第八話 怒涛のポーンラビット
パァンッと赤い飛沫が散った。
「魔法すげー」
パンパンと軽快に破裂音が響く。
「マジすげー」
視界に映った赤い毛玉を避けるため、後方に跳ぶ。一足で十メートルくらい距離が開いた。
「ホントすげー」
着地して直ぐに追撃を仕掛けてくる赤い毛玉を半身になって避ける。
通り過ぎ様に膝を打ち込み、吹き飛ぶ前に背中を打つ角度で上から掌底を落として転がす。
傍から見れば、俺の腕はブレて見えただろう。
実際に、俺の動体視力では自分の腕を捉えきれてなかったし。
「お兄様、語彙力が……」
嘆きながらも迫るポーンラビットを風で上から押して圧殺するシルビナ。
殺り方が怖いぞ。
一瞬でベチャッと地面のシミになってるからな?
「いや、でもホントに凄いな、魔法ってのは。俺のはまぁ未熟も未熟なんだろうが、【身体強化】一つでここまで歴然と差が出るのか」
さっきまでも一撃で殺せたんだが、今は一撃で弾ける威力を出せている。
威力だけじゃなくて、速度や耐久力も常時の比じゃない。
体内を駆け巡る魔素はカッカッと俺の身体に異常なまでの熱を持たせ、身体を羽のように軽くさせていた。
【身体強化】――身体的スペックを底上げする魔法だ。
身体を覆うんじゃなく、血流のように魔力を体内で循環させて使う。基礎中の基礎の無属性魔法。
戦闘職の殆どが扱うことのできる入門編の更に入り口と言っても良い。
俺は漸くその入り口に立った。
「シッ」
食い縛った歯の隙間から意図せずに息が盛れる。
鋭く放った拳は赤い毛玉の横っ面を捉えた。
ドゴオッと重く音が響き、赤い毛玉を吹き飛ばす。
しかし、流石のタフネスだ。何度目かの痛打にも関わらず、ゆらりと身体を起こす。
攻撃力は大したことないが、防御力が並外れて高い。クワンドと同レベルってこともないが、これがBランクの序の口って感じだ。
「ふっ、はっ」
軸足を替えて回転蹴りを放つ。八方から迫るポーンラビットの首が七つ飛んだ。
ただ左右前後から迫るだけのウサギを迎撃するのにはこれだけで十分だった。
「【身体強化】でそこまでの底上げはないはずですが……。魔力と魔素の違いでしょうか?」
「まぁ、魔素が魔力の数倍、数十倍のエネルギーを内包してるってことだから、そういうこともあるのかもなっと」
赤い毛玉の頭を躱し様に肘で打ち落とし、地面でバウンドして浮いた腹を蹴り上げる。
《ギィィィッ!!》
歯軋りのような耳障りな音が響く。
「な、何だ?」
「レッドポーンラビットの鳴き声、でしょうか? 初めて聞きました」
シルビナの戸惑ったような声音を聞くのもそうない。
彼女は基本的にどっしりと――いや、それだと恰幅があるように思えるな。言うなら凛とか?
まぁ、表現は兎も角、基本的に動じない彼女が困惑する様は、ギャップもあって可愛い。
「――っ!?」
余計なことに気を割いた所為か、反応が遅れて右肩が少し裂かれた。
深くはない。腕も動く。出血量もさほどだ。
問題ないな。
「お兄様っ」
「悪い、油断した。大丈夫だ、大した傷じゃない」
心配そうな声に淡々と答える。事実、動きに支障はない。
それよりも……
「……何か攻撃が激しくなったな」
突貫しか能のない白い毛玉共の頭を次々と砕く。
俺の周囲もシルビナ同様、真っ赤に染る。
弾けた赤ピンクの脳髄が、重みに耐えれなかった草を伝ってピチョンと落ちた。
「さっきのが原因か?」
「おそらく。又聞きですが、狂化は伝播するそうなので」
「鳴き声がトリガーになったのか」
攻撃速度は変わっていないが、モーションのラグがなくなった気がする。
一心不乱に狂ったように突撃して来る白い毛玉達。
彼らを迎撃する度に感じるのは体内を巡る熱の放出だ。
(ヤバイな。これ、多分魔素の消費だ)
【身体強化】も基礎中の基礎とはいえ、魔法であることに変わりはない。
であるならば、使い続ければ魔素を消費するのも当然だ。
鳩尾辺りに感じる熱の大元――魔素蓄積器官にある魔素量が減っているのが分かる。
「武器の使用を許可します」
「お? 良いのか?」
「素手では厳しいようなので」
俺の魔素の減りっぷりを見かねたらしい。
許可が降りたならやりようはあるな。
首に掛けた、青い宝石の嵌められたネックレスに僅かばかり意識を割く。
全意識を向けてしまうと、対応できなくなるからな。
【身体強化】に回していた魔素を幾らかネックレスに流す。
これも魔道具だ。魔力を使わないと作動しない。
時間にして十秒ほど。その間にもポーンラビットの猛攻は収まらず、パンパンと破裂音が続く。
「来たっ」
ネックレスから青い光の粒子が出て眼前で収束する。
最初のうちはネックレスを握り締めていないと出なかったんだが、何度も反復練習をしたことで、俺とネックレスの間に魔力線ならぬ魔素線が繋がって、握っていなくても武器を取り出せるようになった。
「うしっ!」
収束した粒子に右腕を伸ばして通過させる。その瞬間に握り込んで腕を戻し、背後から迫るポーンラビットに振り向き様に下段から振るい上げた。
ポーンラビットの首が落ちた。
背を向ける形になった粒子に左腕も通し、横薙ぎに振るう。
上顎と下顎から泣き別れ、上下にポーンラビットが分断される。
骨をも紙切れのように斬り裂く二振りの小太刀。
静林と疾風。どちらも刀身は緑掛かり、刃先に向かって緩い反りがある。
静林は静かだ。肉を断つ音も、骨を断つ音も聞こえない。
逆に疾風は荒々しい。切り口は粉砕したようになる。
刀身に纏うのは嵐だ。刀身から僅か五センチの空間を逆巻く激風が断つ前に全てを砕く。
……はずなんだけどな。
俺はまだ魔素を武器に通せない。自分の体内を巡らせるので精一杯だ。
シルビナがこれを渡してくれた時に見せてくれたようにはいかない。
さて、これで準備は整った。
武器の斬れ味頼りではあるけども、決着を付けさせてもらおうか!




