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唯香 中

「おーっ、成功だっ!」

「いや待て。勇者様はお一人のはず。六人もいるぞっ」

「賢者、これはどういうことだっ!?」

「はて、なにせ前例がありませんからなぁ。皆目見当もつきませんな」


 周囲が騒がしい。眩んだ目がまだチカチカしている。


「ここはどこだ?」


 絹坂君の声がした。彼はもう目が見えるみたい。


「おおっ、気が付かれたか!」


 気付くも何も、最初から寝ていたわけじゃない。目がチカチカして状況が分からないだけで。


「何よこれ……」

「うーー、目がしばしばするー」

「もう、煩いなぁ。ちょっと周りの人黙ってよ」


 アカちゃん、ミアちゃん、レーちゃんの声。三人も居る。レーちゃんはちょっと不機嫌な感じだ。


「華道さん、大丈夫?」


 肩に新堂君の手が乗せられた。まだ少しチカチカしていて顔とかは判別できないけど、寒気のする声で分かるよ。


 ピクッと跳ねて慌てて避ける。


「だ、大丈夫だよっ、ちゃんと見えてきたからっ」


 誤魔化すように答えた。

 いきなり女の子に触るなんて……他の子なら喜ぶかもしれないけど、私は嫌悪感を強く覚えた。本当に彼は苦手だ。


 ようやく目のチカチカが治まった。

 私と自分の手を見合わせて何か思案している様子の新堂君。しばらくして何を納得したのか、一つ頷くと私達を囲む人達――その中でも装いが煌びやかな人に身体を向けた。


「あなた方は? ここは何処なんですか? 僕達に一体なんの用が?」


 矢継ぎ早な質問に煌びやかな人、四十くらいのおじさんで、金色の髭がモミアゲから繋がって、口の周りを覆っている。

 四角めの顔と短く切りそろえた金髪。衣服の上からでも分かる盛り上がったガタイに、よく似合っていた。


「うむ。あなた方を勇者としてお呼びした。その無礼をまず詫びたい」


 二歩足を進めておじさんが深く腰を折った。


 新堂君とおじさんが話し始めたのを尻目に、こっそり周囲を伺う。

 鎧を着た人達が壁際で待機している。肘関節や膝関節は鎧がなくて、動きは阻害されなさそう。ヘルメットもしていない。みんな西洋人のような顔立ちで、日本人じゃないことが分かる。髪色も赤や黄、オレンジと明るめだ。染色しているようには見えない。

 腰には剣があって、一様に左手で鞘を押さえている。本物を見たことはないけど、感じる威圧感から偽物じゃないと思う。


 その人達よりも二歩くらい進んで、代表っぽいおじさん程ではないけど煌びやかな衣装に身を包んだ人達が、鎧の人達の四分の一くらい私達の左右に別れている。


 後ろには大きな両開きの扉。扉を挟むように、全身を鎧で包んだ槍を持つ人が立ってる。

 天井は高く、途中から四角錐みたいに細くなっていってる。

 左右にずらっと並ぶ石柱が天井を支えている。複雑な紋様が刻まれていて、一本一本が凝った作りなのが分かった。


 この空間を照らすのは、ステンドグラスから漏れる色鮮やかな光。

 赤白青緑黄紫。赤い絨毯を色んな色に染めている。

 ……今更だけど、絨毯の上に土足だ。日本人としては少し抵抗があるよ。


 おじさんの後ろには数段高くなった祭壇がある。美しい女性の石像がドンと鎮座していて、その前に棺が置いてあった。

 斜めに置かれたそれは、中をこっちに見せるように台座に乗せられている。蓋はガラス張りで中が見えていた。


 黒髪の幼さが残る女の子だ。ここが何処であれ、鎧を着た人も、煌びやかな人も、みんな金髪とか茶色、オレンジのような明るい髪色をしている。

 その中で私達のような黒髪は一際目を引いた。


(……あ、れ? 待って、でも身長とか違うし、でもあれって……)


 私はその女の子を凝視した。既視感のようなものを覚えたから。

 私が知る女の子の面影があった。


 藤佐田 ひなたちゃん――私はひなちゃんって呼んでる。

 私の大事な彼氏の妹さんで甘えん坊な女の子。タカちゃんがシスコンになるのも頷けるくらいにはお兄ちゃん子だった。

 弾ける笑顔と元気溌剌を体現した動きは、周囲を和ませる魅力があった。


 大きくなればあんな顔立ちになるんだろうなぁ、そう思わせるくらいに似ていた。


「ん? ちょっと、唯華?」


 音が遠くなっていく。見れば見るほど、そうとしか思えなくなった。


「華道さん?」


 ふらふらと足が進む。伸びてきた手を払った。

 普段は避けるだけで払いはしないけど、今は煩わしい。


「待て」

「良い」


 私の進行を防ごうとした人が止められた。そんなものは気にならない。ただ、あの子を近くで見たい。


 祭壇に上がり、下から少し見上げる。


「お美しいでしょう?」


 私の隣に並んだ純白の法衣を纏ったおじいさんが話し掛けてきた。

 長く白い眉毛で目が隠れている、白い顎髭が胸元まである。


 みんなが注視しているのが分かったけど、私は彼女から視線を外せなかった。


「七代目勇者様、ヒナタ様です」

「……ひな、た?」

「ええ。今から八年前、この世界に降臨なされて……いえ、我らがあなた方のように呼び出してしまったのですが、その折に、五年の歳月を掛けて世界を魔王の脅威から救ってくださったのです」


 八年……前? じゃあやっぱり違う、のかな?


「よく笑う少女でした。街が魔物に壊滅させられ時、皆が意気消沈しても明るく振る舞い、笑顔で送り出そうと励まして回っていました」

「魔物……壊滅って……」


 物騒だなと、思った言葉が出た。


「ふむ。どうやらあなたは心ここに在らずだったようなので、陛下のお話を聞いていなかったようですね?」

「え? あ……ご、ごめんなさいっ」


 状況を把握しようと辺りを窺っていた所為で、おじさんと新堂君のやり取りは聞いていなかった。

 それが大変失礼な事だと思い至り、おじいさんとおじさんに頭を下げた。


「構わん。突然の事で驚いたのだろう?」


 最初の印象は人の上に立つのに、礼儀がしっかりしている人だと思った。

 でも今は、なんだかその目が笑っていないような印象を受ける。言葉遣いも尊大というか、傲慢に聞こえてきた。


 彼の後ろにいるみんなを見れば、新堂君以外は少し顔を顰めている。

 絹坂君も同じような顔をしているのは意外だった。


「状況を飲み込む時間が必要だろう。まさか六人も現れるとは……部屋は一部屋しか用意しておらん。すぐに六部屋用意させる」

「あのー、発言いいすかね? 陛下? 王様?」


 絹坂君が手を上げる。

 余り前に出ない彼だけに、意外だと視線を送った。


 と言うか、王様? それってイギリスとかの? ブータンも王国だっけ? その王様? ロイヤルってこと?


「どちらでも構わん。発言を許そう」

「んじゃ、王様で。部屋は、二人部屋と四人部屋でお願いします」


 話を聴いていなかった所為で、疑問符を頭上で散らばらせる私を置いてけぼりにして、絹坂君が提案した。


「む? それで良いのか? 一人一部屋の確保くらいは我が城でできるが?」

「我が城って……普通に聞く言葉じゃねぇなぁ。っとそうじゃなくて、あー、急に呼ばれて混乱してますし、ダチと離れ離れってのはちょっと……」


 絹坂君が凄く冷静だ。何だか意外な一面を多く見るなぁ。


「ふむ、なるほど。それは配慮が足りなかった。では、そうさせよう」


 でも、絹坂君の提案は凄く有難いと思う。

 私は話を聞いてなかったし、見る感じだとアカちゃん達もあまり動揺はないみたいだけど、内心は分からない。一緒にいるのは賛成だ。


「あ、私そろそろ帰りたいんですけど……」

「あんた、全然聞いてなかったのね」

「あ、うん、それはごめんなさいってさっき……」


 額に手を当ててやれやれと首を振るアカちゃんに慌てて弁明する。


「唯華ー、わたし達帰れないんだってー」

「え? 帰れ、ない?」


 ふらっと身体が揺れた。


「らしいよ? 正直、受験があるから困るんだけどさ」


 あまり困ってなさそうにレーちゃんが頭の後ろで手を組んだ。


「え? じゃ、じゃあ、タカちゃんに連絡しないと」

「……電波も届かないのよ」

「あ……圏外」


 スマホの右上に電波は立っていなくて、圏外の文字があるだけ。


「あ、明日になったら帰れる、とか?」


 そんなわけない。ドッキリとか、マジックショーのゲストにされたとかじゃない。これは現実だ。

 世界には不思議なことが多い。タカちゃんの体質がそれを物語っている。


(あ、そっか、これって異世界召喚だ)


 そこで漸く思い至った。タカちゃんが持っている漫画とかライトノベルに、そんな作品があった。


 一般学生が異世界に召喚されて勇者をしたり、放逐されて復讐したり、ただ巻き込まれたり、色んなアプローチの仕方がある。

 タカちゃんは王道の勇者邁進物を好んでたけど、他にも作品を持ってた。


「……少し疲れたであろう。広間へ案内させる」


 惚けた頭で、王様らしいおじさんの指示で案内してくれる人の後に続いた。

 アカちゃん達が気遣ってくれて、凄く申し訳なくて、嬉しかった。

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