第二十九話 決着
惚けた連中を殺すのは簡単だった。
戦意喪失は連中から逃走する思考さえ奪い、ただ首を跳ねられるカカシに成り果てた。
「ひぃいいっ!!」
足元に転がる弓術士の男の頭を見て尻もちを着く。ぺちゃっと赤い水が跳ねた。
冒険者達の首が転がり、血の海と化したこの場で生者は俺と貴族様のみとなった。
「さて、と。あとはお前だけだな」
「まっ、待ってくれっ!」
「くれ、だぁあ?」
尻を上げて器用に後退る貴族様に態とらしく、粘着な口調で問う。片眉を上げて、イラついていることもアピールする。
「まっ、……まってくださいぃいいぃぃっ」
心底屈辱的だと言わんばかりに歯を食いしばる貴族様。
右掌を俺に向けている。サイコキネシスでも使って、押し止めているのだろうか?
「わっ、私はデレナブ伯爵家三男ですっ。こ、殺せば父様が黙っていないっ」
「三男だろ? 後継ぎは別に居るだろうし、ここはダンジョンだ。不測の事態は充分有り得る。俺が殺したって証拠も魔物のお陰で残らないだろうし、目撃者を残さないようにもした。俺とお前の接点はないに等しい。疑われることもないだろうさ」
ぽかんと間抜け面を晒す貴族様を笑ってやる。
今までは実家の権威で反抗者を従わせてきたんだろうが、この世界に定住する気のない俺には効かない。関係ないからな。
そもそも、地球でお偉いさんと接する機会のない俺が、貴族様の地位で脅されたところで、実感も湧かなければ恐れも感じない。意味のある行動にはなり得ないし、効果があるわけもないってことだ。
「か、金を用意するっ」
「する、だぁあ?」
学習能力は皆無らしいな、この貴族様。
いや、そもそも貴族ってのはこいつの親の役職だよな。
会社で、社長の子供を社長とは呼ばないし。
伯爵って爵位を持つのはこいつの親であってこいつじゃない。
親の権威を振り翳してはいるが、こいつ自身にはなんの力もない。
……ふむ、詰まりだ。
こいつは何者でもないってことだな。貴族様と心中であっても呼ぶのは適切じゃない、か。
「……よ、用意致しますっ。な、なので、見逃して下さいっ」
おいおい、血まみれの地面で土下座しちゃったよ。
まぁ、そんな姿で俺の溜飲は下がらないし、そもそも襲ってきておいて許すなんて次元の話ではないんだが。
「顔を上げろ」
「は、はいっ──ぇ?」
「下げられてちゃ、首を取れないだろ?」
俺の声なんてもう届いていないだろうけど、一応伝えておく。
許されたとでも思ったのか、上げた顔は歓喜に満ちていたが、虹色オーラの線が走り、何者でもないア、ア、アル、アルー? アル・ナントカ君の頭が落ちる。
プシィーッと切断面から血飛沫を吹かせ、地面に着いていた両手は崩れて前のめりに倒れる。
「……ふぅ……」
静かに息を吐く。思った以上に緊張していたらしい。
一秒か、一分か、一時間か、はたまた刹那か、時間間隔が狂い、ぼーっと金髪野郎の首なし死体を眺めていた。
ふと込上げるものがあり、深呼吸を試みると……
「うっ……おえぇぇええっ!?」
膝に手を着き、胃袋の内容物をぶちまける。
意思に関係なく、気分が悪くなった。
視界に映る鮮血と虚ろな目が目に毒だ。
肉を裂く感触がまだ手に残っていて、暖かな血液で赤く染った手は汚く思えた。
「はぁ、はぁ、……平気だと思ったんだけどな……うぶっ……ゲェッ……おえぇぇ……ゲェッ」
ぴちゃぴちゃと響かせて朝食が全部出てくる。
ロクに呼吸もできず、くらくらする頭を堪えて木の傍までより、手を着いて楽な姿勢を取る。
「はぁ、はぁ、……もう、なんも出ないぞ、チクショウがっ」
悪態を吐いても気分は優れない。
胃袋が空になっても、出そうと身体が反応するのは結構しんどい。
「うっ……ぇぇえええっ!」
酸っぱいものが口内に充満する。
胃液だ。
嘔吐きが止まらない。
魔物や魔獣ではなく、人を殺す。それは強い嫌悪感を俺に覚えさせた。
あんなカス共を殺したところで、なんの痛痒も感じない、平気だと思ったんだけどなぁ。
どうにも、同族殺しは本能的な忌避感を覚えさせるらしい。
「ぜはぁ、ぜはぁ」
漸く嘔吐感が治まってきた。
散々吐いた所為で、喉がカラカラだ。ちょっと酸い匂いもするし、嗽したい。
口を拭い、ふらふらと歩みを進める。
若干酸欠気味の頭で、ここにい続けるのは危険だと理解していた。
これだけ血の匂いが充満しているんだ。獰猛な魔物は必ずやってくる。
今の状態で戦うどころか、逃げ切れるとも思えない。
「ああ、遅かったか」
グルルルッと背後で唸り声が聞こえた。
同時に、グチュグチャと咀嚼音も耳に届く。冒険者の死体を食らっている奴が居るらしい。
「……」
振り返らず、そっと動いて木の裏に身を隠す。
幹に沿って腰を下ろして、影から様子を伺うと、コボルトと呼ばれるビースト・タイプの魔物が神官の女を食らっていた。
姿は狼男と呼んで差し支えない。二メートル弱の図体のデカさに、灰色の硬質な毛並みが特徴だ。
毒系統の多いこのダンジョンでは、極めて珍しい種だ。
「……三頭か。無理だな」
見える限りの数だ。絶対ではないが、咀嚼音もそれぐらいに思う。
灰色の毛を震わせ、肉の旨味に歓喜を覚えているようだった。
視線を向けたのも数秒程で、体勢を戻して木の根元に身を預ける。
咀嚼音をBGMに瞼を落とす。
相当参っていたらしい。直ぐに眠気がやってきて、意識は遠のいて行った。
二週間に一回の更新でやっております。




