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第八話 説明⑤

 二人で食卓を囲む。

 場所は小屋の外。正方形の机の上には、木材の食器があり、ここら辺で取れる山菜のサラダや魔物の卵で作った卵焼き、干してあった肉を炒めたものなんかが乗っている。


「食べないのですか?」


 正面の切り株に座るシルビナがおれの様子を伺うように聞く。


「……いや、食べる」


 山菜の葉が紫と青のまだら模様。卵の色が真っ赤。まともなのは肉だけだ。しかし、それも魔物の肉らしい。


 食い辛い。

 シャキシャキと瑞々しい音をさせてサラダを一枚一枚、不格好な形の枝箸で挟んで食べるシルビナを見る。

 沢から戻る時に採取したから、新鮮なんだろう。まだ多くの水分を含んでいて、彼女の口端から紺色の汁がツーと垂れた。

 人差し指で拭い、ちゅっと湿った音を立てて吸った。


「……っ」


 意を決してサラダで肉を巻き食べる。シルビナの真似だ。


 シャキッとした歯応えと、肉の弾力を感じる。イメージとしては、干し肉は固いものだという認識があったが、そうでもない。

 柔らかくジューシーな肉汁がぶわっと溢れた。干して凝縮されたのか、濃厚というか、芳醇な香りが口内を占める。

 山菜のピリッとする苦味と、干して凝縮された肉の旨みとが相乗効果をもたらして、より高位の食材へと昇華させている。

 俺の貧困なボキャブラリーではこれが限度だ。要は……


「うまっ」


 その一言に尽きる。


「良かったです。少し見た目が良くないので、お口に合わないかと思いました」

「……っ……っ」


 シルビナの声が耳を素通りする。

 ガツガツとサラダ、干し肉炒め、卵焼きと交互に、ランダムに、同時に食べていく。

 卵も、鶏卵以上の濃厚なとろみが喉をコーティングするような感覚があって、不可思議さがある。


「クセーフスから取れた乳を、パナッコの果汁と水で薄めた物です。煮沸消毒は済ませて、冷やしてありますので、美味しくいただけますよ」


 コトリと置かれたコップに手を伸ばし、一気に煽る。

 ミルキーなまろやかさが鼻から抜けて実にクリーミー……語彙の崩壊だな、これは。


 それぐらい美味いってことを理解してくれ。

 喉を滑って胃に到達する様が理解できるほどに濃厚な味わいに加え、妙な力の流動を感じる。

 俺の体内で血流がうねるように脈打った。


「なんだこれ……っ」

「クセーフスとは羊の魔物です。特に害のある魔物ではありませんし、このセルベティアに於いて、珍しく危険ではない地帯に生息し、大気中の高濃度な魔素を養分にした草を糧として生きています。なので、クセーフス自身が相当量の魔力を保有していまして、余剰分は乳として排出しています」


 人差し指を胸の傍でピンと立てて説明するシルビナ。

 聞かなければ、そんな思いもあるが、俺は自分の中で暴れるエネルギーに困惑するばかりである。


「お兄様のその身体には現在魔力が備わっていません。なので、魔素を糧とするクセーフスの乳を摂取し、手っ取り早く魔力を蓄えて頂きます」


 クセーフスの乳には多量の魔力が内包されていますので、経口摂取すれば魔力を体内に取り込めるのです。と続けて、シルビナもクセーフスとやらの羊乳を飲んで喉を潤し、言葉を続ける。


「繰り返しますが、現在、お兄様には魔力が備わっていません。なので、魔力を蓄えていただくわけですが、今のお兄様では、大気中の魔素を体内に取り込むことも難しいでしょう。ですから、クセーフスの乳から摂取した魔力を足掛かりに、魔素を取り込むコツを掴んで頂きます」

「……ふぅ……質問なんだが、お前はどうしてるんだ? 常にそのマソとやらを取り込む作業をしているのか?」


 漸く暴れる力に慣れ、シルビナの説明に一区切りついたらしいところで疑問を投げ掛ける。


「いえ、私に限らず、大抵の人間は意識せずに自然と魔素を体内に取り込めます。そういう器官があるのです。ですが、私の錬金術では再現できず、お兄様は魔素を自意識で取り込まなければなりません。私の未熟さが貴方に苦労を掛けてしまいます。申し訳ありません」

「いや、それはいいんだけどな」


 続けられた、「生殖器官の再現は完璧なのですが」という言葉は全力スルーの方向で話を進める。

 ……お兄ちゃんは、ひなたが汚れてしまったようで、非常に悲しく思います。


「ですが、メリットも十分にあります」

「メリット?」

「はい。鍛錬次第で、好きな量の魔素を取り込めるようになります」

「それは……どういうことなんだ?」


 理解しようとしたが、無理だった。

 知識がないから、シルビナに与えられる以上の理解力は持ち得ない。故に、聞くしかない。


「通常、魔素の取り込める量、魔力に変えられる量というのは決まっていますし、変換した魔力を蓄えておける量も決まっています。個人差はありますが、これらを鍛えるには相当な修練が必要です。事実、“シルビナ”と“ひなた”も、長い年月を掛けて人類有数の魔力保持者となりました。その点、お兄様のは短い期間で魔素を多く取り込めるようになり、思う存分その肉体に満たせることでしょう」

「……魔力変換の(くだり)は?」


 ついていくのに必死だ。なんとか取りこぼさないように、疑問点を拾ってぶつける。


「断言はできませんが、必要ないと思われます。魔素を収縮して攻撃を放つ魔物が存在します。ポピュラーなところで言えば、ドラゴンがその代表ですね。彼らは多くの魔力を持ち、尚且つ魔素そのものを扱うのですが、これが強力な一撃でして、山一つ破壊するのは造作もありません」

「山一つ……」


 規模が違い過ぎてポカンだ。


「はい。それが魔素の力です」


 シルビナは再び、クセーフスの乳で喉を潤す。

 こくりと白い喉が鳴る。


 ――トクン


 いやいや、俺にはユイがいる。なにを高鳴ってるんだ。しっかりしろっ!


「お兄様?」

「ひょっ、にゃんでもにゃーぞっ」

「……? 少し魔素が強すぎましたか?」


 めっちゃ噛んだ。ちょー噛んだ。

 訝しむ目で見られ、「大丈夫だ」と告げて視線を逸らす。


「そう、ですか? 魔力は多すぎると害になりますので、異常があれば仰ってくださいね?」

「お、おう。仰いますですよ」

「なんですか、それ」


 上品に右手で口を隠して、くすくすと笑う。

 シルビナは良家のお嬢様だったのかもしれないな。それが突然この世界に召喚されて、命懸けで戦って、命を落とした。それを思うと、なんとも浮かばれない気持ちになる。


「続けますね?」

「あ、ああ」


 さっきとはどこか違う笑みを湛えて、戸惑う俺を余所に口を開いた。

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