第十七話 新たな勇者を知る
ギルドを出て帰路に付く。
既に九時の鐘の音が響いていて、通りを歩く者の姿はまばらだ。
「悪い、シルビナ。余計なことに金使った」
「……余計とは?」
唐突な俺の謝罪に小首を傾げる。
「グラスを投げてさ、割ったんだよ」
「その弁償代に、ということですか?」
「ああ」
俺は無一文だ。荷運びの依頼は明日までで、報酬も明日支払われる。
俺は情けないことに…………妹のヒモなんだっ。
事実を認識すると悲しくなるな。
「構いませんよ。必要経費です」
「いや、それはないと思うんだが」
横を歩くシルビナを思わず凝視する。
「そもそも、冒険者に揉め事は付き物です。あの程度の新人いびりなら、可愛いものですよ」
「そうなのか? ギルドの規則に抵触したりしないのか?」
「別にギルドも禁止していません。流石に殺人となれば拘束されて処罰されますが、冒険者同士の喧嘩に口は出してきません」
いざとなれば職員が出てくるんだろう。
酒場の職員からして、俺の見立てではあるが、絡んできた四人の実力を上回っているように思う。
並大抵の冒険者なら、ウェイトレスのおばちゃんだけで制圧できそうだ。
「まぁ、荒事の多い仕事だもんな。鬱憤とかは発散しないとダメか」
「人に当たるのは良くありませんが」
「それはそうだ」
それが大前提ではあるけどな。
そうコントロールできる人間ばかりじゃないのも事実だ。
「まぁ、なんで止めないんだろう? そうは思ってたんだが、特に禁止されてないんじゃ、止める理由もないのか。俺としては、お咎めなしで嬉しいけどな」
事情聴取とか、面倒くさくて受けたくないし、ギルド登録して早々に目を付けられたくもない。……まぁ、何もないだけで、目は付けられたかもだが。
そう話している内に借宿、タイラントに着いた。
幾つかの窓から明かり点いているのが分かる。
冒険者は毎日依頼を受けているわけじゃない。そう何日も戦い続けられる者は多くないし、納品物を求めて歩き回れる者も居ない。二、三回大抵は一、二日の休暇を挟むそうだ。
そういった諸々を考えると、疲れを癒すために所謂宅飲みでもしているのかもしれない。
割の良い依頼は早朝の内に無くなるそうだから、冒険者の朝は結構早いんだ。
「さて、と。で? 話し合いはどうなったんだ?」
シルビナが借りている部屋にて、そう問掛ける。
ルクセラ・セルレト……“ひなた”を宿すらしい女の使いの接触で、シルビナは対談に向かっていた。
内容は多分、“ひなた”に関してだ。
「…………」
「?」
答えないシルビナに首を傾げる。沈黙する理由が分からない。
ベッドの縁に腰掛けた彼女は、思案すると言うよりも、決意を固めるように瞼を閉じ、ゆっくり息を吐いている。
まつ毛長いなーとか、上下する豊満さよとか、彼女の肢体を観察していると、白を基調とした軍服を摸したデザインに合わせた、同色の軍帽を取り、綺麗に揃えた腿の上に乗せた。
結構鍛えているはずなのに、妙にむっちりした生足は、少しゆとりのあるズボンに隠されている。
俺が何でシルビナの生足を知っているのかは、混浴経験があるからである。
俺が同室に居るにも関わらず着替えるし……ホントに心臓に悪い。
「すぅ……ふぅ……心して聞いてください」
くだらないことに思考を割いていると、瞼を開き夕焼けのような琥珀色の瞳で、窓際の椅子に座る俺を見据えた。
いつも以上の気迫と、隠しきれない緊張が伝わってくる。それを表すように、長いまつ毛がふるふる微動している。
「お? おう?」
オットセイのような声が出たと、逃避から仕様もないことを考えて惚けた俺の頭を……
「ユイお姉様が召喚されました」
シルビナの発言が殴り付けた。
………………。
時が止まった。そう錯覚するほどに静寂が場を支配した。
自分の息遣いや鼓動さえ遠く、優れる聴覚がなんの響きも拾わない。
乾く目と口さえ気にならず、半開き状態が維持される。
シルビナが何を言ったのか、それを理解するのに暫しの時間を要し、音が戻ってきてから目頭を押さえる。
乾いた目が少し痛み、口の中が乾燥して喉が引っ付くように感じた。
「……ユイは一人か?」
何が目的で、何故ユイなのか、俺の大切な人が立て続けにとか、色々と言葉が浮かんだが、考えた末に導き出した問はそれだった。
「いえ、ご学友と共に」
「そうか……」
多分、立波達と一緒なんだろうと思う。彼女らは仲が良いからな。
ユイの記憶喪失時も、大分支えてくれていたみたいだし。
ユイは一年前に事故に遭って記憶を失っていた。
紆余曲折を経て記憶は戻ったが、独りだった彼女の傍に居てくれたのが、立波、片桐、刻松の三人だった。
大変な時に傍に居てやらなかった俺に胡乱な目を向けるが、交際に関して邪魔をすることはないし、俺自身悪感情は持ち合わせてないし、ユイの親友でもあるし、友人として仲良くできたら、そう思っている。
「どうしますか?」
その問は考えるまでもなく、ユイと会うか否かだろう。
不安からか、伏し目がちなその瞳が揺れている。
まぁ、それこそ考えるまでもないな。
「“ひなた”を集める」
「……何故、と聞いても?」
ホッと息を吐くと、しっかりと俺の目を見据えて問掛ける。
「ユイには親友が居るからな。でも、“ひなた”はまだ独りだ」
勿論、“ひなた”全員が友好的ではないと思う。それでも、家族だ。“ひなた”とは違っても、会いに行きたいじゃないか。
それに……
「不安に揺れる目の前の妹を放っておけないしな」
椅子を立ち、シルビナの前で片膝を着いて左頬に掌を合わせる。彼女の顔を少し見上げる形になった。
瞼を閉じて自ら擦り付けるように頬を寄せると、シルビナは左手を俺の右手に重ねた。
話し合うことは多い。理由とか、何時頃なのかとか、今どしているのかとか、他の“ひなた”達のこととか。
ホントに色々目白押しだ。
それでも、今は不安を脱ぐってやりたいと、添えた右手の親指を動かし、大丈夫だと伝えるようにゆっくりと強ばった頬肉を軽くマッサージすることに専念した。




