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第六話 仮宿タイラント

 依頼書を提出し、ギルドを出た。


「今日の寝泊まりってどうするんだ?」


 着いた時は東にあったお日様も、今は若干西へ傾きつつある。早く宿でも取らないと、満室になるんじゃないか?


「一定以上の冒険者は、活動拠点にする街に家や部屋を買います」

「うん?」


 急な語り出しだな。言いたいことは何となく分かったけどな。


「私もこの一帯を拠点として動くことがあったので、部屋は持っています。お兄様を受け入れる前提ですから、それなりの広さも確保していますよ」


 歩みは止まらず、シルビナは通りから脇道へ入る。

 閑散とした住宅地だ。右手に子供の遊び声が聞こえる広場が見えた。

 地球で使うような遊具は見当たらず、ボール遊びとか、何やら勇者ごっこなる遊びをしている子供がいる。

 後は……掌に火の玉を浮かべている子供もいるな。


「あの年で【ファイアーボール】が発現できるとは、中々の才能の持ち主ですね」


 俺と同じように横目で捉えていたらしいシルビナが、感嘆の息を漏らした。


 住宅地に見える幾つかの飲食店は盛況なようで、どの店も満席のようだった。

 店外に設けられた椅子に座る待ち客の様子からして、美味そうだと連想させる。


「部屋へ案内したらご飯にします。ギルドの軽食だけでは足りないでしょう?」

「お? うん、まぁ」

「気にしなくても良いですよ? お金はたんまりあるので」


 口篭る理由すら当てられてしまった。

 ユイにもよく言い当てられるんだが、俺ってそんなに分かりやすいだろうか?

 ユイの件で自分でも自覚するくらい表情が死んだ、とは言わないまでも、ちょっと表情筋が動かなくなった気はしてるんだが……


「ここです」


 通りから五分ほど歩いたところで足を止める。

 二階建てのアパートのような建造物だ。まぁ、アパートと呼ぶにはちょっと豪華な気もする。


「あら? シルビナさん、お帰りなさい」

「お久しぶりです、エリンさん。お兄様、彼女はエリンさん、ここ――タイラント・ケネラ西地区三番棟の管理人さんです。エリンさん、こちらは以前お話した私の兄で、タカシ・フジサダです」


 エリンです、タカシです、とシルビナに紹介された俺とエリンさんは、互いに頭を下げ合う。


 肩に掛かる二つのお下げの栗色の髪に、頬のそばかすがなんとも素朴感を匂わせる女性だ。

 大きな茶色の瞳に垂れ下がった目じりは、彼女を優しげな雰囲気にさせる。

 体型はまぁ、中間ってところか、可もなく不可もなく。肉付きが良いわけでも、細身とも言えない絶妙加減。

 身長も平均女性ほど。百六十に届くか届かないかって感じ。

 服装はギルド職員と同じ物を着用している。ってことは……


「ギルドの管理下ってことか?」

「はい、そうなんですよ。タイラントは冒険者のみが借り受けできる施設でして、ただ一泊することも、長期契約で借りることもできるんですよ」


 俺の呟きを聞き取ったエリンさんが手に持つ箒を挟むように手を合わせ、ニコリと微笑んだ。


 うーん、思った通り純朴だ。平凡ながらも、可愛らしさが滲み出ている。

 歳は二十歳過ぎくらいか。


 にしても、冒険者専用の借宿、か。それに、“西”ときた。

 俺の想像以上にギルドって組織は強大なのかもな。


「では、失礼します」

「どうも」


 シルビナに倣って俺も会釈する。ちょっと素っ気な感じになった。


「はい、何かご要望があれば言ってくださいね」


 掃き掃除に戻るエリンさんの横を通って敷地内へ足を踏み入れる。


 外からでは分からなかったが、奥行きが結構ありそうだ。


 正面に玄関があって左右に五メートル伸び、そこから奥に向かって更に建物が続いている。


 両開きの扉を潜れば、正面にカウンター、その右側二階へ続く階段があって、左右に廊下が伸びている。


 カウンターでシルビナが何やら書き込んでいる。

 肩越しに覗いても字が読めないから内容は不明だが、シルビナの冒険者カードと同じ字だったから、多分彼女の名前を書き込んだんだろう。


 トントンと折階段を登り、迷う素振りもなく左に曲がる。


 更に奥へ続く廊下を左に曲がる。

 正面からでは分からなかったが、この建物、上から見るとカタカナのコの字になってるらしい。

 左手の窓に中庭があって、向こうに右に曲がると到達するであろう建物が窓から見える。


「中庭は軽い鍛錬場所として使えます。この施設は、そういったこともできる仕様になっているのです」


 俺の視線を追って考えを読んだらしいシルビナが、そう補足した。


 右手に連なる部屋には番号が振ってあり、二一一とプレートの着いた最奥の扉で足を止めた。


「女子分け、男子分けとかないのか?」

「防音魔法――【サイレント】は基礎なので、音漏れを気にする冒険者は少ないですし、男女混合パーティーで宿代を気にするものは部屋を分けません。そもそも、男女間を気に掛ける者は男子専用、女子専用の借宿があるので、そこを利用します」

「まぁ、気にしないってのなら俺は良いんだけどな」


 四ヶ月以上も一つ屋根の下で暮らしてきたんだ。今更である。


 部屋の間取りは簡素なものだった。ベッドと箪笥、窓際にテーブル。出入り口の傍にクローゼットがあるだけ。


 窓は南向きで日の入りは良い。日中は照明がなくても十分部屋は明るくなっている。

 夜になれば、天井のトーチ――地球で言う裸電球のようなガラス玉だ。ガラス玉の中に水晶が入っていて、魔力に反応して周囲を強い光で照らす――に魔力で明りを灯せば良い。

 セルベティアの小屋にもあった代物だ。


 火属性魔法に【トーチ】と呼ばれる物があるそうだが、それをモチーフにした魔道具らしい。

 名前そのまんまとかややこしいが、シルビナがトーチをトーチと呼ぶことは余りなかった。

 日本でも、蛍光灯を点けるなんて言わないように、こっちでも明かりを点けるで通っているみたいだ。


「お兄様を受け入れる予定でありましたので、二人部屋を借りています」

「……二人、部屋?」


 彼女の言葉とは違い、部屋の広さやベッド、家具の数を見れば二人部屋と呼ぶには、僅かばかり無理があるように思える。

 セルベティアの小屋より狭いぞ。


「さぁさぁお昼にしましょう」


 俺の疑問も余所に、シルビナは両手を合わせて笑む。


 調理場は部屋にはない。自炊するなら、一階に共同の食堂を使うらしい。


 幾つかの火属性の魔力を気体にした燃料を使ったコンロが置かれていて、調理できるようになっているらしい。

 そこまで進んでいるのに、水道はないって言うね。

 ちょいと文化水準が狂っているように思う。


 水は井戸水を使うそうだ。


 まぁそれは兎も角、今日はシルビナの手料理ではなく、道中にあった飲食店に入る予定をしている。


「食材もありませんからね」


 と、残念そうに肩を落とす。

 随分ここに来ていないようで、食材は切らしてあるのだとか。

 冒険者は不規則に移動している者も多く、


 【異空間収納】を使えるシルビナに手荷物はない。

 俺もシルビナが収納してくれているから荷物はない。

 置く物もなく、俺達は踵を返して部屋を出て仮宿タイラントを後にする。


 エリンさんはまだ掃き掃除をしていて、「行ってきます」と伝えると、「行ってらっしゃい」と朗らかな笑みを見せてくれた。


 ユイがいなかったら靡いていたかもしれない。


 とまぁ、そんな阿呆なことを考えつつ、麺類を中心に料理を出す店に入り、ラーメンに似た料理に舌鼓を打った。

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