第二話 ケネラ
二日後、予定通りに上陸できた。
シルビナが言うには、ここは東の大陸マッツセルム。セルベティアに一番近い大陸だ。
その近さ故に、魔人族に真っ先に陥落された大陸でもあるそうだ。
こうして見る限り、木々はない。
セルベティアの殆どが森林に覆われていたのに、ここは遠く彼方にまで和やかな平原が広がっている。
今はまだ午前。南東に昇った太陽も、低い位置で新しい朝を祝福している。
「で、これからどうするんだ?」
一切今後の展開を聞いていなかった俺は、小船を【異空間収納】で仕舞ったシルビナに聞く。
「先ずは街を目指しましょう」
「街ねぇ」
「この先に街道があります。そこから北へ向かえば、この一帯ではそこそこの規模の街に着くんです。そこで、お兄様にギルドで冒険者登録していただきます」
「ギルド?」
聞き慣れないようで、聞き馴染みのある単語に首を傾げる。
「ご想像の通りかと思います。冒険者ギルド。人探しから物探し、荷運びや薬草集め、護衛から魔物、盗賊退治まで、何でもこなす組織です」
「おー、異世界っぽいな」
「事実、異世界ですよ……我々にとっては」
感心する俺にふふっと苦笑を浮かべて、街道があるという方に足を進める。
「あー、まぁ、確かに。四ヶ月もいるとだいぶ感覚がなぁ」
「そうですね。慣れてしまえば、電力のない不便さも気になりません」
くすくすと肩を震わせたシルビナに頭を搔く。
ー
「気にする余裕もなかったってのが本当のところだけどな」
「それはいけませんね。何事にも余裕を持って対処しませんと」
「とことん扱いて、その余裕を奪ってくれた妹様がよく言う」
声が弾み、「さぁ、それは誰のことでしょう?」と恍けるシルビナと笑い合った。
数分歩くと、シルビナが言う街道に出る。
整地された石畳の道が北南に向かって伸びている。
「ケネラという街があるんです。そこでなら冒険者登録ができるので。ギルドが発行するギルドカード――冒険者証と呼ぶ者もいますが――は立派な身分証明になります。ギルドが身分を保証してくれるので、大きな都市にも簡単に出入りできますよ」
「ふーん? それって大丈夫なのか? 持ち主から奪ったカードで悪党が入り込んだりしないか?」
「ギルドカードには顔が印刷されています。カード自体に持ち主の魔力波長を登録して本人と照合します」
魔力波長は指紋みたいに一人ひとり違うらしい。
「この世界に印刷の技術あるのか?」
「いえ、そう見えるだけで、実際は魔法でしょう。一般に知られていない魔法なので、詳細は分かりませんが。ただ、そこまでしても、偽装されてしまうこともあるようです。それほどの人物なら、どう足掻いても侵入の防ぎようがないので、問題を起こせば捕縛するようですね」
何事にも完璧はない、か。
被害者には堪ったもんじゃないだろうが、犯罪者と警察の攻防は日本でもイタチごっこだった。
警察の怠慢もニュースで見たが、詐欺なんかは被害者の危機意識も大いに関わる。
オレオレ詐欺が一般に知られて警戒されるようになると、今度は複数人登場する劇場型って詐欺が出てきた。
被害者を混乱させて、冷静さを奪うらしい。
演技も役者顔負けらしいし、辻褄合わせも上手い。台本も用意していたりするそうだ。
その努力をもっと別方面に働かせてくださいよ、と思うが、犯罪者ってのは往々にして楽をするために何故か労力を惜しまない頭の悪い連中だからな。言っても詮無いことだ。
「仮に身分証明ができない場合は?」
「二十万ペレネを支払うことになります」
「ペレネ?」
「ああ、その説明がまだでしたね。この世界の共通通貨です。一ペレネ辺り、一円換算で大丈夫です。銅貨から金貨、紙幣もあります」
言いながら【異空間収納】から財布を取り出す。
ごく一般的な革の長財布だ。地球のそれと変わりないように思う。
「これが銅貨、こちらが銀貨、そしてこれが金貨です」
財布はシルビナの手元にない。ふよふよと浮遊して、ひとりでに小銭入れが開いて、銅色の硬貨と日を眩しく反射する銀貨と金貨を見せた。
「金銀はあくまでメッキです。銅貨に上塗りしただけのものです。剥がれないように加工されているので、銅貨が露出することはありませんが、物自体に大きな価値はありません。何でも、100年ほど前に金貨を盗んで溶かし、金細工として加工し直して高値で売るという輩がいたそうで、そうなったのだとか」
私の死後にあったそうです、と笑えないブラックジョークを加える。
まぁ、通貨自体に価値なんてないからな。
円だって日本が認めてるから価値があるわけだし、日本が、世界が紙くず鉄くずって言えば、その瞬間から日本通貨は役割を失う。
「はぁ、色々あるんだな」
そうなるにはそうなるだけの背景があるってことか。
「これが紙幣ですね。種類は七つ。一千ペレネ、五千ペレネ、一万ペレネ、五万ペレネ、十万ペレネ、五十万ペレネ、百万ペレネです」
逸れた話題を修正して、シルビナは長方形の紙を七枚出す。色合いがそれぞれ違うし、大きさも若干異なるように思う。
それとは別に、金がひとりでに浮くのは、CMで見た紙幣に羽が生えて飛んでいく様を連想して、少し吹き出す。
「描かれている肖像画は、一千ペレネから順に七代目勇者の斜め顔ですね」
「これ、シルビナか? ひなたは似てなくもないが」
一千から順にだと一万がシルビナで、百万がひなたってことになるが、シルビナは似ても似つかない切れ長な雰囲気だ。
凛々しさもあるが、彼女はどっちかって言うと可愛い系だと思う。
あと顎が細すぎ。顎で人を殺せそうだ。
ひなたは実物があるらしいからな。キリッと目付きが鋭いのを除けば、まぁ、似てるんじゃないか?
「紙幣が発行されたのは三年前からです。勇者教の総本山、信仰国クエックが中心となっています」
「なるほどねぇ」
と言ってみたものの、俺の目は紙幣から逸れて見えてきた壁面に釘付けになっていた。
まだ一キロか二キロぐらいは距離があると思う。
材質はコンクリートのように思う。百メートルの高さはあるんじゃないか?
雄大さと威圧感があって、この距離からでも頑強なのが見て取れる。
「ケネラですね。ここ一帯では一番の街です。長く魔人族の侵攻を食い止めた要塞でもあります」
俺の興味が完全に前方に移ったことを理解したらしいシルビナは、財布に紙幣と硬貨を仕舞って、【異空間収納】で財布も直す。
【異空間収納】は触れた物しか仕舞えないそうで、しっかり手に持ってから仕舞っていた。
「あの列は、人か?」
長く続く三本の列が見える。
目に意識を集中させると、視界がズームされた。
列には特徴があった。
真ん中の列が一番長い。向かって左が二番目、右側が一番人が少ない。
真ん中の列は荷車を引く人とか、馬車が並んでる。
鎧を着込んだ厳格な表情の男二人が前で馬車を止めて、四人が荷物の確認をしているみたいだ。
釘で止めているやつもわざわざ開けて確認している。かなり厳重だな。
申告書でもあるのか、手持ちの紙と見比べてる人がいるな。
あれで時間が掛かっているんだろう。
左側は身体検査とか受けてるな。
後はさっきシルビナに見せてもらった紙幣を渡している。
……ん? あれ……?
「なぁ、シルビナ、紙幣を渡さずに入ったやつがいるんだけど?」
「それは借金ですね」
「借金?」
「ええ、お金が払えない場合はこの一帯の領主に借金をするんです。二月以内に収めればお咎めありません」
「期限を過ぎれば?」
「街からの追放ですね」
「二十万って言ってたよな。二月で払えるもんなのか?」
「人並み以上の努力は必要ですが、不可能ではありませんよ? 二十万という設定もケネラの所得の高さ故の金額ですし、期間中は教会で流浪者の受け入れもしているようですし、税も取らないと聞きました」
随分良心的だな。領主とやらの負担が大きいと思うんだが。
疑問が顔に出たのか、シルビナが口を開く。
「身分証明を持たない者は基本的に流浪者です。その日暮らしの者は定住先を持ちません。ですが、相当な気まぐれ屋も多いそうで、気に入ればそのまま留まってくれるかもしれません。雇用者が増えれば経済が潤いますからね、良い施政者は人集めに余念がありません」
いつものようにピンと立てた人差し指が揺れる。
「集めるだけでなく、定住させる知恵も回さなければなりません。バーム・ケネラはそこそこのやり手だと思いますよ」
どの目線だ、お前は。
講説モードに入ったシルビナの言葉を聞き流し、右側に注意を向ける。
カラカラ、パカパカと俺達の横を馬車が通り過ぎた。馬は競馬で見るようなのよりもデカイな。魔素の影響か?
それはさておき、右側はホントにスムーズだ。
カードを見せたり、紙を見せたりしているだけだ。偶に、何か記入したり、じっと訪問者を眺めているだけで、滞りはない。
もう大分近づいた。意識していなくても、普通に見えるな。
意識しなくなると、視界が元に戻る。繰り返すと酔いそうだなこれ。多用は控えよう。
「あっちが身分証明を持っているやつの列か」
「はい。旅行客や冒険者、商談などで訪れる者はあそこから入ります」
治安の安全性や領民への接し方、月に二度の査察と称した市井歩きや、地方巡回がどうのと語っていたシルビナが俺の呟きに反応した。
「同行者もあちら側から通れます。問題を起こせば、責任は私に回ってくるだけなので」
「お、おう、気を付ける」
「心配していませんが」
右側の最後尾に並んだ。
サクサク進んでるからな、二、三分もすれば俺達の番が回ってくるだろう。




