繋がるゲートという説もありますね」
そこから魔界云々、別世界云々と、古い文献の知識を並べ、俗説に過ぎませんがと締め括った。
帰り支度は順調に終え、日が沈む頃には浜の道の前──ダンジョンの入口に着いていた。
道中、メアが発する殺気に怖じ気付き、小物は姿を見せず、蛮勇に出た知能レベルの低い魔物はバトルアックスを背負ったメアの細い指から伸びた凶悪な爪に切り裂かれた。
雷光のように速く、研ぎ澄まされた刀のように鋭い一撃だった。
無感動な表情の中に確かな殺気を滾らせて、確実に命を奪う。
洗練された戦士のそれではなく、獣の本能で急所を狙う。
正確無比な狙いと、人智を超えた膂力で魔物を圧倒する様は、小柄な少女ではなく、銀毛の大熊を幻視させた。
それがメアという少女の本質であると、否応なく理解させられた。




