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第二十八話 実戦も特訓ですっ⑧

「あっ──」


 少女の華奢な身体が浮く。突き刺した短剣から赤い血が滴り、柄を握る俺の手を染めた。


 少女をそっと下ろしてやる余裕はなく、無造作に振り落とす。

 不意を打たなければ、神官風の女を仕留められない。唖然としている今しかチャンスはない。


 魔素を体内で循環させて身体能力を上げる。【身体強化】だ。

 ここまでは前回の動きを謎っただけ。今からは別の道を進む。


 細身の男が口を動かすよりも、若い男が斬り掛かってくるよりも早く、地面が砕ける程強く右足を踏み締めて跳ぶ。


 短剣の刃渡りは七十五センチ程。仕留められるだろうが、彼女は胸が大きい。心臓の位置を見誤る可能性だって有り得る。

 回復手段がある以上、確実に仕留めたい。


 そんな思考を経て、真っ直ぐ向かわずに迂回する。

 幹を蹴り砕いて角度を一度変え、女の背後に着地する。膝の屈伸をバネに見立てて、腰も利用して衝撃を和らげた。


 狙いは肩甲骨の少し下ぐらいだ。俺の力と【魔素渡し】の強化があれば、容易く骨を砕いて突き刺せる。


 右手で逆手に持った短剣を突き縦て押し込み、更に柄頭を拳を作った左手でハンマーよろしく叩くと、ズブリと意図も容易く根元まで埋まる。


 彼女が認識するよりも早く、意識は途絶えて事切れた。


 重力に従って女が倒れる。血が広がって溜まりを作った。


「ひぃっ!?」


 女の傍に居た髭モジャの男が尻もちを付く。


「──っ、ガキが……ぁ?」


 展開の速さに唖然としていた背丈の低い男が正気に戻り、手斧を二本構えた時には、低い姿勢からの斬り上げで腰から肩まで、深い傷を負わせる。


 俯せに崩れ落ちた男を、背中からの突き刺しで息の根を止め、目が合った魔道士の首を跳ねる。


「殺せぇっ!!!!」


 我に返った細身の男の怒声で、貴族様と髭モジャを除いた冒険者達が動き出す。


 意識を耳に集中させて、前に進みながら目で捉えられない雷撃と風刃を捌く。

 五属性魔法の中でも、特に速度を誇る属性である。


 次に、矢を払う。

 カカカッと連続する硬い音は全て短剣と矢が衝突して発生している。


「はぁあぁああっ!!」


 直剣を大上段に掲げて若い男が飛び掛ってくる。

 短剣で受けて下へ流し、反転して突き出すように蹴りを無防備な腹にぶち込む。


「ぐあぁっ!?」

「ぬおぉおおっ!!」


 吹き飛ぶ男と入れ替わりに大剣を持つ男が迫る。


 男の攻撃は大振りで、合わせ易い。

 キィイインと甲高い音を響かせて、横薙に振るわれた大剣を半ばで断ち斬る。


「こいつ、【魔力渡し】をっ!?」


 驚愕に目を見開く男を意に介さず、一歩大きく踏み込んで懐に潜り込む。

 空いた手で拳を作り、腰を捻った。


「シィッ!」

「ぐぅっ!?」


 振り抜いた左拳が男の腹に沈み、くの字に体を折らせて吹き飛ばす。


「図に乗ってんじゃねぇぞぉおおおお!!」


 またまた入れ替わるように、今度は細身の男が側面から襲い掛かって来る。


 その前に、正面から飛来する槍を模した雷の方が到達が早い。


 目ではなく、耳で捉えた雷撃を、細身の男とは逆の方向へ逃げることで回避する。


 男の獲物は二メートル程の槍だった。柄から穂先まで鉄で一体になったような、鈍色をした無骨な鉄の武器だ。


 空を貫く槍は、更に追い縋らんと伸びてくる。両手から片手持ちに変えて、半身で身を伸ばす。

 強い踏み込みは、無理な体勢にも関わらず、些かの衰えも見せない鋭い突きを体現した。


 回避時に、正面で男を迎え撃つために身体の向きを変えていた俺は、短剣を矛先に合わせて軌道を逸らすことに成功する。


 ギャリギャリギャリと、不快な金属音を響かせて頬数センチ先を槍が穿つ。


「チッ」


 舌を打ち、男は槍を引き戻して後方に大きく跳ぶ。


 槍を斬ってやろうと思ったのだが、目論見が外されたので刀身を覆い掛けた虹色のオーラを戻す。


「テメェ……」


 男の視線が鋭くなる。妹が殺されたことも相まって、もう完璧な悪人面だ。


「舐めてやがんのかっ?」

「ん? なんの話だ?」


 言葉の意図を掴めずに首を傾げる。


「さっきのオールドを殺したナイフ、なんで仕舞いやがった? ローレリアを殺したあの動き、【身体強化】だろうがっ。なんで解除しやがったっ!? あまつさえ、【魔力渡し】を掛けたり消したり……なんのつもりだ、テメェっ!!」


 興奮して語調が激しくなる。


「……ああ」


 合点がいった。

 要は、舐めプしてんじゃねぇぞってことか。


 まぁ、ぶっちゃけた話、ウェザーナイフじゃなくても、業物ならこいつらの防具も武器も、全部壊せるからな。

 【魔素渡し】だって掛け続けていれば、一合も合わせるまでもなく殺せるはずだ。


 ……改めて考えると、確かに舐めプだな、これ。


「訓練だよ、訓練」

「訓練、だぁ?」


 答えてやる義理はないんだが、聞かれたんだから仕方ない。


「そ。お前らは俺の訓練相手だ。【身体強化】を極力使わず、武器も基本この短剣で、【魔素渡し】は瞬間的に使えれるようにってのがシルビナに課せられた、お前らと戦う上での条件だ」

「な、な、舐めんじゃねぇえええっ!!」


 おお、ブチ切れだ。


 額に血管を浮かべて、猛突進してくる。


「テメェのお遊びで俺の妹を殺したってのかぁああっ!!」


 面白いことを言う奴だな。自分から襲ってきておいて、殺したも何もないだろうに。


 怒り任せの槍捌きを、下がりながら最小限の動きで躱していく。

 さっきよりは断然速くて鋭いが、一撃で殺そうと急所ばかりを狙ってくる。


「ジークッ、離れて! 狙えない!」


 仲間の声は耳に届いていないようで、血走った目で俺を睨み続ける。


 今の構図だけ見れば、俺が悪者に見えるかもしれないが、さっきまでコイツらはシルビナを犯すだとか口走っていた。

 そんな連中の仲間だ。コイツの妹も、神官風の女も、ロクな性格じゃないだろう。

 窘める声も聞こえなかったしな。そこからも、普段からカス共の蛮行を許していたのは何となく分かる。


「死ねぇえええっ!!」

「お前がな」


 虹色のオーラを纏う短剣が、男の槍を両断する。


「ジークゥッ」

「なっ、あ?」


 細身の男を斬る筈だった短剣は、男を弾き飛ばした、大剣を装備していた男の上半身と下半身を泣き別れさせるに留まった。


 細身の男は地面に転がり、ブシャーッと血飛沫を撒き散らす死体を眺める。

 怒りの表情は消え去り、完全に惚けてしまっていた。


「よくもジェームズ、を……? ごふっ!?」


 男の恋人らしい女魔道士が魔法を放つ前に、鋒を向けて短剣を投擲する。

 狙いは違わず、女の胸にしっかりぶっ刺さった。


「ひぃっ!?」


 吐血し、崩れ落ちる女の横で弓矢を装備した男が腰を抜かす。


「あがぁっ!?」


 惚けていた細身の男の顔面を靴底で蹴り飛ばしてやれば、少し黄ばんだ歯が三本抜けた。


「このぉおおっ!」


 若い男が、丸腰の俺に襲い掛かる。

 上段の切り下ろしを半身で躱し、裏拳を顔面目掛けて飛ばす。


 手の甲で受け止められたが、肘が上がって脇がガラ空きだ。

 半歩踏み込み、蹴りをお見舞する。


「ぐっ!?」


 一撃入れて足を戻す。吹き飛ばすような押し出しはしない。


「──っ!」


 痛みを堪えた様子で、男は剣を薙ぐ。

 屈んで躱し、男の腹に掴み掛かる。


「この──がぁっ!?」


 男の身体は浮き、どんどん後方に──俺から見て前方だ──持って行き、巨木に叩き付ける。


 メシィッと凹みを作った。


 男の腕に右手首を合わせて指先まで滑らし、握りが甘くなった直剣を弾き飛ばす。


「ぐふっ!?」


 持ち上げた身体を下ろし、一発腹に拳をめり込ませる。


 ギリィっと捻りを加えてやれば、呻き声が盛れた。


「シッ」

「がっ!?」


 拳を戻して、今度は横っ面を殴る。


「ぎっ! ぐあっ! がはっ! ごふっ! ぶがっ! べへっ!」


 一発一発に体重を乗せて打ち込んでいく。


 男が背にする巨木が、男を通じてミシミシと悲鳴を上げている。


 ポーンラビットを一撃で殺しうる拳を、人間に向けるのは抵抗があった。

 刃は人を傷付けるものだから、躊躇なく振るえたが、拳はダメだな。無意識にセーブしてしまう。

 その証拠に、血反吐を吐きながらも、男はまだ生きている。


 まぁ、要は俺が人を殴り殺せるようになるための一歩でしかないわけだ。


「ぎぃいいあああああっ!!」


 十数発目の拳を左胸にぶち込んでやれば、ボキィッと致命的な音が響く。

 喧しく喚き声が上がる。


 ──ヒャッ


「──おっと!?」


 俺の耳が風切り音を捉えた。

 認識するよりも早く腕が動き、背後から射られた矢を捕まえる。


「危ないぞ、っと!」

「ひぎぃいいいっ!?」


 掴んだ矢を男の肩に刺してやる。

 男の顔は涙や血混じりの鼻水、涎、腫れ上がりも酷く、二枚目が台無しだ。


 殴っていても愉悦感はなく、悲鳴は不快なだけ。

 躊躇なく殴れるように、そう思っての行動だったんだが……俺にはなぶり殺しってのは向かないみたいだ。


「ってことで、殺してやるよ」


 聞こえていないみたいだが、構わない。

 声に出したのは決意の現れだ。今から人を殴り殺すぞっていう、決心でしかない。


「すぅ……」


 深く息を吸う。

 鉄分を多く含んだ空気で、口の中、鼻腔がツンと刺激された。


「ふんっ!」


 軽く右足を下げて踏ん張り、右拳を放つ。


 ヒュゴッと空気を孕む音が聞こえた瞬間──ズバァンッ!! と大気を揺るがす振動が響く。


 ピチチ、と頬に生暖かい感触を覚えた。

 腹に放った拳は、男の肉を砕き、骨を粉微塵にして、内蔵を吹き飛ばした。

 俺の拳は、二回り程の大きさの穴を土手っ腹に作り、巨木にまで到達している。


 巨木は半ばまで穿たれ、大きな虚を作った。

 メキメキと響かせて後方へ倒れていく。こびり付いた、既に絶命している若い男の身体も持っていかれた。


 ズズゥンと振動を起こし砂埃を立たせる巨木を背にして、生き残った冒険者と貴族様を見据える。

 唖然とする連中に、意識して口角を吊り上げた。

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