第十八話 君想う
「恋人のように見えるでしょうか?」
十分程の時間が経ち、シルビナがポツリと零す。
それが何を期待した言葉なのか、俺は考えず苦笑いを零して、そっと添えた手を遠ざける。
大して力を入れて押さえられていたわけでもなく、すんなりと離れた。
「あ……っ」
名残惜しそうな声が耳に届き、熱い視線を背中に感じながら窓際の椅子に戻る。
「……」
一度シルビナと視線を合わせ、首を横に振る。
意図は十分伝わったようで、彼女の視線が落ちた。……と思えば、バッと跳ね上がって「負けませんっ」と意気込んだ。
「はぁ、強いな」
感心とも、呆れとも取れるような俺の呟きに、シルビナはにこりと笑って見せた。
明確に線を引いているつもりなんだけどな。どうも挫けそうにない。
ユイは贔屓目なしにして美少女だろう。
ほんわかとした包容力があって、スタイルも良い。男子女子に分け隔てない優しさで対応するのもウケがいい。
学校での彼女の人気は有名だ。『あの子いいよな』って男子の話題で必ず名前が出るほどに知名度もある。
そんなユイに引けを取らないのが目の前の美人さんだ。
ユイ以上に男好きするスタイルに、目が合うと優しい笑みで答える仕草。治癒時に患部に触れる手の温かさは、俺を心底安心させる。
妹として見てなかったら、コロッといってしまいそうだ。
「まぁそれは兎も角、だ。詳しく話してくれ。何で召喚されたのか、今どうしているのか、どこにいるのか」
会いには行けないが、気にならないわけじゃない。強がっても意味はないので、質問攻めさせてもらう。
「魔王の復活です」
「魔王?」
「予言があったそうです。『魔王は眠らず、再び世に君臨する』と」
「ふーん? それで勇者召喚、か。大分人類も勢いが出てるのに、まだ異世界人に頼るんだな」
自分らでなんとかしろよと、強く思う。
「自分が損をしない方法を覚えたのです。なかなか抜け出せないでしょう」
「……召喚方法の破棄、これも視野に入れるか?」
そうすれば勇者は召喚されない。拉致被害者も出ないだろう。
「……ありと言えばありですね。大胆な思考ですが、一考の余地はあるかと」
「まぁ、方法は後だな。今、ユイは何してるんだ?」
頭の片隅に今の考えは置いておいて、現状の確認に移る。
「ルクセラが稽古を付けています」
「はぁ? 他国の師団長なんだろ?」
ルクセラはバイパー共和国。ユイが召喚されたのはサルベリア王国という国だ。
ほど近い位置にあるらしいが、態々他国まで総師団長様が派遣されるのか?
「無理に捩じ込んだようですね。魔王復活は人類の危機とも言えますから、屁理屈に屁理屈を重ねて、教育係に立候補したそうです」
「よく許したな、国が」
「恩を売るのも悪くないと、考えた……いえ、思い込まされた、が正しいでしょう」
誰に、その問い掛けは無意味か。
国王をも洗脳する話術、ルクセラはとんでもない女だな。
「なぁ、みんな優秀なのか?」
みんなとは誰かなんて、詳細に述べなくても分かるだろう。
「そうですね。ひなた自身が歴代でも優秀な勇者だったので、“ひなた”を宿した私達も能力が向上しています。私も魔力量は生前の五倍、いえ、十倍は高くなっているかもしれません」
比較する生前が分からないが、勇者であった点から、現地人の平均よりも抜きん出ていたのは間違いないと思う。
「どう掛け合わさった結果かは分かりませんが、古代魔道具に由来するものかもしれません」
「ひなたの魂と肉体を分離させたやつか」
シルビナを含め俺達が接触しようとしている“妹達”は俺の実妹、藤佐田 ひなたの魂を宿している。
魔王討伐後の不意を突かれ、為す術なくひなたは眠りに着いた。
分離した魂は複数に分割されて世界を漂い、死者の魂に呼び寄せられて肉体に宿った。
そう俺を召喚したシルビナが語って聞かせたのは、四ヶ月以上も前の話だ。
「もしかしたら、分離した魂を生きている人間に使って格を上げていたのかもな」
「格、ですか。それはレベルアップのようなものなのでしょうか?」
「さぁ? そこまでは俺にも分からんけど、有り得そうだなって話だ」
「そう、ですね。有り得そうです。その域を出ません」
当時のことが分からない以上、俺達には推測するしかない。
もしかすると、蘇生目的って可能性もある。
事実、シルビナが百年以上も前に死んだ人間だからな。奴隷の魂を対価に複数の人間を生き返らせる、そんなことをしていた時代があったのかもしれない。或は、しようとしていたのか。
まぁ、前述の通り、推測しかできないけどな。
「話を戻すぞ」
脱線が過ぎた。これが地球なら大惨事な脱線だ。
「ユイ達は現在、ルクセラが稽古を付けてるってことでいいんだな?」
「はい。今はバイパーに居るそうです。あそこにはダンジョンも幾つかありますし、鍛錬には打って付けかと」
「ダンジョン、か。たしか、魔素の多く溜まる場所で、時空の歪んだ洞窟や森林、島、遺跡、宮殿なんかを言うんだっけか」
「はい。大きな見た目でもない屋敷が、王城のような広さになることも珍しくありません。闇属性の魔法──【異空間収納】に似た現象ですね」
「超自然的な魔法現象、そう解明されてるんだよな?」
「はい、魔素濃度でランクが定められ、基準は冒険者に由来しますので、EからSまであります」
「バイパーのダンジョンはどれだけの幅があるんだ?」
「たしか、DからBまでだったと思います。ユイお姉様方はまだ身体作りの最中だそうで、Dランクの浅い層に挑戦中だそうです」
ダンジョンは深くなればなるほど魔素濃度が高まり、Dランクでも深層ではCランクの魔物が出ることも少なくない。そうシルビナは付け加えた。
「にしても、Dか。遅くないか?」
四ヶ月を経てその速度は、少しのんびりし過ぎな気がするんだが。
「感性は日本人そのままです。肉体は魔力を得、頑強になっても精神はそうはいきません」
「殺すのに抵抗がある、か」
当然か。醜悪な魔物も多いが、犬猫に似た魔物や魔獣も多い。まともなら、そう割り切れないか。
「図太いお兄様とは違うのです」
何故か胸を張って背を反らすシルビナ。俺を見下しているつもりらしい。
「まぁ、違うだろうなぁ。俺はカウンターに人間の顔面を叩き付けてもなんとも思わないし」
「認めてしまうのですか?」
「図太いってのは悪いことじゃないだろ? 良く言えば動じないってことだからさ」
「それは良く言い過ぎです」
何をー、と間延びして怒ってみせてもシルビナはくすくすと笑うだけだ。
なぁユイ。君は今どうしてる? この世界で何を思ってる? 魔物や魔獣を傷付けて悲しんではいないか? 息災でいるか? 怪我なんてしてないか? 言い寄る男は上手く捌けているか? …………寂しくはないか?
俺は寂しい。
復縁、そう呼んでもいいほど俺達は離れていた時期があった。ただ君を遠目から眺めているだけの時期があった。
まぁ、それは俺が茶化されるのを嫌った所為だけども。
それでも、また縁を結べて、彼氏彼女になってさ。こんなに離れたことはなかったよな。
シルビナは君じゃないからこの寂しさは埋められない。
君の形に空いてしまった穴はシルビナじゃ埋まらないんだ。だから、正直に言う。
君に会いたい。
でもさ、それはできないんだ。ひなたもまた大切だから。ひなたの形に空いてしまった穴は、君じゃ埋まらない。それも事実だから。
だから、俺は寂しさを抱えて、君に会えるかもしれないけど、会わずにいようと思う。
多分、俺達の行動はこの世界のお偉いさんには都合の悪いことだから、邪魔が入る可能性は十分に有り得るから伝えることも協力を仰ぐこともできないし、何より力のない君を巻き込みたくない。
だから暫しの間だけ、何も知らずに頑張って欲しい。
俺も頑張って“ひなた”達を集めるから。
「……お兄様」
「ん?」
届かない手紙を心で描き止めていると、シルビナの声が掛かる。
「……秘蔵のお酒があるのですが、如何です?」
言いたいことは別だろう。目が数度左右に泳ぎ、手を軽く伸ばしてなにやらグッパグッパと開閉する。
「おっ、ホントか? 興味あるな。飲ませてくれ」
気付いても反応はしない。俺がどう声を掛けたって解決できることじゃないからな。
「すぅ……はいっ」
色んなことを呑み込むように深く息を吸い、シルビナは似つかわしくない元気な声で笑った。




