第十二話 米が食べたい
シャワールームで汗と汚れを流してサッパリした俺は、借り宿タイラントの共用の食堂で、シルビナと向かい合って座り、朝食を取っている。
「しかし、エリンさんって強いんだな」
時間が掛かった割にはシンプルな朝食だ。
目玉焼きにベーコンに粉砂糖をまぶしたレーズン入りのパン、(多分)ジャガイモのポタージュスープ。
どれも普通の見た目だ。変に紫だったり、やたら赤かったりはしない。
「ギルド職員は、最低でもBランククラスの実力者でもありますからね。強さは折り紙付きです」
うーん、じゃあ彼女の強さを基準に冒険者の実力を測ればいいのか。
「でもBランクかぁ。シルビナは、俺がBランク程度の力なら持ってるって言ってなかったか?」
「はい、言いました」
「彼女に勝てる要素はなかったと思うんだが?」
中庭を掃除しているエリンさんを窓越しに眺める。
細く華奢な肢体で、軽々と俺を地面に叩き付けた技量は本物だ。
あんな人がゴロゴロ居る組織とか、怖くて逆らえないな。
「組手という意識がお兄様にリミッターを掛けさせたのでしょう。殺し合いなら、彼女が貴方に勝てる通りはありません」
まぁ、死んでもその日の朝に遡って生き返るからなぁ。
本人は殺したことを覚えてなくて、俺は覚えている。相手の動きさえ事前に把握できれば、いつかは勝てるようになる。
その点で、俺は誰よりも有利だと言える。
「さて、食べてしまいましょう。今日は臨時の荷運び業。相当走り回ると思うので、しっかり蓄えてください。お弁当も用意していますので」
「分かった」
冒険者として大先輩のシルビナに従い、ガツガツモリモリとおかずを口に運び咀嚼する。
主食。俺にとってそれは米だ。パンや芋は主食になりえないと思っている。
だから、食卓に並ぶ料理に主役は居ないと思っている。
「……米が食べたい」
「お米、ですか?」
思考が口から盛れたらしい。シルビナが俺の呟きを拾う。
「ああ。日本人はやっぱり米だろ? 昼や晩が麺類でもパン系統でも構わないんだ。でも朝はさ、白いご飯が食べたい。なんて言うか、目覚ましみたいなもんで、ご飯を食べないと調子が出ないっていうか……な?」
「な? と言われましても、私はお米を食べなくても問題ありませんが?」
日本人は米が命。そう考えている俺には衝撃的だったが、すぐに思い直す。
「……あー、多分あれだ。味覚はシルビナのままってことなんだろ?」
「なるほど。“ひなた”の記憶や感情を持っていても、身体はあくまで“シルビナ・ステント”のもの。そう考えれば確かに味覚まで“ひなた”に引っ張られることはありませんね」
うーん、分かってもらえると期待したんだけどな。そうはいかないか。
「お米、お米。……知りませんね。小麦や大麦などはあるのですが」
「気候の問題か? それとも地質? なんなんだろうな?」
ジャガイモはあるのにと、原型を保つイモをフォークで刺して持ち上げる。
「さて、なんでしょう? ただ、お米があるとしても、日本のそれとは異なりそうですが」
とろとろの半熟卵を口に入れるシルビナ。
焼き加減が絶妙なのか、黄身は半分に裂かれても広がり過ぎない、絶妙なジェル感である。
「違うって?」
「食感や旨味です。日本のお米はモチモチしていて噛む度に旨味が溢れますが、他の国ではパサパサで旨味はありません。気候か、地質、肥料や作付け方法に問題があるのかもしれません。それと品種もでしょう。そもそも、白米だけを食べる国は多くありませんから」
それはそうかもしれない。
テレビでもよく見る海外の米を使った料理は大体が汁物だったり、何かを絡ませたりしていた。
インタビューで外国人が白米を好んで食べる日本人に驚く、そんな場面もあったな。
「じゃあ期待しない方がいいか」
結構残念だけどな。
まったく、こんなことで米の有難みを感じるなんてな。
日本人の性。魂や遺伝子に擦り込まれた郷愁の念のようなものなのかもしれない。
「ええ。過度な期待は思惑が外れた際に、大きなショックとなって返ってきますからね」
「いや、そこまでじゃないと思う」
流石にそんなことにはならないはずだ。
米が食えなくて大きなショックを受けるって……残念ではあるけど、精々そこ止まりだろう。
「まぁ、ずっとこの世界にいるわけでもなし、“ひなた”達を探しながらのついでに、あれば食べてみる。そんな感じで行こうと思う」
「そう、ですか? 楽しみの一つでもあれば、そう思ったのですが」
「ないわけでもないさ。こうしてシルビナと旅ができるんだ。十分楽しんでるよ」
口角を上げて告げると、シルビナは視線を逸らして「そうですか」とだけ呟いて、無言になった。
先週は仕事が忙しくてお休みでした。
お米。日本人のソウルフードだと思っています。
朝がパンだけだと、十時にはお腹が空きます。麺類もダメなんです。一緒にお米を食べないと、スーパーカップでもお昼まで保たないです。
異世界に行ってもお米が食べたい。そんな自分の妄想の回でした。




