第十話 言い訳
「ルクセラ・セルレト。バイパー共和国の総師団長です」
「師団?」
「騎士や兵士と同種の軍事組織です」
その団長ってことは、軍事組織のトップてことか?
トップじゃないにしても相当上の立場だろ。そんなのに“ひなた”が宿っているのか?
「バイパー共和国には第二教会――エビレト・バイパーがあります。さほど大きな国ではありませんが、師団はドラゴンスレイヤーを名乗れる者も多く、軍事に強く力を割いています」
「それを纏めるのが“ひなた”なのか?」
そのルクセラとやらが“ひなた”であるなら、そういうことになる。総師団長ってことらしいからな。
「そのルクセラ、さん? がなんで“ひなた”だって分かるんだ?」
さっきのゼシカは、三年前って時期が重なっているからだろうけど、ルクセラの方はそうでもないだろう。
一つの組織のトップになるのに、たった三年で成り上がれるか? 無理だろ。
ましてや、一国の旗下の組織だ。家柄、実力、功績、人徳等々の要素が必要になるはず。
実力だ功績だってのは三年でなんとでもなるだろうけど、家柄は無理だ。
シルビナはどうやってルクセラが“ひなた”だと判断したんだ?
「接触がありました」
「ルクセラからかっ?」
予想もしていなかった返答に目を剥く。
「はい。あちらが私を早期に把握し、ひなたの現状を伝えてきました」
なるほど。ひなたの状態に詳しかったのは、ルクセラが情報源になっていたからか。
勇者召喚時に使用された場所が教会の建てられた場所だ。なら、第一教会と第二教会……そう遠い場所ではないと予測できる。
ルクセラが情報入手に有利なのは当然か。
「彼女は今は立場ある人間ですが、お兄様との接触後は師団を抜けるそうなので、ご安心ください」
「ん、そうか。了解」
離れられないんじゃないか? なんて心配はしていたが、合流できるならその方がいい。
第一教会の警備がどれほどか分からんが、多分強行突破でひなたを奪取することになる。戦力は多いに越したことはない。
「今分かっているのは、それくらいか?」
会話が途切れ、そう判断した。
「ですね。私とルクセラの予想では最低あと二人は居るはずです」
「二人、か。居所は……」
「残念ながら」
「だよな」
まぁ、そう上手くはいかないか。
「情報収集はルクセラに任せています。私はお兄様を鍛え上げることに専念したので」
過去形ではあるが、いまだに俺は未熟もいいところだ。シルビナが立派に鍛え上げたと、胸を張れるほどの実力はない。
「この三日の間にルクセラから情報が届くはずです。セルベティアに居ると、情報交換ができませんから久方ぶりになりますが」
「小舟を頼みに行った時は?」
一月くらい前にシルビナはセルベティアを出る準備のためにセルベティアを出ていた。
妙な言い回しだが、彼女は【転移魔方陣】で外に出ることが可能だった。
【転移魔方陣】から【転移魔方陣】へ魔力線を辿ってテレポートするだけのもので、術者の能力によって設置できる数が決まっている、そういう使い勝手の悪い魔法らしい。
それを使わないのは、設置できる数が五つまでで、いい加減な配置に使ってしまったからだ。
まぁ、“ひなた”を探しながら第一教会を目指すんだから、そうポンポン使っても、近くに“ひなた”が居るとは限らない。
「その時は何時出るのか、その便りだけを送るに留まりました。ケネラに来ることもその時に」
「なるほど」
次の連絡だけをしたってわけか。
まぁ、不定期に出てくるんじゃあ、ルクセラも連絡の取りようはないか。
「お兄様は気にせず依頼をこなしてください。彼女とのやり取りは私の方で進めておきます」
「分かった、頼む」
明日は荷運びの依頼で街中を駆けずり回ることになっている。
街を知り、人を知れば、世界の一端が見えてくる……なんてことはないが、人となりは見ておきたい。
ひなたの犠牲をどう思っているのかとか、な。
まぁ、直接聞く気はない。聞いたところでって話だ。要は、雰囲気を知れればいい。
「さて、もう寝ましょうか」
髪を乾かし終えたらしいシルビナの提案なんだが、ベッド一つしかないんですが……
「お兄様?」
布団に潜り、不自然にスペースを空けるシルビナさん。
ちょいちょいと手招きして首を傾げる。
俺が椅子から動かないのが不思議らしい。
まだ湿り気が取れてふんわり柔らかそうな白銀の髪がサラリと広がってベッドを染める。
「……一緒に寝ろと?」
「他にベッドもありませんし、布団も予備はありません。それならば、同衾するしかないのでは?」
胡乱な俺の眼差しにニコリと返すシルビナ。
それならばって、どう考えても確信犯だろう、これは。
「恥ずかしがることはありません。兄妹ならば、添い寝も当然のこと」
「幼い兄妹ならな。歳を考えろ、歳を」
確かに、一緒に寝たことはある。
でも、それは地球でだし、まだひなたも小学校に上がる前とか、低学年の時までだったはずだ。最近は全然なかったように思う。
“シルビナ”と添い寝をしたことは一度もない。
セルベティアでは、俺がベッドでシルビナが床だった。
何度か問答をしたが、いつの間にか眠らされて朝起きたらベッドの上だ。
彼女は床で寝ている。……多分な。
シルビナよりも早く寝て、シルビナよりも遅く起きる俺に知る術はない。
「強情ですね。“ひなた”はまだ十歳ですよ? 『お兄ちゃん』に甘えたい年頃なんです。それに、一緒に温泉も浸かりましたし、添い寝程度、ですよね?」
悪戯っぽく微笑むシルビナに頭をカリカリする。
苛立ちとかではなく、それを出されるとっていう決まりの悪さからだ。
「はぁ……分かった、降参だ。どれだけ執拗いんだ」
両手を上げて参ったと、態度でも示す。
「ではではっ」
嬉色孕んだ声音で、シルビナはずりずりと端に寄って更にスペースを作る。
「何がそんなに嬉しいのやら」
若干疲れを覚えながら、シルビナが空けたスペースに入る。
ギシッとスプリングが軋み、ベッドが沈む。
「【オフ】」
凛と声が響く。シルビナが魔力を込めて放ったのだ。
その声に少し遅れて照明が緩やかに落ちていく。
俺が横になる頃には、室内を照らすのは窓から射し込む月明かりだけだった。
「……おい、枕があるだろ」
自然な動作でシルビナは俺の右腕を取り、自分の頭の下に敷いた。
重いわけではないし、ちょっと爽やかなミント系のいい匂いがするし、嫌なわけではないけど……これ、朝になると腕が痺れてるんだよな。
ユイで経験積みなんだ。朝、結構辛い。
「『妹』の特権です」
語尾に音符でも付きそうな弾んだ声音でふふっと笑う。
心底嬉しそうな笑顔を向けられ、俺は何も言えずに目を閉じた。
「もう寝る。明日の依頼は結構早いんだろ?」
分が悪い。そう判断して、俺は目を閉じた。
くすりと零して、シルビナは続ける。
「鐘が鳴る半時間前に集合です」
つまり八時半だ。それまでにトレーニングを終えておかないといけない。
「おやすみなさい、お兄様」
「ああ、おやすみ、シルビナ」
こう思うのは何度目だろうか……
(これ、浮気じゃないよな? 相手は妹だし。年上で血の繋がりもないけど。でも、精神は兄妹だし。大丈夫、何もない。幼い『妹』と添い寝してるだけだ)
ひなたの温かく、日向のような匂いとは違う、爽やかミント系の匂いが鼻腔をくすぐり、ひなたにはない柔らかさを右半身で感じる。
さっきよりちょっと近い。
寝心地の良い場所を探しているのか、何度も頭の位置を変えている。
軈てしっくり来たらしい肩に近い位置で落ち着く。
直に穏やかな寝息が聞こえ始めた。
俺はしばらく寝付けそうにないな。何故かは言えんが。
「ユイ……これは兄妹のスキンシップだから」
ここには居ない、愛する人へ言い訳にもならなそうな言葉を呟く。
念仏のように唱え続けた呟きが三十回を越える頃、俺の意識も次第に眠気に負けて落ちていった。




