第二十五話 ロード①
「なぁ、シルビナ」
「はい、なんでしょう?」
呼び掛けると、パンプキンスープを掬ったスプーンを下ろし、向かいに座るシルビナは首を傾げる。
白銀の髪が肩から流れ落ちるのをなんとなしに眺めた。
ここはギルドが抱える冒険者専用の借宿──タイラントの食堂だ。
“死に戻り”はその日の朝食時に意識が飛ぶ仕様になっている。
記憶だけでなく、肉体の経験さえも引き継げるんだからチートと言わざるを得ない。
机に並ぶメニューはパンプキンスープと少し固めな黒パン。緑満載のサラダに赤が映えるトマト。それとクセーフスの乳だ。
「紙を媒介に発動する魔法ってなんだ?」
「……その者に、お兄様は敗れたのですか?」
沈黙は刹那で、彼女は即座に解を導き出す。
「まぁ、そうだな。広範囲に爆撃する雷の魔法から逃げようと思って距離を取ったんだが……」
ずずっとクセーフスの乳を飲む。
余談だが、セルベティア固有の魔獣の乳だ。魔力が多分に含まれていて、蓄えるのに一役かってくれている。
シルビナの【異空間収納】に入れておけば、腐る心配もないから、一抱えもある水瓶五杯分も取ってきてある。
まぁ、それでも有限なのは変わらないから、オレンジジュースで五対一で割ってるんだけどな。一がクセーフスの乳だ。
「元の位置──爆撃の中心地に戻されたんだよ。暫く外に出ようと奮闘したんだが、一定範囲を離れると戻されるんだ」
コッペパンを千切ってパンプキンスープに浸し、口に放り込む。
ジュワッとパンプキンの旨みが口の中に拡がった。
「紙を媒介に……魔術の類ですね。それもルーン魔術です」
「ルーン?」
「起源は錬金術です。意味ある方位を利用し、錬成、分解をするのが錬金術ですが、それを超常に転用できないかと考え、実行した時代があります」
「嵐を起こしたりってことか? 確か、海を割ることもできたって前に言ってたな」
「はい。ルーンはその派系です。廃れた技術なのですが、研究者はいまだ多く、論文も出ています。独自の使い方をしている者が居ないとも限りません。詳しく教えてください」
そうして語るのは自分が死ぬまでの状況だ。
襲撃犯が冒険者であること。ギルドの酒場で絡まれたこと。
貴族様の馬鹿笑いが癪に触ったこと。
そして、紙に触れた瞬間転移したことや、使い手が少女らしいこと。
「……命を奪ったのですね?」
説明に要した時間は十分も経っていないだろうが、シルビナはまずそう問い掛けた。
責めてはいないし、侮蔑しているふうでもない。
強いてそれに感情を付けるなら、哀しみだろう。
「……何も思わないもんだな。……人殺しってさ、もっと辛いものだと思ってたんだ。ゲロ吐いたり、恨みが押し寄せてきたり。まぁ、実感がないだけかもしれないけど」
死体は傍にないし、連中も死んでない。死んだけど、死んでない時間に戻った。
だから何も思わないだけかもしれない。
「俺は……」
「お兄様はお兄様ですよ」
化け物なのか? その問いは口にできなかった。
シルビナの優しい笑みが許さなかった。
「ユイお姉様のために心を擦り減らし、今は“私達”のために……。誰が否定しようと、ユイお姉様は貴方を、藤佐田 隆之を肯定するでしょう。それは私も同じです。きっと他の“ひなた”達も」
「そうか」
身が軽くなった気がした。
自覚がないだけで、重荷はあったのかもしれない。
シルビナの笑顔で、この程度で躓いてはいられないと思えた。
俺は何よりも、ユイとひなたを優先する。誰を殺してでもだ。
元々あった覚悟ではあるけど、更に強くそう思えた。
「では、対処はどうします?」
急な軌道修正だが、それは彼女なりの気遣いだ。
引きずれば重たい話題になるのは明白だ。
「貴族様の相手をせずに、まずはその少女を殺す」
「……良いのですね?」
「少女だからといって、冒険者をやっている以上、覚悟は持っているはずだ。ましてや、あんな阿呆に加担するんだ。反撃を受けても文句は言えない。言わさない。それに、目撃者は消さなきゃならないだろ? 仮にも貴族様だ。誰かに殺されたとあっちゃ、指名手配も有り得る。まだ面倒は起こしたくない」
「ですね。最終目的のひなたの身体を奪うには、目立ってはいけませんね」
今後、荒事は必須だが、まだ目立ちたくない。目的までは知られないだろうが、動き難くなるのは確かだ。
「手伝いは……」
「必要ない。転移魔法さえ対処できれば後はどうとでもなる」
そこでこの話題を終えて、食事を再開する。
ちょっと長く喋り過ぎたな。パンプキンスープが冷めてる。
パンも硬くなってるし……食べ終えてから話すべきだった。今度から気をつけよう。




