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第十三話 お約束?

 日も落ち、ケネラに来てから二日目も終わりを迎えようとしていた。


 仕事を終えたらしい冒険者達がギルド併設の酒場に姿を見せ、疲れた身体にエールを流し込んで癒している。

 かくいう俺もその一人だ。流し込むのはエールじゃなくてイチゴ風味の強いカクテルだけどな。

 エール以外にも飲んでみようと思ったんだが、これはジュースだな

 上手いが、カクテルである必要性は感じない。俺がアルコールに妙な耐性があるらしいから、そう思うだけかもしれんが。


 ここに居るのは俺一人だ。カウンター席でちびちびとカクテルを啄む年若い男は、さぞ寂しく映るだろう。


 シルビナは野暮用で出掛けている。昨日聞いた、エリザの使いが接触してきたらしい。

 思ったよりも随分早い接触である。シルビナも首を傾げていたのは印象的だったな。


 ポテトフライをツマミにちびちびやっていると、どかっと左隣の席に腰掛ける男がいた。

 髭とモミアゲが繋がっている、もじゃもじゃな大柄な男だ。

 皮鎧を着込んだ胸に、ブロンズバッチが輝いている。


「おい、この坊っちゃんにミルクをやってくれ。俺の奢りだ」


 しゃがれた声と、後ろでワハハガハハと笑う粗野な声が耳障りだ。


「そういったことはしておりません」


 カウンターでジョッキを丁寧に拭いていたギルド職員が、目も合わせず答える。


「チッ、冗談も通じねぇのかよ」


 使えねぇと、自分よりも大柄な職員に悪態を吐く。


 ガラの悪い冒険者も居たもんだ。酒臭いし、結構酔ってるぞ、コイツ。


「なぁ、僕ぅ? シルビナ・ステントの腰巾着だろう? ストーンくぅん?」


 俺の肩を抱き、酒臭い顔を近付けて胸にある真新しいバッチを確認して言う。


 なんだ、俺に話し掛けていたのか。全然気が付かなかった。金持ちのボンボンでも居るのかと思ってた。


 ストーンってのは、ストーンバッチを持つ冒険者を揶揄する言葉だ。

 冒険者の中で底辺を指す、差別用語だ。始めは皆ストーンなのに、何故か下に見てコケにする。

 まぁ、テメェより下の人間を見下ろして、悦に浸っているんだろう。


「……」

「無視ですかぁ? 怖くて何も言えないのかなぁ?」


 しゃがれた野太い声を猫撫で声にするという気色の悪い行為に出た。

 酔っ払いここに極まれり、である。


「……」

「チッ、シケたガキだぜ」


 尚も俺が反応を返さないでいると、男は勝手にポテトフライを鷲掴みにして口に運ぶ。


 結構大盛りにしてもらったのに、半分はなくなったぞ。


 ここまでされて何も言わないのは、シルビナに迷惑を掛けたくないからだ。

 門兵さんに忠告されたからな。シルビナの名に傷が着くようなことをするなって。


 許されるなら汚い顔面を陥没してやりたい。


「でも良いよなぁ。あんな別嬪に毎日腰振ってんだろぉ? 俺もやりてぇ」


 語尾がのびのびで相当回ってきているのが分かる。

 俺も参加してぇっ、と後ろで囃し立てる連中も、アルコールが回り切っているらしい。


 少し……いや、かなり良い気はしない。それどころか、めちゃくちゃ腹が立ったが、我慢だ。


「なぁ、紹介してくれよぉ。坊ちゃんならできるだろぉ?」

「……」


 聞く価値なしと無視を決め込む。

 こういう手合いは行動パターンが限られる。飽きて去るか、しつこく絡むか、逆上するか。

 思考回路が似通っているのか、ヤクザ連中もこんな奴が多かったな。


「いい尻してるよな、張りがあって。叩いたらよく鳴いてくれそうだぜ」

「俺は胸が好きだぜ。あの大きさ。そこらの女じゃ味わえねぇ」

「括れた腰もいいよなぁ? 鍛えてるの丸分かり。締りが良さそうだ」


 ギャハハと下品な笑いが響く。チラリと肩越しに後ろを見やる。

 ブロンズバッチ……Cランクか。

 Cランクは、冒険者の中でベテランと呼ばれるようになる境目らしい。粗野で野卑な連中でもベテランには至れるみたいだな。


 にしても、コイツら俺の想像通りの冒険者だな。下品で野蛮だ。


「なぁ、紹介してくるだろ? 俺が女の鳴かせ方、教えてやるぜぇ?」


 もう……限界だ。


 正直、最初からムカッ腹が立って仕方がなかった。


「君達、止めないか。流石に見ていられないよ」


 声が掛けられる。随分爽やかな声だ。


「ああ?」


 男が振り返り、立ち上がろうとした。


 俺は左手でソイツの肩を押え、カウンターに向き直らせた。


「あ? なんだテ――あべぇっ!?」


 肩を押えた手はそのまま頭に移行し、もじゃもじゃでちょいとオイリーな髪を鷲掴みにして……カウンターに顔面を叩き付ける。


 喧騒の続いていた酒場にガダァンッと音が響いて場を白けさせた。


「デ、デベェッ」


 鼻先を未だに押し潰され、くぐもった声が響く。

 ジタバタと腕を藻掻かせ、拘束を解こうと躍起になっている。


「シルビナは俺の妹だ。下卑た視線を向けるのは良いが、その話を俺に聞かせるな」


 言いながら男の頭を持ち上げてカウンターから話し……


「あでででっ、はっ、離ぜ――べぇっ!?」


 もう一度叩き付ける。ポツポツと赤い雫が床に落ちる。


 ふがふがと鳴いているから、死んだわけじゃない。鼻でも潰れたんだろう。


「君、一体何を……?」


 静まり返った酒場で、さっきの爽やかな声が聞こえた。


 そこで漸く顔を見れば、金髪碧眼で整った顔立ちの青年が居て、驚愕に目を見開いていた。

 簡素でありながら立派な鎧を着込み、マントを羽織っている。マントの留め具代わりにランクバッチを使っているようで、シルバーバッチがキランと照明を反射した。


「て、てめぇっ!」


 仲間がやられて頭に血が上ったか、中肉中背の男が腰佩した直剣を抜き放ち、襲い掛かって来る。


 素早く立ち上がって男に向き直り、振り上げられた剣が斬り下ろされる手前で手首を左手で受け止め、男の顎を右掌底で下からかち上げて、一歩進み男の脹脛に右足を引っ掛けてそのまま掌を顎に押し込む。


「は――がぁっ!?」


 仰向けにぶっ倒れ、男は背中を強打した。


 カウンターもそうだけど、この床も丈夫だな。結構な力で叩き付けてやったのに、罅一つはいらないとは。


 背中の痛みに悶える男の顎を蹴り飛ばして意識を奪い、カウンターに崩れるもじゃもじゃの男の襟首を掴んで引き倒してから座り直す。


「消えろ。酒が不味くなる」


 そう背中越しに伝える。


 言ってみたかったセリフである。順位とかは特にないけど、憧れはあった。

 声が震えないようにちょっと気を使った。


「ス、ストーンが調子に――おばぁっ!?」


 カクテルグラスを吼えた男の顔面に投げ付ける。

 カウンターや床のようにはいかず、流石に粉々になってしまった。


「消えろ。そう言ったはずだが?」


 睨みを利かせてみる。最終的に、ヤクザさえも怯んだこの目だ。「ひぃっ」と残った三人の男が悲鳴を上げて、仲間を引きずって去っていっても笑うまい。


「やり過ぎではないかな?」


 なんか話し掛けてきたぞ。と思うも無視だ。


 注目していた冒険者もまた喧騒を作っている。

 ブロンズがストーンに負けたと嗤う声が複数聞こえる。コイツらも、さっきの連中と似たりよったりな感性をしているらしい。


「ん」

「……え?」


 金髪は無視できたが、横合いから出された塵取り一式に唖然とする。

 酒場で働く無愛想なおばちゃんが、顎でクイクイと無惨な姿になったカクテルグラスを指す。


「あ、はい、すみません」


 彼女に従い、俺は情けなく床に腰を落とす。


「弁償してくださいね」

「はい、すみません」


 カチャカチャと粉砕したカクテルグラスを片している俺に、カウンター奥からグラスを拭くおっさんの声が届き、素直に頷いた。


 自業自得だからな。正直、最後のカクテルグラスを投げたのは必要なかった。

 映画のワンシーンを真似てみただけだ。

 まぁ、あれはノールックで、投げたのは傘の持ち手部分で引っ掛けてで、カクテルグラスじゃなくて背の低い重厚感のあるグラスだったけど。ハイボールとか入れるようなやつじゃないかと思う。


「おい君、聞いているのか?」

「聞いてない。消えろ」

「な、なんだその言い草はっ。僕は君を助けようと――」

「頼んでない。そもそも、必要なかったろ。っていうか、魂胆が見え透いてるんだよ」

「な、何を」


 執拗(しつこ)いから素っ気なく扱ったのに、恩着せがましい優男に言葉を被せて反撃する。面を拝むのも億劫だから、視線は床のグラスの破片に向いたままだが。

 あー、結構飛び散ってるな。細かいのも拾っておかないと。我ながらアホなことをしてしまった。


「さっきのゴロツキ、お前の差し金だろ?」

「――っ。な、何を根拠に」

「お前が話し掛けてくるタイミング。ヤツらが大して憤りを見せなかったこと。……後は勘だ」


 塵取りの中に集まったグラスの破片をチャッチャッと鳴らす。


「勘……そんなもので」

「シルビナに近付こうと思った。そうだろ?」

「僕は彼らとは」

「どうでもいいんだよ。ただ消えろ。それだけだ」


 無愛想なおばちゃん職員が塵取り一式を受け取ってくれた。グラスも捨ててくれるみたいだ。


 金髪の言葉を被せて遮り、自分の要求だけ突き付ける。

 実際、直前まで動かなかったくせに、過激になってきて動きだした。

 グルじゃないとしても恩でも売って、シルビナへの足掛かりにしようとでも思ったんだろう。


「グラス代、これで足りますかね?」


 金貨一枚をカウンターに置き、座り直す。


「ええ、十分です。一品出せますがどうします?」

「じゃぁ……あれと同じもんで」


 メニューを見ても読めないから、周囲の冒険者が口にする料理を指して注文する。


 野菜炒めの上に目玉焼きが乗った料理だ。俺は卵が結構好きだ。


「分かりました」


 最後にキュキュッと一拭きしてグラスを置き、調理に取り掛かる。


 火起こしから――そんな面倒な世界ではない。魔道具って便利なものがあり、日本のキッチン事情とそう変わらない設備が整っている。

 消費するのは自前の魔力な点から光熱費が掛からない分、財政的にはこっちの方が良いかもな。


「君、僕の話を――」

「お待たせしました、お兄様」


 一切の気配も感じさせず、シルビナが右隣に腰掛ける。


「終わったのか?」

(つつが)無く」


 端的に遣り取りし、シルビナが俺の左隣のカウンターを掃除していたおばちゃんに、「同じものを」と伝えた。


「イチゴのカクテル、美味しいですよね」

「ああ、甘酸っぱくて美味かったぞ。好きな飲み物が増えた」

「お兄様とお酒を飲み交わせるなんて……凄く嬉しいです」


 愛想もなく置かれたカクテルを口に運び、音もなく啜るとほふぅと微笑を浮かべた。


 酒とは言ってないんだが……嬉しそうだから水を差すこともないか。


「あ、あのっ」

「はい?」


 そんな俺とシルビナの一時を邪魔する声があった。

 金髪だ。まだ居たらしい。


「シルビナ・ステント君だね?」

「そうですが、あなたは?」

「おっとこれは失礼」


 キザったらしく、金髪は前髪を右手で掻き上げ、何やらシルビナから若干斜め下に顔を向けて目を細め流し見る。

 その仕草は様になっているが、大袈裟な挙動で芝居臭さが滲み出ている。


「僕はアルベルト。“閃光”のアルベルト・デレナブさ」


 そう名乗った。はぁ? である。

忙しくなるので、十月の更新は今日だけです。(ストックだいぶなくなってきたし)


次回は十一月の第一日曜日です。

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