第二十七話 実戦も特訓ですっ⑦
怒りの形相で女が杖を地面に突き刺した。
「【ウエーブ】!」
突き立てた杖を起点に、三メートル程の波が発生する。
それは全体に広がらず、左右に壁でもあるかのように一定以上の広がりは見せずに進んでくる。
「うぼっ!?」
流れが早て回避が間に合わない。
だから受けるしかなかったんだが……
流されまいと短剣を地面に刺して【魔素渡し】を解除して──そのままにしておくと、地面を斬って滑る可能性があったからだ──握っていたんだが、首がへし折れるかと思うような圧力を受けた。
「ぜはっ! ごほっ、ごほっ! ぺっ! うえ、砂が入った」
一分も掛からずに波は収まった。
あーいう時は、顔を下げてなるべく丸まれば良かったんだな。勉強になった。
「──っ!」
咳き込めば隙を晒すのは当然だった。
バシャバシャと水を蹴って迫る者を背後に捉え、考えもなく前転した。
ズゴン! と俺が居た場所で地鳴りがする。
振り返りながら立ち上がり、後ろへ跳んで短剣を前面に出し、空いた腕で腹を支える。
「むおっ!?」
ずっしり重い衝撃が剣と腕を震わせた。
浮いた身体が後方へ流され、足が着く頃に追撃のストレートが飛んできた。
剣の腹叩いて逸らし、左足を軸に反転して回し蹴りを横っ腹にぶち込むも、それは腕で防がれた。
「ふんっ!」
接触したまま力業で押し切って吹き飛ばす。
アイツは……さっき腹を斬った奴だ。死んでなかったか。
傷が塞がっている。回復役が居るのか、回復薬の類か。
どっちにしろ潰す必要があるな。
足を止めてしまった所為で、背を向ける形になった魔道士の女と、弓を構える男の猛攻を受ける羽目になる。
囲いの左を陣取った連中も参加し、前後を挟まれる形で魔法と矢の嵐を受けた。
細かなステップと、手首と肘でコンパクトに振るう、再度【魔素渡し】を掛けた短剣で捌く。
迫る雷を剣で払い、炎を断ち斬る。何やら風を纏う矢を半身で回避し、水刃をバク宙でやり過ごして風刃を身体を捻って躱す。
(──っ!? 魔法の数が増えたな。……串刺しにした奴が起きている。回復されたか! 致命傷だったろうが!!)
数瞬の間、目に意識を集中させて攻撃元を辿れば……見付けた。
焦げた男と一緒に刺し貫き、斬り裂いてやった奴が立ち上がり、火球を放ってきていた。
傍には法衣を纏った神官風の女が居る。
厳しい目で俺を睨め付け、目尻に涙を溜めていた。
仲間を殺されて怒っているらしいな。俺の知ったことじゃないが。
雷に炎、風、水と、五大属性と呼ばれる内の四属性が猛威を振るう。
「うおっ!?」
ボコッと足元の地面が盛り上がり、足場を変形させる。
ステップが崩されて体勢を崩す。
傾いた身体を手で支え、地面を押して回転し、狙い撃つ魔法を躱す。
体幹は随分鍛えられた。そう簡単に転けてやらんぞ。
手首のスナップだけで短剣を回して火球と水砲を同時に斬り裂き、風刃を屈んで躱す。
(妙だな。魔力が切れない)
この場に留まり続けるのは魔力の枯渇を狙っているからだ。
ゲームでもMPは温存するだろう。
現に、奴らは俺達を着けている際は魔法を殆んど使わなかった。それは、シルビナとの戦闘を想定してのものだろう。
だが、今はどうだ? 惜しみもなく、湧き水が溢れるように魔法を放ちまくっている。
(カラクリは……やっぱりあの女か)
大剣を持った男と、魔道士の男を回復させた女。
俺を睨め付けていた瞳は伏せられ、いつの間に描いたのか、地面に魔法陣が広がり、その中心で跪いた彼女は、両手を組んで祈りを捧げているようであった。
その行為が、神に俺を殺してくれと願っているものではなく、魔道士連中の魔力を補う何らかの魔法の類であると予感させる。
それを証明するように、大剣を持った男と手斧を二本両手に携えた背丈の低い男、鼻にガーゼを当てた髭モジャの男、そして細身の男と貴族様を加えて、女の傍に陣取る。
髭モジャと貴族様は随分へっぴり腰だが。
俺が迫れば、四人が彼女を守るために動くんだろう。まぁ、髭モジャと貴族様は役に立たんだろうが。
「ええいっ! 鬱陶しいぞ、お前らっ!」
目一杯の力を込めて短剣を横薙に振るう。
三人の魔道士が放った乱舞する風刃を纏めて斬り払った。
その瞬間である。膨大な風圧が俺を弾き飛ばした。
「ごふっ、あ──」
吹き飛んだ身体は運悪く太く頑丈で、偶然にも先が折れていて、たまたま尖っていた枝にぶっ刺さった。
まぁ、んな訳はない。位置を誘導され、用意された枝に吹き飛ばされただけだ。
風刃は嵐を内包した風弾の隠れ蓑。起爆は俺自身が振るった斬撃。
要は自爆に等しいやられ方だ。あの少女を殺せば後は楽だと考えた俺の油断が招いた結果だ。
土手っ腹に穴の空いた俺に細身の男が近付く。
「妹の仇だ。……死ね」
静かな殺意を放ち、素早い動きで喉を掻き斬った。
「かっ、かふっ」
溢れた血が詰まって息ができない。ドクドク流れる血が俺から熱を奪う。
意識も遠のき………………
…………
……
ロード②
はぁ、と息を吐く。
「お兄様、まさか……?」
「ああ、死んだよ」
目の前にはシルビナ。食卓にはパンプキンスープにコッペパンとトマトを添えたサラダ。それとオレンジジュースで割ったクセーフスの乳がある。
「魔力の回復ってありか?」
「……なるほど。それは奇跡【女神の恩恵】ですね」
色々端折った問ではあったが、シルビナは察してそれがなんであるかを答えてくれた。
「ヴィー……? なんだそれ。しかも、奇跡? 魔法じゃないのか?」
「【女神の恩恵】です。奇跡とは、神による加護を与えられた者が行使できる術です。私が使う回復魔法と、彼ら彼女らが使う回復手段は異なります。加護を与えられた者の多くは神官です。勇者教とはまた違う、神を崇める宗教に属す者達を神官と呼びます」
神を崇める神官か、勇者教なら勇官なんて呼ぶんだろうか? ……夕刊みたいだな。
「お兄様……聞いていますか?」
「勿論」
仕様もないことを考えているのがバレたっぽい。
胡乱な視線を向けて、んんっと切り替えるように咳払い一つ。
「神官は魔法陣を用いて、神との対話を行うとされています。崇拝する神によって得られる加護は様々です。身体強化、体力強化、魔力強化、精神強化。大きく分けてこの四つになります。そこから更に分岐するのですが。……恐らく、その神官が使ったのは……」
「魔力強化、か」
「はい。それも他者の魔力を増幅させる、或いは魔素吸収率を上げて効率的な魔力回復を図ったものかと」
はぁ、色々あるんだな、ホントに。
魔法だけでなく、スキルもあれば錬金術もあり、神に加護を与えられる奇跡がある。
いや、神の力の一端か。反則じゃないか。こうして死んで、情報を精査してからまた挑める俺が言うのもおかしいけどな。
向こうが知れば、それこそ狡いと思うだろう。
ゲームで強敵に勝てるのは、情報があるからだ。
どんなバフを使いデバフを使うのか。
どのタイミングで回復し、攻撃してくるのか。
凌がなければならない攻撃は? 絶対に受けてはならない攻撃は? 取り巻きは無視しても大丈夫か? 絶対に倒さなければならないか?
エネミーに対してのそれらの情報がプレイヤーを勝利に導く。
俺も攻略サイトを利用したことがある。
先人の情報道理にすれば、何時間も苦戦したボスが十数分で倒せてしまった時の妙な虚しさったらないな。
まぁ、それは兎も角、先に殺す対象が増えた。迅速に動かないといけない。
「【身体強化】を許可します」
「良いのか?」
「思った以上に相手が上手なので、ウェザーナイフと【身体強化】で倒してください。殺害後は、切り替えてくださいね。素の能力のまま、敵パーティーを一掃する、それが今回の課題なので」
「了解」
課せられたお題目はまさにそれだ。
業物を使わず【身体強化】なしで、【魔素渡し】で戦い抜くこと。
これがミッションだったわけだが、転移魔法の攻略は今の俺では難しい。
そう判断したシルビナは、ルーンで転移魔法を扱う少女の殺害に際して、業物──ウェザーナイフを指定して──の使用許可をくれた。
そして今回は【身体強化】も追加された。
シルビナが相手の戦力を見誤るのは珍しいが、これは俺の落ち度だ。
勝てるはずの相手に勝てないのは、俺の油断故に、だ。
俺の死はシルビナの傷になる。
彼女は俺が死ぬ度に記憶を守り、逆行に着いてくる。止めろと言ったところで、聞いてくれていないのは明白だ。
だから知らない振りをする。向こうも俺が気付いているのを知った上で知らない顔をしている。
でも、心はどうだろうか?
表面を取り繕っても、彼女の課題を遂行中に死んだと考えれば、……それは罪悪感に繋がるのではないだろうか?
ならば、俺は兄としてそれを解消してやらなければならない。
言葉は尽くせない。行動で示すしかない。強くならなければならないんだ。
もう何度目になるだろうか?
決心はいまだ鈍らない。




