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第十六話 シルビナ⑥

 勇者が召喚された、その言葉は私に少なくない衝撃を与えました。


 何のために? そんな疑問が浮かび……


「まさか……っ」

『ああ、魔王が復活したらしい』


 思い当たる可能性をルクセラはズバリ言い当てます。

 魔王の復活、それは“ひなた”の歩みを水泡に帰してしまうものです。絶対に認めてはなりません。


『問題はそこではない』

「魔王の復活……これ以上に何か問題があると?」

華道(かどう) 唯香だ』

「唯香お姉様……? 何故今彼女の名を……」


 ここでお姉様の名をあげる意図とは? そう考えるも、答えは明白です。

 勇者召喚とお姉様、その結び付けはつまるところ……


『…………姉上がご学友と共に召喚された』


 神妙な口調でルクセラは言います。

 私も天を仰ぎ、背もたれに深く身を預けて目を閉じます。


 この世界は残酷です。弱者は強き者の庇護下に入らなければ、容易く朽ち果ててしまいます。

 召喚されたということは、勇者としての才能がお姉様にはあります。

 複数の被召喚者が居るようですが、大きな問題ではないでしょう。能力が分散する、能力が発現しない等のリスクは度外視します。


 問題なのは、お姉様が居ると知った時のお兄様の反応です。

 なりふり構わず逢いに行く、そうなってしまえば全てが水の泡となってしまいます。

 “私達”を集めることこそが肝要であるのに、それを無視してしまうと……


『どうする?』


 問い掛けに視線を水晶玉に戻し、姿勢を整えます。


 細い金の眉を眉間に寄せ、困り顔を見せています。


「……………………伝えます」


 熟考の末に出した結論です。

 秘匿することによるメリット、デメリット。

 開示することによるメリット、デメリットを天秤に掛け、開示した方がお兄様にとって良い方に転がると判断しました。


『良いのか?』


 片眉を上げて訝しむように問い掛けてきます。

 心配はもっともですが、お兄様はそれほど弱くはありません。


「勇者としてお姉様が召喚されたのならば、何れお兄様の耳に入るでしょう。それを制限すれば判明した時の反動が私は怖いです。それに、お兄様がひなたを放置してお姉様に逢いに行くとは思えません」

『むー、兄上のお傍に居ない私が言えることではないが、本当に大丈夫なのか?』

「あの人の心は、私達が思うよりもずっと強いです。それは保証します」


 チリンと鈴の音が鳴り、壁の昇降機の扉が勝手に開きました。

 注文した品が届いたようです。


『お前がそう言うならそうなんだろうが……』

「根拠は話しませんよ。お兄様の許可なしにはできません」

『それは構わない。さっきも言ったように、私は兄上のお傍に居ないからな。判断ができん』


 胸の下で腕を組んでルクセラは迷いなく言い切ります。


 彼女のこういった些事を気にしない面を私は好んでいます。

 自分の主観だけで物を見ないのも美点ですね。


「それで、他の“ひなた”の居場所などは?」


 魔王の復活も、お姉様の召喚も後回しです。今は“ひなた”が最優先です。


『うむ。……一人、Sランク冒険者に心当たりがある。調査をさせたが、三年前以前はDランク止まりで、半年間行方不明であったらしい。パーティーにダンジョン奥地で見捨てられたそうだ』

「ご法度の『ダンジョン追放』ですか」


 『ダンジョン追放』……ギルドでは固く禁じられている、ダンジョン奥地でパーティーメンバーを置き去りにする行為です。

 脱退には申請が必要ですし、円満脱退でなければパーティー側が脱退金を支払わなければならないので、一昔前に横行した悪辣な所業ですね。


 ダンジョンとは、魔素の濃度が高まり瘴気化した洞窟や森林、墓地、廃村、荒野盆地、神殿、遺跡等が空間を歪められた場所を言います。

 内部構造は多くが複雑で、マッピングも進みません。無属性魔法【マーキング】を使わなければ、道に迷うのは必定です。


 【マーキング】は目に見えない魔力の印を置いていく魔法です。

 二十五メートル付近まで近付くと、術者にのみ感覚として伝わり、近付けば強く、離れれば弱く伝わる魔法です。

 使用魔力も少なく、術者によって大きく能力が変動する魔法ではありませんが、一度設置すれば二十四時間保つところを、熟達者は二日以上保たせることができます。


 設置数に限度はないので、魔力の許す限り、好きに設置できるのは強い魅力ですね。


 そんな場所で一人置き去りにされればどうなるかは自明の理です。

 冒険者に危険は付き物ですが、味方からの裏切り程陰湿で悪徳な物はそうありません。

 増してや、依頼主の信用も得られませんし、人手も減ります。自己責任とはいえ、ギルドに旨味のない行為を許しておく程無秩序な組織ではないのです。


 なので、監査委員会が第三者組織として設けられ、『ダンジョン追放』が判明した瞬間に、パーティー加盟者は即刻処刑人に処断されます。街中であれ街道であれ、ギルド内部でも関係ありません。行為が判明した瞬間、関わっている有無は関係なく、パーティー加盟者は全員です。

 パーティー内で抑止力に繋げるための規定ですね。見て見ぬ振りも罪に問うぞという意思表示です。


 それを利用した『逆ダンジョン追放』も少し流行したのですが……通報した「ダンジョンで置き去りにされた!」と嘯く冒険者は、無属性魔法【ポリグラフ】で見破られるのですが……冤罪で処断されたパーティーも少なくないので、処刑人に必須事項の魔法になったのですが。


 |閑話休題です《大分脱線してしまいました》。


『コハク・ミカグラ。東方島国の出身だ』

「ああ、あの和色(わいろ)の強いヤマトの国ですか」

『時代劇で見るような、これぞ日本。そんな毛色の強いな』

「休火山が多く、温泉地として有名ですよね」


 日本と似た文化――と言っても、数百年昔ですが――を形成するヤマトの国。

 陶器やカタナが有名で、勤勉さと謙虚な姿勢が人気でもあり、魔王に支配されていた時代では、彼らの技術が人類に大きな痛手を負わせたことも事実で、少し距離を置かれてしまっているのが現状です。


 私自信も、カタナには苦戦させられましたし、サムライの剣術を会得した魔族は一騎当千の実力を持つが故に、敗走したこともあります。

 そう言えば、ヤマトの国を解放したのは次代の四代目勇者――スコット・フィネガーでした。


『物思いに耽っているところ悪いが、続けるぞ?』

「あ、はい。お願いします」


 “シルビナ”の過去に意識が向き始めたことを察したルクセラが、軌道修正してくれます。


『次はリリシュリア・ヘラ・セデティエナだ』

「セデティエナと言えば、ボロンガ王国の王家縁の公爵家ですね。大貴族の一つでは?」


 ボロンガは山脈連なる場所に建国された国です。

 林農業を盛んに行い、近隣諸国へ多く作物を輸出し、戦争時代は豊富な兵糧を他国へ売って人類の地盤を支えました。

 真っ先に一代目勇者が解放した場所だと聞き及んでいます。


 セデティエナ公爵家は、嘗ての王弟が勇者に解放された国を、優れた指揮と戦闘能力で魔族から守り抜き、地域の言葉でヘラ(英雄)の称号を与えられ、セデティエナ(南の守護神)を名乗ることを許された由緒ある家柄です。


『彼女は学生だ』

「学生、ですか」


 戦時中に計画され、実行に移されたプロジェクトがあります。

 “シルビナ”の時代で既に計画され、二代先で完成の陽の目を浴びたプロジェクト、育成国家・ベルブキナン。


 学園都市などの言い方がしっくりするでしょうか?


 気高き戦士を、智謀溢れる賢者を、全てを見通す草の者を、軍を支える鍛冶師を、国を支える生産者を、経済を回す商人を、そして……それらを統べる覇者を。


 戦う術を学び、生き抜く知恵を学び、創造する技術を学び、国を潤す技術を学び、人を導く意味を学ばせる場所。


 そんなコンセプトから生まれたプロジェクトでした。

 要は、後継者育成に尽力する為の国を作りたかったのです。


 この世界で学生と言えば、育成国家・ベルブキナンに通う者しか居ません。


 勿論、各国に学び舎はありますが、士官生と呼ばれます。

 兵士や騎士、魔法士を育成する機関が主で、貴族が通う場所ばかりです。

 それも建前で、交流を増やし、子供同士を通じあわせた派閥の拡大や、若い内に婚約者を得るためのパイプ繋ぎの場所となっているのが現状だと聞きます。


『落ちこぼれと呼ばれていたそうだが、一月前に急激に力を付けたそうだ』

「最近ですね」

『ああ。確証はまだ持てないが、使用されたのは古の魔法具(アーティファクト)だ。どう効果が発揮されたのか、私達も把握していない』

「そう、ですね。その通りです。決め付けて掛かっては、判断を誤りますか」


 ルクセラの論に頷きます。あらゆる方面からの見識が必要です。


『今はそこまでだ』

「十分です。ありがとうございます。ご苦労様でした」

『調べたのは私ではないがな』


 全て彼女の部下がやったことです。

 有能な人材を引き入れるため、そう称して、各地に情報網を構築したそうです。


 私と接触する前から行動を起こし、半年もの期間でここまで情報が集められるように仕立て上げた手腕は、指揮官としての有能さの表れであると思います。


 人徳の賜物もあるのでしょう。

 “私達”の話はしていないでしょうから、少しばかり疑問に思う者も居るでしょう。

 スカウトと言うには、些か範囲が広いですから。


 それを呑み込んで協力しているのは、人望であれ、打算であれ、下心であれ、彼女に魅力があるが故にだと思います。


『他にも隠れた妹達(シスターズ)がまだ居るかもしれないが、報告にはめぼしい人物は居ない』

「……シスターズは初めて聞く呼称ですが、本当にお疲れ様でした」


 スカウトと言うからには急激に力を増した者だけでなく、元々力量の高い者達の資料もあるのでしょう。その精査を彼女一人で行わなければなりません。

 勿論、毎日膨大な量が送られる訳では無いでしょうが、負担は想像を絶するものでしょう。

 師団長としての責務もあるでしょうから。


 それから半時間ほど他愛もない雑談をして、私は店を出ました。

 言われた通りに、水晶玉と鍵は部屋に置いたままです。お金も払ってくれていたようで、出す前に拒否されてしまいました。


 辺りはすっかり夜の様相を見せ、行き交うのは家路を急ぐ者、飲みに行く者、夜の遊びをする者に限られています。


 その中で私は飲みに行く者に分類されるでしょう。

 今からギルドでお兄様と飲むのですから。

 ルクセラは羨ましがっていましたね。卑しいですが、少し優越感です。

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