第三十話 合流
「──さまっ、にぃ──っ、お兄様っ」
「ふおっ!?」
「──っ、良かったですっ」
呼び声に瞬時に意識は覚醒し、慌てて身体を起こす。
ふにょんと柔らかな感触に顔面が包まれる。
「へぁっ!?」
「本当に良かったです。死んでしまったのかと……っ」
湿っぽい声で言うと、呼び声の主──シルビナは、俺の頭を抱く力を強めた。
狼狽える俺のことは全く気にした様子もない。
「むぐぐーーっ!?」
「……シルビナ、苦しそう……」
「ああっ!? すみませんっ、お兄様っ!」
「ぷはぁっ」
抱く腕にタップしても離してくれなかったシルビナだが、聞き慣れない静かだけど耳に馴染む心地よい声が聞こえると、漸く解放してくれる。
息を吸い、酸欠気味になった身体に酸素を供給する。
「お兄様、その……」
「ふぅ……はぁ……いや、大丈夫だ。心配掛けたっぽいし、まぁ、なんだ? 役得だったしな」
俺の視線がチラッと向けられたことを理解して、シルビナの頬が薄く朱に染る。
軽く腕で胸を隠す仕草が、美人な彼女を少し幼く魅せた。
「……ふふっ、申し出があれば何時でも構いませんよ?」
「いやいや、兄妹でそれはないだろ」
「むぅ、まだ折れませんか」
朱に染めた頬を僅かに膨らませた後、くすくすと笑って水筒を差し出す。
「声が少し枯れていますよ」
「……ありがとう」
何故? とは聞かず、大丈夫か? とも問はない。
決めたことだし、乗り越えなければひなたは救えない気がしている。
無殺なんてありえない。誰が傷付こうが、ひなたは必ず救う。そう誓ったからこそ、殺しは早い内に経験した方がいい。
それがシルビナと俺の共通認識だった。
「で、そちらさんが……」
「はい、“ひなた”を宿す、獣人のメアです」
「……メア……」
シルビナの肩越しに見えていた、丸っこい獣ミミを頭に付けた少女──メアが軽い会釈をして名乗り、「……よろ……」と付け加えた。
青み掛かった銀髪をショートボブにした、空色の瞳。整った顔立ちではあるが、瞼が若干下りている所為か、気だるげというか……眠たそうだ。
百三十センチ程の身長で十二、三歳に見える。
スカイブルーのパーカーにデニムのショートパンツ。線の細さは露出した白い太腿から分かる。
ただ、その幼さに似合わない、シルビナに匹敵する強烈なプレッシャーが、彼女を見た目よりも大きく見せている。
「銀熊──シルバーベアーなどと呼ばれる、珍しい種族です」
その中でも、メアは特殊らしく、生まれながらにしてビーストモード──完全な熊の魔獣になる形態で、【先祖返り】と呼ばれるらしい──が出来る。
特異な種の獣人に見られる能力だそうだ。
生まれながらにして力が強くて頑丈。
そんな彼女が異端視されるのは時間の問題だった。
親に捨てられ、集落を追い出されて魔物に襲われ、そして死の淵をさ迷って“ひなた”を取り込んだ。
簡単に経緯を説明すればそんなところらしい。
親に捨てられたとか、死に掛けたとか思わせないくらいにぼーっとしているんだが。
「あー、えっと、俺は藤佐田 隆之だ」
立ち上がり、先ずは自己紹介をと名乗れば、メアはこくこくと首肯して……
「……知ってる……記憶にある、から……」
そう答えた。
まぁ、それはそうだろう。シルビナと同じなら、“ひなた”の記憶も持っているはずだ。
“メア”をベースに、“ひなた”で強固に補強する、だったか。
魂のあり方はそんなイメージだそうだ。
「まぁ、礼儀ってことで」
「……ん……」
納得したのか、またもこくこくと首肯する。
シルビナの話では、メアは闘争本能が高く、出会い頭に殺されるかもって感じだったんだが、どうにもそんな雰囲気はない。寧ろ眠そうだ。
闘争とかより、怠惰って言葉しっくり来る。
「では、昼食に致しましょうか」
シルビナは手を合わせて提案する。
「ちょっと食欲はないんだけどな」
特に肉が食えそうにもないぞ。
「……食べないと、力出ない……」
「メアの言う通りですっ。少しでも入れてください。特に今は気が滅入っているので、無理にでも食べさせますよ?」
「お、おう、分かった」
女が二人揃うと、圧が半端ないな。
これから“ひなた”が増えていくとなると……俺の立場がなくなるんじゃないか? 今でもあるとはちょっと言えんが。
嫌に具体的な現実予想ができてしまい、苦笑した。




