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第一話 これまでのおさらい

 燦々(さんさん)と照りつける太陽が水面に反射し、下方からも俺の肌を焼く。


「遠いな」


 海底へ垂らした糸を眺めながら、反対側で同じように糸を垂らす銀髪の美女に話し掛ける。


「西側や南にある大陸ならば、このペースで進むと二週間は掛かります。東の大陸――マッツセルムはセルベティアに一番近いのですよ? 後二日ほどで着くと思います」


 セルベティアを出て三日、俺こと藤佐田 隆之とボンキュッボン銀髪琥珀目の美女ことシルビナ・ステントはまだ船上にいた。


 ピンと伸ばした人差し指に巻き付けた糸で釣りをしている。これも修行の一環だそうだ。

 糸に魔力――俺の場合は魔素――を通して下まで伸ばす。

 【魔力渡し】と呼ばれる、魔力運用の初歩である。くどいようだが、俺の場合は【“魔素”渡し】になるな。


 その影響か、糸が七色の光に包まれていた。これが魔素の色らしい。一秒も満たない時間で、もやもやと色を変えるのを見ていると、なんだか酔いそうになってくる。

 意識して、糸には焦点を合わせないようにすればマシだ。


 ムカゴのような生餌を使ってるんだが、そいつが海中を浮遊しているように見せるために糸を上下に揺らす。それを魔力でやるっていう方法を採用している。

 微細な魔力コントロールを用する、実に繊細な作業だ。


「お、食った?」


 ピククッと反発が指に伝わる。

 【魔素渡し】で、ただの糸が鋼糸にも匹敵する強度になる。

 強度は術者の技能に左右される。今の俺では、タイ程度の魚を釣るので手一杯だろうな。それ以上の大物は糸が切れるだろう。


 ただ、シルビナ曰く、魔力を糸から更に伸ばして魚本体を捕まえる方法もあるらしい。

 釣りと呼んでいいのかは微妙だが、それはまた別の魔力コントロール技能を習熟できるから、やっぱり鍛錬に良いらしい。


「ほっと」


 糸を巻き上げるのも魔力で、だ。

 しっかりと釣り針を掛かった魚の口に引っ掛ける。

 魚が触れた魔素の感覚でなんとな〜く、どう引っ掛ければ抜け難いかを把握する。


 食らい付いた魚を魔素で糸を引っ張って釣り上げた。

 赤い鱗を持った平たい魚だ。身はあまりなさそう。


「二匹目ー」


 横に置いたバケツに、ちゃぽんと今釣った魚を入れる。黒っぽい魚が先住しているが、喧嘩はしなさそうだ。

 黒っぽい魚は十センチもない。素揚げ確定だな。


「私は三匹目です」


 ざばっと飛沫を上げて俺が釣った魚の倍以上あるやつを、舟箱に入れる。

 体長一、五メートルに迫る大きさだ。

 そいつが俺とシルビナの間にデンと置かれ、勢いで揺れてちゃぷちゃぷと入れた海水を波打たせる。

 中には瀕死の一メートル超の魚が二匹。今、三匹目が追加された。そいつも瀕死状態で波に揺られるだけである。


 シルビナは魔力でエラを塞いで窒息させているらしい。

 できるようならやれと言われたんだが、糸から魔素が離れると海水に溶けて消える。

 俺の熟練度はまだその程度だ。


「今日はこのくらいにしましょう」

「まさか、全部食べるのか?」


 腰を上げて魚を見下ろすシルビナに聞く。


「いえ、干します。鍛錬に多く時間を割きたいので、食料調達はこの程度にしておきましょう」


 シルビナが一週間分として用意した食料はなくなっていた。


「魔素が順応したお兄様が、これほど食べるとは想定外でした」


 この世界の人間には、魔力変換器官が備わっているらしい。

 大気中の魔素を取り込み、魔力に変換する機能を有するそうだ。魔素は人体に有毒だと何度か聞いた。

 単純に、過ぎれば薬も毒にって話だそうで、魔力変換器官は魔素を人体に影響がない程度に濃度を薄めるんだとか。


 で、普通の被召喚者は世界渡航の段階で魔力変換器官を得るのだが、俺の場合はまともなプロセスを踏まなかったばかりに、肉体が崩壊、でもそれは想定されていた事柄で、魂だけになった俺をシルビナは用意していた器に入れた。

 それが今の身体だ。

 髪はグレーで目は黒。よく見れば紫掛かっている。

 身長も前の俺より少し高いかもしれない。

 顔の造形はさほど差がないようにも思うが、兄弟レベルか従兄弟レベルには差異がある。目付きの悪さは相変わらずだけどな。


 四ヶ月もこの身体でいると、前の自分がほとんど思い出せなくなっている。

 しかも、俺には死に戻りっていう特質がある。実質、半年近い時を過ごしている様に思う。


 まぁ、それはさておき、だ。

 紆余曲折を経て、俺は魔力変換器官に代わる魔素を溜め込む器官を得たんだが、この器官、存外に燃費の悪いもののようで、どうにもエネルギーの消費量が半端ではない。

 魔素の放出訓練を終えると、いっつも腹が減るのだ。


「悪い」

「いえ、責めているわけではありません。手料理をああも美味しそうに食べてくれるのですから、作り甲斐もあるというものです」


 その言葉に嘘はないようで、シルビナはニッコニコだ。


「さて、ささっと捌いてしまいますね」


 にこやかなシルビナは手刀を作ると、調理に取り掛かった。

 ひとりでに浮く一匹の魚が実にシュールである。


 彼女は風魔法と光魔法を得意とし、とりわけ戦闘においては自由自在に操る風で魔物をバッサバッサと切り裂いていく。

 その技能は日常生活でも大いに活躍の場を見せ、食材を切るのにも用いられる。

 一切手を汚すことなく、鱗を取り、腹を割いて内蔵を引きずり出し、皮を剥いで三枚におろす。


 やってることは調理の一環なのに、魚が宙で独りでに捌かれていると、不気味さが際立つ。

 さしずめ、神の裁きだな。


 二日後に陸が見えてくるまで、訓練を混じえながら穏やか〜な時間を船上で過ごした。

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