第三話 ギルド
ケネラには問題なく入れた。
シルビナ自身がそこそこ有名な冒険者らしい。ちらっと聞こえた話では、Sランクに届くBランクとか、ハドルン村の英雄とか、ドラゴンスレイヤーなんて声もあった。
守衛さんには、「アンタが問題起こすと彼女が責めを負うんで、気を付けてくださいよ」と注意喚起された。
美人だからな、人気があるんだろう。
彼女に対するその信頼を裏切るわけにはいかないよな。
「この世界の街は初めてだが、随分賑わってるんだな」
ガンジン族の集落はカウントしない。文明的に原始的すぎるし、鎖国感が半端なかったからな。シルビナの同行者じゃなかったら、俺が中に入ることはできなかっただろう。
門から大きな通りが真っ直ぐ続いている。
道脇には屋台や露店が並び、陶器物やアクセサリーを販売しているようだ。
脇道を覗けば食材の売り買いがされていて、主婦らしい女性がじっくり吟味している。
「余程不景気でもなければ、この規模の街ならば大凡このくらいには賑わっていますよ」
宿屋の呼び込みも盛んだ。この大通りを南から歩いてくる人間は大抵外からの流入者だから、引き込みもこの場で多く行われているようだ。
金髪や茶髪が多いな。オレンジっぽいのも見える。
俺のグレーとか、シルビナの銀髪は見当たらない。この地域では珍しいのかもしれない。
ただ、日本だったら特殊な髪色に視線が向きそうなものだが、どうもそんな反応はない。
シルビナに視線は行ってるみたいだけど、それは彼女の容姿故にだろうな。
「まずは登録しましょう。冒険者ギルドは西の通りにあります」
シルビナの方針に頷きで答える。
暫く進むと、東西に伸びる通りが見えてきた。
門から入ってきた馬車は北へは行かず、東西に駆けていく。
そもそも、十字路の真ん中は大きな広場で、噴水が真ん中にデンとあって直進はできないようになっている。
西に足を向ければ、陶器やアクセサリーを売っているような店は少なくなった。
代わりに、剣や槍、斧が店頭に並んでたり、入口から鎧が見えたりと、武具防具を売っている店が増えた。
「こちらに通うのは冒険者が多いですから、それに合わせた商店が多いのです」
シルビナのガイドを聞き流しながら通りの脇を歩く。
「はぁ、あの店は?」
武具も防具も置いていない店を指さす。
「道具屋ですね。迷宮探索に必要な物資や、日常でも使う回復薬やランタンが置いてあります。その向かいにあるのは薬屋です。薬草や解毒草などが置いてあります。その右に二件飛んだ店は調合屋です。薬草を持ち込めば、刷って調合してくれますよ」
色々店が分けられてるんだな。
聞いてもいないのに続くシルビナの話では、薬学や調合学の分野に幅があり過ぎて、極めるのに時間が掛かるそうで、同時に修めるのは難しいらしい。
それでも幅広く修めたやつは大体が国の中心――王都に身を寄せるから、人材は豊富とは言えない。
いくらケネラが領主が住む街といっても、この辺は辺境になる。
物価が高く、商品の質も良い王都の方が儲かるから移り住むんだとさ。
まぁ、どうせ店をやるなら稼ぎたいよな。
「冒険者になるのは分かったけどさ、どうするんだ? ひなたの魂を持ってるやつの宛はあるのか?」
「急な話題転換ですね」
「いやぁ、前から気にはなってたんだけどな。聞くタイミングを図ってたんだよ」
情けない話だが、俺はこの世界を何も知らない。
方針は全部シルビナに頼るしかないのだ。
「ええ、ありますが、今はやることをやってしまいましょう」
シルビナが足を止めるのに合わせて俺も止まる。
彼女が身体を向けたのは向かって左側。北に門を向けた建物だった。
ガンジンでも優に入れそうな大きさの両開きの扉に、ちょっとばかし老朽化の目立つ二階建てで石造りの壁。
三角の屋根は赤色で、フラッグが一本立っている。
懐中時計のようなマークが刺繍された旗が、パタパタと風にはためいていた。扉の上にも同様のマークの銅色のエンブレムが飾られている。
この建造物を保有する組織――おそらく、冒険者ギルド――のシンボルだと思われる。
この辺では一番幅があるし、奥行きもありそうだ。
老朽化は無視しても、結構立派な建物だ。
人の出入りは多くないように思う。こうして数秒眺めていても通行人が目もくれない。
立ち止まった俺達に邪魔そうに人睨みして、シルビナの美貌に一瞬見蕩れる程度だ。
「では、入りましょうか」
「お、おう。なんか緊張してきたぞ」
柄にもないことに、心の臓が少しバクバク脈打っている。ラップを刻みそうだ。
そんな俺に、くすりと笑みを浮かべて落ち着く時間もくれずにシルビナが扉を開いた。
中は思ったより閑散としている。左手に掲示板があって、まばらに張り紙が止めてある。
掲示板の前には円卓が幾つか並んでいる。六人掛けのようで、椅子が六つ円卓を囲んでいた。
正面には受け付けのカウンターがある。五つ窓を設けていて、五人の男女が揃いの緑と黒を基調とした衣服――所々に女性らしい赤いリボンがあしらってあって、差異はあるけど――を纏って訪れる人間に対応していた。
右手には酒屋だ。カウンター席と、長方形の席が通り道を開けて並べられている。
こっちも人は多くない。幾つかの男グループや女グループが散見される程度だ。
男女混合は見当たらない。
人口量は兎も角、趣きは概ね俺の想像通りの冒険者ギルドだった。
「よろしいですか?」
「あ、はい、なんでしょうか?」
ずんずん進んだシルビナが、人が並んでいない窓口の一つに声を掛ける。
「彼のギルドカードを作成したいのですが」
シルビナは後ろに控える俺に視線を向けた。
「はい、えっと身元保証は貴女が?」
身元保証? 冒険者には誰でもなれるってわけでもないのか。
街に入るのと同じで、俺への信頼はそのままシルビナに向くわけだ。これは問題を起こせないな。
起こす気はないんだけど、トラブルはどこから舞い込むか分からんからな。
「はい、私のギルドカードです」
「Bランクのシルビナ様ですね。……身分証明も問題ありません」
シルビナが見せたギルドカードに手を翳すこと十数秒。
何やら読み取ったらしい受付の女性がギルドカードを返した。
「では、こちらに来てください」
オレンジ髪の受付嬢に呼ばれてシルビナに並んだ。
「ここに手を乗せてください」
彼女がカウンターに置いた透明のプレートに手を乗せる。
ウィンと音を鳴らし、橙色の線が俺の掌を上下に二度往復してなぞった。
「変わった波長ですね」
「は?」
何かポソッと聞こえた。聞き取れなかったから聞き返した。
「いえ、問題ありません。少し波長が荒いようでしたので珍しいなと、そう思っただけですので」
「はぁ?」
まぁ、聞いても分からんわな。分かったのは、魔力の波長とやらを分析したらしいってことくらいだ。
「……それでは、暫くお待ちください」
数秒俺の顔を見上げてぱちくりと二度瞬きを繰り返した後、彼女はそう告げた。
「あ? もう良いのか?」
一分たったか? 今の。
そう首を傾げずにはいられない超スピードで受け付けが終わった。
「詳しい説明はお連れ様がしてくださるでしょう」
「私に丸投げですか」
「効率を重視したまでです」
シルビナの抗議もいなし、「では、ここに氏名を記入しておいて下さい」と受付嬢はメモ用紙一枚を渡して、プレートを手に席を立った。
「……仕方がありません。お兄様、カード発行まで時間が掛かりますので、こちらで話しましょう」
暫く、去っていく受付嬢を見ていたシルビナは息を吐き、居酒屋スペースへ足を向け、俺もその後に続いた。




