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第七話 初依頼

 昼食を終え、俺とシルビナはケネラの外に出ていた。


 滞在時間は精々二、三時間だった。街の出入り口は分けられていて、不審に思われることもなかった。

 まぁ、街に入った一時間後に冒険者が出てくるってのは、ありがちなことらしいから、対応したのが入った時の守衛さんでもなんとも思われないそうだが。


「ポーンラビット討伐ねぇ」


 朝の内にシルビナが選んだ依頼を消化するために、街を出て二、三分。


 街道を逸れ、平原へ向かう。

 足首までの高さの草がくすぐったい。シルビナはブーツがふくらはぎくらいまであるから平気そうだ。


「れっきとした魔物です。見た目はウサギですが、額の螺旋を描く角は人の皮膚を突き破ります。一度突き刺さると簡単には抜けません。直撃すると今のお兄様でも、少し危険かもしれませんね。お気を付けて」

「……おう」


 脅かしってわけでもなさそうだ。気を引き締めないと。


 暫く進むと、カサカサっと草が揺れる。

 ミステリーサークルのような線を描きながら草が倒れ、前方から何かが迫ってきた。


「ぬおっ!?」


 白い影が草むらから飛び出してきた。何もしなければ、着地点は俺の額だ。

 宙を翔ぶ下手人と目が合った。

 ソイツは白い体毛に長い耳と丸っこい尻尾、赤い目が特徴の可愛らしい生物であるはずだが、眼光鋭く俺を睨め付け、螺旋を描く黄色い鮮やかな角は凶悪そのもの。


 ポーンラビットだ。シルビナの言った通り、まんまウサギだ。額の角を除けば、だが。


 急に翔び上がった時は驚いたが、さほど速くはない。

 冷静に手刀で叩き落とした。


 ゴキィっと嫌な音と枝を折るような軽い感触が手に伝わる。


 トサ、なんて可愛いものじゃなく、ドウッと地面を僅かに抉り、雑草を舞い散らせて地面に叩き付ける

 ちょっと砂埃と千切れた草の積もったポーンラビットの首があらぬ方向に折れていた。

 既に息絶えている。


「……なんだよ今の威力。力みはしたけど、そんなに力入ってなかったぞ」


 叩き落とした手と、横たわるポーンラビットを見比べる。


「それだけ力を付けたということです。ポーンラビット程度、わけなく始末できるでしょう」


 何故か誇らしそうに胸を張るシルビナ。

 唖然としていても、その豊かな母性に目が向くのは男の性か。


「惚けている暇はありませんよ。彼らは群れで動き、大型の獲物を狩る小さなハンターです。一匹程度では終わりません」


 シルビナの言葉通り、草むらを掻き分けてできるスジが四方八方から俺達に迫る。


 武器を使わない。今回俺が課せられた鍛錬だ。

 最低ランク程度に武器を使っては、この先やっていけないと彼女は語った。


「すぅ……ふぅ……」


 浅く呼吸し、左手から飛び出してきたポーンラビットの角を掴み、数瞬遅れて右手から飛び出したポーンラビットに叩き付ける。


 自分よりデカイ奴を襲うだけあって、仲間がかち割られても彼らは攻め手を緩めない。


 前方から飛び込んできたポーンラビットを蹴り上げ、反転して後方から迫るヤツに踵を落とし、背後から迫るヤツには裏拳をかます。


 ザリザリと地面を削って身体を動かす。時に投げてぶつけ合うことも織り交ぜながら、拳、肘、膝、爪先、踵を駆使して迎え撃つ。


 ただそこに居るだけで向かってくるのだから楽で良い。


 翔び兎の異名を持つポーンラビットは、攻撃の際に必ず数メートル先で翔ぶ。

 その速度は弾丸のよう。


 ただの村人では、数メートル先から迫る百六十キロのポーンラビットを躱すのは難しいかもしれない。

 この世界に来たばかりの俺には当然対処不可能だ。


 でも……


「今の俺には止まって見えるぞ」


 横っ面を叩き、同時に左右、斜め左から迫るポーンラビットを右から順に拳で撃ち抜く。


 まぁ、「止まって見える」は言い過ぎにしても、本気で腕を振り抜けば三百六十度、どの角度から襲われても余裕を持って対処できる。


 それが同時に迫ってきても、だ。

 速度や高さに個体差はあるものの、翔び上がるのは同じでしかも一直線だ。対象は容易い。


「……多いですね」


 胸を持ち上げるように腕を組んだシルビナは、風魔法でズッパズッパ迎撃する。

 赤い血溜まりを作成しながら、彼女は溜め息を吐いた。


「何か問題でもあるのか?」


 蹴り抜いて首をへし折りながら問う。

 焦りとかよりも、どこか確信めいた面倒臭そうな雰囲気だ。


「ポーンラビットは年中発情期ですからね。放置し過ぎ、ということでしょう」

「常時貼られたギルドからの依頼なんだろ? 日銭稼ぎに丁度良いんじゃないのか?」

「実入りはさほどでもないのです。一帯を全滅させるまで止まりませんからね。面倒なんです。それに、魔物は群れが肥大すると……」

「お?」


 膝を横っ面に叩き込んでやったポーンラビットの感触がさっきまでと違う。


「ああ、やっぱり」

「……なんかデカイな」


 はぁ、と溜め息を吐いたシルビナの視線の先には赤毛で黄色い目の二本、額に螺旋を描く角を生やしたウサギが一羽。


 俺が膝を入れてやったポーンラビット、さっきまでのは並のウサギサイズだったが、コイツは二倍……いや、三倍はデカイな。中型犬並だ。


「魔物の群れが肥大すると、変異種、或いは上位種が産まれ、群れを率い、狂化します」

「きょうか?」


 迫るドデカイポーンラビットに拳をぶつけて迎撃し、振り抜いた腕に任せて身体を回転。回し蹴りで並のポーンラビットを蹴り飛ばす。


 ざっと二十羽は倒したと思うんだが、数が減った感じがしない。


「狂化とは攻撃一辺倒になるスキルですね。視野を狭め、痛覚を鈍らせ、思考を暴力的に染め、眼前の敵へ集中する。そんな諸刃の剣のスキルです。これだけの群れで産まれた変異種――レッドポーンラビットならば使えて当然ですか」


 最後はシルビナ一人で納得して組んでいた腕を解く。


「変異種はランク特定が難しいです。群れの規模で左右されますから」


 普通のレッドポーンラビット――変異種なのに普通とは……これ如何に――はCランクが精々だと、シルビナは続けた。


「さっきの話を総合すると、っと」


 角に当たらないように鼻っ柱を蹴り付けて頭蓋を砕く。向こうの翔び掛かりも相まって、威力は跳ね上がって返る。


「ギルドの――いや、この場合は冒険者か。まぁ、ソイツらの怠慢の所為でコイツが産まれたってことか」


 迎撃の右フックで赤玉を殴り飛ばす。

 確かに他のポーンラビットよりもずっと速いし、拳に伝わる反発力が強い。まるでゴム玉を殴っているようだ。

 ダメージが通っているようにも思えない。


「私の見立てではBランクほど。脅威度は高くありません。厄介なのは耐久力でしょう」


 シルビナの言う通り、凄いタフネスだと思う。

 合間合間に翔んで来るヤツは、鬱陶しいことこの上ない。


 まぁ、他のポーンラビットは弱いから、充分相手できるけどな。

 ただ、油断は禁物だ。アイツの角はポーンラビットの二倍はある。直径十センチくらいだ。ソレに穴を空けられたら流石に致命的だろう。

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