第四話 冒険者とは
「エールを」
そう言って、シルビナはカウンターに脱いだ軍帽を置いて席に着いた。
「あいよ」と、カウンターの奥にいる、渋い髭のスキンヘッドで大柄なおっさんが答えた。
受け付けの人らと同じ服にエプロンをしている。この人もギルドの職員ってことらしい。
メモ用紙にササッと文字を書いて、シルビナは俺に視線を向けた。
文字は多分俺の氏名だ。この世界の文字、勉強してないからな。
「お兄様もどうです?」
「エールってビールか?」
「その一種、だと思います。残念ながら、私にその方面の知識は無いので。気になるのならば試してみては? お兄様は成人年齢を超えていますよ」
この世界ではって()してありそうだな。
まぁ、でもそうだな。挑戦してみるのも面白そうだ。
「シルビナのを一口貰うよ。それで飲めそうなら、頼むのもありだと思う」
シルビナの金だけどな。今の俺は無一文だ。
自覚すると、妹にぶら下がるクソヒモ兄貴じゃね?
「ですか。……では、シーフードサラダとモーのステーキを二人前ずつお願いします」
「あいよ」
客も少ないからか、店員はカウンターに居る彼と、テーブルを拭いて回っている恰幅の良いおばさんだけだ。
彼女もギルドの職員らしい。制服を着ている。
シルビナの声を聞いたからか、テーブルを拭く手を止めて、店の脇にある樽にジョッキを持っていった。
「さて、冒険者の説明ですね」
「おう、頼む」
おばさんがエールをシルビナの前に置いた。随分仏頂面な彼女は、目配せだけで去っていく。
あれで接客できてるのか?
「冒険者にはランクが存在します」
いつものように、ピンと立てた人差し指が彼女の顔の横で揺れる。
「EランクからSランクまでです。これは謂わば、冒険者の階級を示しています。因みに、私はBランクに当たり、ギルドカードはこうなっています」
【異空間収納】から取り出したカードを俺に渡す。
質感はツルツルしててプラスチックぽい。
色は白。裏面には外で見たエンブレムと同じ、懐中時計のようなマークがある。触ると、少し盛りあがっているような感触を覚えた。
表面にシルビナの顔写真と指名、登録地、顔写真、心電図のような波線、それと銀色の四つの星が上下に二つ並んでいる。
左半面を指名と登録地、顔写真、口座番号が占め、右半面を四つの星と波線が占めている。
俺は字が読めない。
正規ルートを通っていない俺は、召喚勇者が持っている、【言語理解】なるスキルを持っていないらしい。
書けないのも、読めないのも問題だな。今度、シルビナに教えてもらわないと。
「星の数と色でランクを判断します。星が多く、鮮やかな色になれば上級冒険者の証です。他にも、バッチが配給されます」
俺が返したカードを【異空間収納】に仕舞い、今度はシルバーの一円玉サイズのバッチを出す。
裏には安全ピンがあり、表はやはり懐中時計のマーク。これがギルドのシンボルらしい。
「Eランクから順に、ストーンバッチ、アイアンバッチ、ブロンズバッチ、シルバーバッチ、ゴールドバッチ、プラチナバッチと六種類あり、カードの提示なしでも、分かるようになっています。これは盗難も有り得るので、しっかりとした役所や役人はカードまでの提示を求めます。ギルド発足時の名残だそうです」
間を開け、シルビナは酒場内を見渡すように首を動かす。俺もそれに倣った。
酒場に居る冒険者は皆、ブロンズバッチを胸元に付けている。軒並みDランクってことか。
バッチを返すと、俺が理解したのを確認して続ける。
「最初はEランクから開始です。受けられる依頼はランク毎に決まっているので、普通は薬草の採取や、田畑を荒らす低ランクの魔獣の撃退、街中での荷運び、臨時店員等々の危険性が低く、近場で済ませられる依頼が中心となります。そうしてギルドと地元の信頼を得て、ギルドの基準でDランク昇格への打診があります。昇格依頼と呼ばれる、その時にある、ギルドが指定するDランク依頼の中でも比較的低難易度の依頼を受注して、達成すれば晴れてDランク冒険者へと成れます」
俺なりになんとか重要っぽい部分を抜擢すると、最初はEランクから。
ギルドと地元で信頼を得て、ギルド基準で水準に達すると昇格依頼が発注されて、達成すれば晴れてDランク冒険者に成れる。
これくらい覚えておけば大丈夫そうだ。
「ふむ。よく冷えたエールです。お兄様もどうぞ」
ジョッキを傾けたシルビナは、黄色く泡立つエールで喉を潤す。
水滴を浮かべたジョッキが俺の前にすーと滑ってくる。そよ風が俺の前髪を撫でる。シルビナが風魔法で送ったらしい。
「じゃあ一口だけ……」
コクっと喉を鳴らす。シュワーっと炭酸が口内で弾け、喉を滑った。
想像よりも苦味は少ない。鼻から抜ける香りが爽やかな涼しさを持って出ていく。
「おぉー、上手いな」
「では、すみません、エールをもう一本」
カウンターに引っ込んで、皿を洗っていたおばさんに注文する。
相変わらずの仏頂面のまま、僅かに首肯して彼女は綺麗なジョッキを手に樽へ向かった。
「さて、続きです」
俺が口を付けたジョッキを魔法で自分の前に引き寄せ、また人差し指を立てる。
「あそこにある掲示の貼り紙には依頼内容と推奨ランクが記載されてありまして、剥がして受け付けで受理してもらうんです」
シルビナの言葉が切れたタイミングで、仏頂面のおばさんが俺の前にジョッキを置く。
「どうも」
会釈もなく、目配せだけで応えたおばさんが仕事に戻った。
黄色くてシュワシュワと泡立つ液体が並々入っているジョッキを口に寄せて少し傾けた。
「冒険者はあくまで自己責任です。冒険者ランクと請け負い推奨ランクに大きな差があっても、依頼を受けることはできます」
「何のためのランクだよ」
「……お兄様、泡が付いていますよ」
「こりゃ失敬」
袖口で口元を拭う。
まぁ、ワザとだけどな。ビールを飲む時にやって見たかっただけだ。
ウチの両親は酒を子供の前では飲まない。情操教育によくないとかって父さんの持論があるらしい。
(父さん、母さん。俺、未成年で飲酒しちゃったよ。親不孝でごめん)
心にもないことを胸中で盛らす。
いやぁ、正直ワックワクしてるんだよ。俺って酔うとどうなるんだろうなって。
今はアルコールが回ってないし、ちょっと身体の芯が暖かくなってきたかな? ってくらいにしか思わないんだけど、はてさて、ワクテカが止まりませんな。
「ランクは冒険者に対してよりも、依頼主へのアピールですね」
「依頼主に?」
「このランクの冒険者なら実力も実績もありますよ、という主張です。分かり易く、素人と玄人を判断するシステムです」
「なるほど。それなら、上級冒険者にも責任感が生まれるのか」
「そうですね。依頼失敗はそのまま経歴に傷が付くことになります。当然、評判にも影響が出ます。そうなってしまえば、ギルドも依頼を受けさせない、ランク降格といった処置を取ります」
イメージでは、好き勝手するのが冒険者だったんだけどな。
荒くれ者、無法者が常で、相当自分勝手な連中が多いと想像したんだが……以外、でもないか。依頼云々ってのは信用商売だ。
悪評が立つ奴にギルドも依頼を回せない。冒険者の評価は斡旋したギルドへの直接の評価に繋がる。
礼儀はどうか知らんが、仕事のできない奴にデカい顔はさせないってことか。
「お兄様も気を付けてくださいね? 依頼失敗は昇格への道を閉ざしかねませんから」
「あー、うん」
別に昇格とかはどうでもいいんだが……
身分証明さえ得れればあとは良くないか? そう考えていた。
「Eランク冒険者は信用足りえません。実績も、功績もないわけですから。地元ならいざ知らず、他所の地域では不当と呼ぶには無能が過ぎますね。マトモな扱いを受けられるとは思わないことです。……それに、彼女らは確実に有名になっているでしょう。人探しなら、上級冒険者の方が探しやすいですよ?」
考えが見抜かれたらしい。
別に金持ちになりたいとか、栄誉を得たいだとか思ってないからな。
ひなたを助けて一緒に帰る。それだけが目的だ。
「……分かったよ。そこそこ上を目指してみる。他の妹も探さないとだし、それには情報が必要だってんなら、昇った先で収集する方が効率がいいのなら、そうするしかない」
会話中におっさんが置いた深皿に盛られたシーフードサラダをフォークで小皿に選り分け、レタスと茹でられたちんまいエビを食べる。
色合いは普通だ。やっぱり、あの大陸がおかしいだけだな。
ただ、味は向こうの方が上だ。葉野菜からして、噛み締めた時に溢れる旨味が段違いに思えた。
甘さとほんのりの苦味が良いバランスだったんだが、これは少し苦味が勝ち過ぎているように思う。
さてさて、ステーキはどうかな?
「シルビナ様、カード仕上がりました」
料理に評価を下していると、受付嬢が声を掛けてきた。
「メモ用紙を頂いても?」
「はい、どうぞ」
「では」
カウンターの上で、カードの上にメモ用紙を重ねる。
見た感じだと、指名の入るところに文字を重ねているみたいだ。
彼女の指先が橙色の光に包まれ、そのまま文字をなぞった。
するとあら不思議。メモ用紙の文字が消えているでわないか!
って、どこのマジックショーだよ。
あ、でも多分魔法だから、マジックは間違いないのか。
「これがアナタのギルドカードとランクバッチになります」
説明は受けましたね? と問う受付嬢に頷くと、宜しいと、満足気な笑みを見せる。
ランクバッチって名前は初聞きだけどな。
「初発行は銀貨五枚ですが、損失時の再発行には金貨一枚が必要なので、注意してください。ランクバッチがフジサダ様のランク証明にもなりますので、同時に損失してしまうと、ランクもワンランクダウンでカードを発行しますのでご注意を。……それでは、新たな冒険者、タカシ・フジサダ様。良い冒険を」
「あ、ありがとう?」
冒険者カードとランクバッチを手渡し、一礼した後に受付嬢は窓口に戻る。
最後の文言はなんだ? 必要なのか?
「マニュアルに載っているようですね。なんでも、新人の門出を祝う贈り言葉だとか」
「へー?」
シルビナの豆知識に、そーなんだーとしか思わなかった。
いつ撮られたのか、自分の顔が写った冒険者カード。波打つ魔力波長はシルビナとは大きく違って、線は多重でブレにブレていた。
心拍数だったら、心臓破裂するんじゃないか、これ。
でもまぁ……悪くは無い、かもな。
ツルツルとしたカードの感触と、ザラつきのあるストーンバッチの感触を右手で堪能しながら、ほのかな高揚感が俺の胸に灯るのを感じていた。
因みに、酔いは感じなかった。
シルビナ曰く、俺の身体に色々と混ぜた結果じゃなかろうかという推測だった。
アルコールを摂取して身体は火照るのに、思考はクリアなままだった。
ちょっぴり残念だ。酔うって感覚を味わいたかったのにな。




