第二十三話 実戦も特訓ですっ④
暫く、北を目指していると、正面からガチャガチャと喧しく金属鎧を鳴らし、佩剣した男が現れた。
金があしらわれたライトアーマーを着込んでいる。関節部は軽装で動きを阻害しない作りになっている。
額当てをしているが、装飾品なのか、大きい宝石が重たそうだ。
後方で数人固め、左右、背後の木々の奥にも冒険者達が武器を構えて陣取る。
「誰だ?」
「……ムカつくすかし顔だ」
男に見覚えはなく、誰何を問えば怒気の含まれた声で返される。
「忘れたとは言わせないっ。貴様はこの僕に恥をかかせたんだ、平民の分際で!」
「……」
考えても分からん。一切の覚えがない。
右方向に居る連中の内、ガーゼを鼻にあてたヒゲモジャの男は思い出した。
カウンターに叩き付けた男だ。シルビナのことで囀ってた奴だな、確か。
「ふははっ。言葉もないか? この僕に目を付けられたのが運のツキだったな。大人しくシルビナ・ステントから手を引いていれば痛い目を見ずに済むんだ。今でも遅くはない。貴様のような凡夫が居ても彼女には吊り合わんさ。さあ、消え失せろ」
「……誰だ、お前?」
暫く考えてみたが、やっぱり思い出せん。
こんなバカそうな知り合いなんて知らんぞ。髭モジャは記憶にあるんだけどな。正面の金髪は顔に特徴がなくて、記憶検索に引っ掛からん。
いや、まぁ、男前ではあるんだろうけど、日本のイケメンアイドルグループに比べて、一流とは程遠く、勝ち誇っている顔の浅ましさが、寧ろブサイクに思わせる。
「──っ!! 貴様ぁっ! おちょくるのも大概にしておけよっ!?」
「いや、どうでもいいから名乗れよ。誰だよ、お前」
端正な顔を赤く染めて怒髪天を付いてがなり散らす男に、再三の誰何である。
あー、でもなんだろうな、この三流感。ちょっと出てきそうだ。
…………ああっ、あれだ“仕込み”をした奴だっ。
髭モジャに絡まれた俺をスマートに助け、シルビナに取り入ろうとした、奴だ。どうでもよ過ぎて、全然覚えてなかったわ。思い出したのも奇跡だな、うん。
因みに、怒髪天を付く、とは例えではない。
安っぽい金のオーラを放ち、肩口まである髪を浮かせているのだ。この世界だからできる芸当だ。
目で拾う光量を多くしていたら、潰れていたかもしれん。
「そこまで言うなら教えてやる! 僕は『猛獅子』の“閃光”のアルベルト・デレナブだ! デレナブ伯爵家、三男でもある! 僕が言えば、平民の貴様なんぞ、罪人として引っ捕らえることもできるんだよ!」
「ふーん? で?」
「ぐっ、ぎぎっ、貴様ぁ!!!!」
貴族とかどうでもいい。日本人である俺にその価値観は通じない。
益々顔を赤くして、蟀谷に血管を浮かび上がらせた貴族様は、俺を囲む連中を見渡して佩剣を抜き放つ。
「お前達は手を出すなよっ! この僕が直々に躾をしてやるからなっ!」
鋒を俺に向けて吠える。
「【ソードスラッシュ】!」
剣が淡い光を纏い、大上段から振るわれた。確か、無属性の魔法だ。ただ正面に飛ぶ斬撃を放つ、至ってシンプルな攻撃魔法である。
数秒も要せず、斬撃は半身になった俺の眼前を通り抜けた。
「おおぉぉぉぉぉっ!!」
金色のオーラを残し、一足で距離を潰す。“閃光”と名乗るだけあって、速い。
まぁ、シルビナのほうが断然速いけども。
刺突を直剣で叩き落とし、剣を水平にして刃を貴族様に向けて前進する。
「くっ!?」
下がりつつも叩き落とした装飾剣を盾にして、胴を斬り裂こうと迫った直剣を防ぐ。
装飾剣の上をギャリリィッと火花を散らして滑らし、回転して左後ろ回し蹴りを放って剣の腹を蹴り付けて、力押しで蹴り飛ばす。
「ぐぅ……っ」
転がり起き上がった時には俺の剣は貴族様の頭蓋を捉えていた。
「──っと」
そこで横槍──もとい、横矢が入る。
上体を反らさなければ、お笑いコントの落ち武者よろしく、脳天を矢で串刺しにされるところだった。
「ぇぁあああっ!!」
その隙に、貴族様は前進して身体を起こし、斬り掛かってくる。
「おいおい、一騎打ちじゃなかったのか?」
下がりながらチラリと矢を穿った男に視線を飛ばす。
そんな約束はしていないが、手を出すなと言ったからには手出しはないと思っていたんだけどな。
「手が滑った」
そう宣う男に溜め息を零す。
まぁ、正当に戦う。なんてありえないか。ガチで一騎打ちがしたいなら、こう囲んだりはしないだろう。
「おおおぉぉぉっ!!」
貴族様は猛々しく叫び、バックステップと上体を揺らして躱す俺に追い縋る。
眼前を高価そうな刃が通り過ぎていく。
反転して貴族様の横を通り過ぎ、前蹴りをかませば無防備な背中にヒットして、前進していた勢いも相まって盛大に転倒した。
顔面からズシャァッていったぞ。
「ぐっ、がぁぁああっ!!」
十秒程ケツを上げて蹲っていたが、唸り声を上げて起き上がり反転する。
ぐぎぎと奥歯を軋ませ、目は血走っている。
擦りむいたのか、鼻の頭から僅かに血を滲ませて、土まめしの顔を赤く染めていた。
「額の苔がチャーミングだな」
「コケにしやがってぇっ!」
褒めてやったのに、手で顔の土やら苔やらを乱暴に拭い、怒り心頭といった表情で飛び掛ってくる。
コケだけに? と口にしなかったのは、いい加減貴族様の血管が切れそうだからという、俺なりの配慮である。
「うがぁああっ! 何故当たらんぅっ!?」
大振りな振り下ろしに横薙ぎを幾度も繰り返す考え無しの攻撃を、ステップを踏んで躱していく。
明らかに業物の剣に、名も無き短剣を合わせるのは抵抗がある。
なまくらではないけども、貴族様の剣よりは格落ちするからな。数合で折られそうだ。
「せやっ」
「ほぐうっ!?」
横薙に振るわれた剣を低い姿勢で躱し、右足を軸に回し蹴りを土手っ腹の僅かなプレートの隙間に叩き込む。
回すと言っても横振りではなく、突き刺す蹴りだ。
踵で蹴り飛ばす。
「ゲホッ、ゲェッ、く、くそぉっ!」
「口の悪い奴だ」
貴族様ってもっと上品じゃないか?
腹を押さえて蹲る貴族様は実に無様だ。涙と涎、鼻水まで出して俺を睨み上げる。
「で? 躾がなんだって?」
「お、おい、お前達! 何をぼさっとしているんだ! 早くこいつを殺せェっ!!」
「へいへい」
囲んでいた連中に声を掛け、貴族様は下がる。
自分も戦うって意思はなさそうだ。
「悪く思うなよ坊主。アルベルト様のご機嫌を損ねちまったのが悪いんだ。恨むならてめぇの不運さを恨むんだな」
貴族様を俺の視線から隠すように立った、細身でダガーナイフを逆手に構えた男が言う。
「気にしてない。理不尽に絡まれるのは慣れてるからな」
「そりゃまた難儀だな」
「だろ? 同情してくれるなら退いてくれないか?」
「こっちも仕事なんで、そうも行かねぇんだわ。仲間も死んじまったしな」
「……仕事?」
仲間云々は取って付けたような文言だったが、……コイツらはクランのメンバーじゃないのか?
てっきり、貴族様の取り巻きみたいなもんかと思ったんだが、金を貰っているのか。
「何をダラダラと喋っているっ!? さっさと殺せぇっ!!」
「はいよ。待っててくださいよ、アルベルト様。今、首級を上げますんで」
背後でがなる貴族様に眉間にシワを寄せるも、男は一息で意識を切り替えて腰を落とした。
それに合わせて周囲の連中もザリっと地を踏みしめる。
キリキリ、キリキリと緊張の糸が張っていくのが分かる。
貴族様にはなかった殺意の現れだ。否応なしに、俺の背中に汗が伝った。
コイツらは本物だ。お遊びで武器を振り回すんじゃない。
本当に何かを殺めるために、明確な意思で振るっている。まぁ、冒険者なら魔物が標的なんだが、今は完全に俺に向けられている。
恐怖はない。何度も死んだからな。ただ、高揚しているだけだ。
「──っ」
一陣の風が草木を不意に揺らした。それを合図に囲いは一気に狭まり、俺達は刃を交えた。




