唯香 上
「バイト、頑張ってね」
「おう。じゃあ、明日な」
少し名残惜しそうに言って、バイト先に向かう彼の後ろ姿を、角に曲がって見えなくなるまで見送る。
バイトのシフトが入っている時はこれが通例になっていた。
「はい、もしもし?」
彼――幼馴染で恋人の、藤佐田 隆之ことタカちゃんを見送り終えるのを見計らったかのように、スクールバッグのサイドポケットに入れたスマートフォンが震えた。
『唯華ー、今から空いてるー?』
取り出して通話をタップする。液晶画面に表示されていたのは立波 明日香ちゃんの名前。
肩まである栗色の髪をツインテールにした勝気でスレンダーな女の子だ。
私は『す』を抜いてアカちゃんって呼んでいる。
けれど聞こえたのは勝気な性格とは正反対の間延びした声だった。多分、ミアちゃんだと思う。アカちゃんから借りたのかな?
片桐 美々亜ちゃんは、ウェーブの掛かった明るい紺色の髪を背中半ばまで伸ばした小柄でのんびり屋な女の子。
小柄なのにおっぱいが私よりも大きい。
美々亜を略してミアちゃん。猫の鳴き声っぽくて可愛いと思う。私のお気に入りだ。
「え? 今から?」
『そーだよー。明日香達も居るからー。今ドリンク取りに行ってるとこー』
ああ、だからだ。
ミアちゃんはものぐさだから、二人に取りに行ってもらって、自分は席に着いてるんだ。
代わりに連絡をくれたんだね。何故かアカちゃんのスマホで。
私の仲が良い友人は三人。ミアちゃんとアカちゃん、それから陸上部で小麦肌な刻松煉ちゃんだ。
今日は部活が休みだって聞いた。
煉ちゃんはレーちゃんと呼んでいる。
「ん、じゃあお誘いに乗ろうかな?」
『誘っておいてなんだけど、彼氏さんはいーのー?』
ホントになんだかなぁって質問だけど、モーマンタイだよ。
「うん、さっきお見送りしたから。今日は寝る前に電話してお終いかな」
『おー、相変わらずラブラブだねぇー』
感心したような呆れたような、それでいて興味がなさそうな声色に苦笑が漏れた。
「ドリンクバーってことはファミレスだよね? 『ガスロ』?」
学校の最寄り駅から近い、大手チェーンのファミリーレストランだ。
私が思い浮かぶのはそれくらいだけど。
『そーだよー』
「分かった、今から向かうね」
『りょーかーい。待ってるねー。――あんた何であたしの使ってるのよっ!――えー? カバンから出すの』
プツッ
通話終了っと。多分、勝手にアカちゃんの使ったんだろうなぁ。
「今日持ち合わせあったかなぁ?」
家のお手伝いで貰ったお小遣いを財布に入れたか確認する。
パン屋を営む我が家は地元では有名で、アカちゃん達とか、タカちゃんにも臨時バイトをお願いすることがあるくらいには盛況で、私自身、予定がない時は土日祝日にバイトとしてレジに立ったり、お客さんの誘導をしたり、お父さんが焼いたパンを店頭に並べたりしている。
お小遣いもしっかり出るから、積極的に手伝っている。
デート代はタカちゃんが払わせてくれないけど、プレゼントとしたりとか、こうしてアカちゃん達と遊んだりはしたいからね。
「ん、大丈夫」
軽く注文するくらいなら余裕ありそう。
自宅方面へ向いていた足を、駅のある繁華街へ向けた。
◇
「ユーっ、こっちこっちー」
店内へ入ってすぐ、短く明るく焼けた髪を切り揃えた女の子、レーちゃんの声が届く。
店中でも遠慮なく声を張り上げ、軽く注目を浴びてしまっている。あ……顔を赤くしたアカちゃんに怒られてる。
案内してくれようとした店員さんに会釈して、奥の窓際に座る三人の元へ向かう。
「あ、私の分も?」
アカちゃんの隣が空席で、コップが一つ、コースターを敷いて口を下に向けて置かれていた。
「頼むんでしょ?」
アカちゃんが素っ気なく言う。これが彼女のデフォルトだ。
人によっては冷たいとか、お高く止まってるって思われるかもだけど、私達は彼女が凄く友達思いなのを知っている。後、ちょっとテレ屋なのも。
「うん、ありがと。ジュース取ってくるね」
肩に下げたスクールバッグを、「ん」と手を差し出したアカちゃんに渡す。
奥の窓辺に広い縁があって、そこには三つカバンが並んでる。そこに私のスクールバッグも並んだ。
「行ってらー」
億劫気に見送ってくれたミアちゃんに手を振って返し、コップを持ってサーバーに向かう。
「あ、あれ、華道さん?」
「え?」
何にしようかと数秒悩んでいると後ろから声を掛けられた。
「新堂君?」
「や、やあ、奇遇だね」
艶のある黒髪をサラリと揺らして白い歯を見せる彼は新堂 道幸君。同じクラスの男の子で、学校の女の子に人気のある男子生徒だ。
今期の生徒会長でもあるから、認知度も高い。
もうすぐ文化祭で、それが終われば代替わりになるけど。
カル〇スウォーターのボタンを押してコップに注ぐ。
新堂君は他に誰かと来ているのか、コップで両手が塞がっていた。
「も、もうすぐ文化祭だね」
話題を探していたのか、当たり障りのない問い掛けだった。
「うん、そうだね。三年生は休憩所を設けたクラスの方が多いし、やれることは少ないと思うけど」
「そうだね。最後の文化祭、受験勉強の息抜きでしっかりと楽しもうってコンセプトだから」
私達の学校は大々的に文化祭をやるわけじゃないけど、三年生のクラスが出し物をしなくても、結構充実したものになる。
「そ、それで、華道さんは誰かと回るの?」
「私? 私はB組の彼と、あ、えっと、藤佐田君と回る約束をしてるよ?」
人前で彼って言っちゃった。
べ、別に隠しているわけじゃないんだけど、こういうのってなんだか恥ずかしい。
「あ、そ、そうなんだ。それはそっか、あはは」
「そ、それじゃ、私行くね?」
カル〇スウォーターの入ったコップを手に、新堂君から離れる。
羞恥で顔が熱くなってたから早く離れたかったし、コップを持った女の子と、お母さんっぽい人が見えたから、場所を開けるために離れた。
◇
四人での楽しい談笑――ミアちゃんは時折合いの手を入れるだけだけど――を終えて店を出る。
「お夕飯入るかしら?」
アカちゃんがお腹を撫でて眉を寄せた。
ポテトフライとかサラダを頼んで四人でシェアしたんだけど、確かにちょっと多かったかも。
「あれだけで一杯になるの? あっすーは少食だな〜」
スクールバッグをリュックのように背負って、頭の後ろで両手を組んだレーちゃんが笑った。
小麦肌でショートカット。外ハネの多い癖っ毛だけど、本人は大して気にも止めていない。
そんなボーイッシュな雰囲気で、下級生の女の子を虜にするのがレーちゃんなのだ。
食事の量もタカちゃん並に取る。私の基準の男性はタカちゃんとお父さんとおじさん――タカちゃんのお父さん――だけだけど、タカちゃんの方が食べる量は多いから、多分、平均男性以上に食べるんじゃないかな?
「煉は食べ過ぎー。ふーとーるーよー?」
「あたしは走るからいいもーん」
猫背な所為で、小柄なミアちゃんは更に小さく見える。
「邪気を受信。唯華ー、失礼なこと考えたー?」
妙な電波を受信したミアちゃんが、眠たそうな目で私を見上げた。
「え? ううん、ミアちゃんは小さくて可愛いなって思っただけだよ?」
私の中ではそんな感じだ。ミアちゃんはちょっと気にしてる風だけど。
「なんで唐突にそんなこと思ったのよ」
「まぁ、事実でしょ。ミアはちっちゃくておっぱいが大きい!」
嬉々としてレーちゃんがミアちゃんを後ろから抱きしめる。
両手はがっしり柔らかな双丘を掴んでいる。
「やめれー」
「おーおー、やわけーのー」
特に大きな抵抗はしない。レーちゃんも、どこの方言か分からない言葉使いでじゃれる。
「全く、何やってんのよ。往来の邪魔だから暴れないの」
ポカリとアカちゃんのチョップがレーちゃんに炸裂した。
ぶっきらぼうだけど、今のはミアちゃんを助けたみたい。
「あれ? 華道達じゃん、奇遇だな」
「華道さん、さっきぶり」
後ろからそんな声が掛かる。さっきも聞いたような気がするよ。
四人で振り返れば新堂君ともう一人、金髪をワックスでツンツンに固めたクラスメイトの絹坂 直人君が居た。
二人はよく一緒に居るのを見掛ける。幼馴染だとかって話しているのを聞いたことがある。
「ああ、絹坂と新堂。奇遇って、アンタら『ガスロ』に居たでしょ」
「立波、冷た過ぎね?」
アカちゃんは新堂君達がそんなに好きじゃないみたい。話し掛けられると、冷ややかな視線で牽制しているのが分かる。
「俺ら今から駅前のカラオケに行くんだけど、一緒に行かね?」
「今からって、もう六時前だよ? 帰って宿題もしなきゃだし、日課の筋トレもあるし」
レーちゃんは適度な筋力トレーニングを日課にしているらしく、帰ってから軽く汗を流してお風呂入ってを毎日繰り返している。
だからあんまり遅くまでは遊ばない。
「あー、そう? じゃあ――」
「めんどークサイからわたしも行かなーい」
「お、おう」
食い気味な拒絶をするミアちゃんにタジタジになる絹坂君。
「アタシもパス。アンタらと行っても得ないし」
「みんなが行かないなら私も遠慮しようかな。タカちゃんに誤解されたくないし」
追い打ちを掛けるアカちゃんに私も便乗する。
誤解されたくないのは本当。でも、新堂君が苦手なのも大きい理由だ。
どうしてか、なんて恍ける気はない。彼は私に好意を抱いているみたいで、休み時間や放課後、家の店番をしている時によく話し掛けられる。
卑怯だと思うのは、タカちゃんが居る時は話し掛けてこないこと。
「あー、そっか、残念残念。寂しく二人で行こうぜ、道幸」
「そ、そうだね」
二人が私達を追い越して駅前に向かう。数歩進んで、その足が止まった。
「あ?」
「直人、どうしたの?」
「なんか居んぞ」
「え?」
新堂君に続いて、私達の視線も絹坂君が指差す方へ集中する。
白い布――ロングコート、かな? それにしては足首まで隠れるくらい長いし、顔も見えない――を頭から羽織った人が居た。
性別は分からないけど、六時も少し過ぎて暗くなった繁華街の街灯に照らされ手浮かび上がるシルエットは少し不気味だ。
「勇者、発見」
ノイズ混じりの聞き取り難い声だった。
その人がフードを外す。顔が見える筈の場所は瞬く間に眩い光を放った。
「何かヤバいっ! みんなにげっ――」
レーちゃんの言葉は最後まで続かず、私達六人は光に飲まれた。
………………
…………
……
唯香達が居た繁華街を、静寂が支配する。
白い布――ローブを被った人物の姿もない。軈て、思い出したようにガヤガヤと人気に溢れ、さっきまでの出来事が幻だったかのように活気に満ちた。
小話。
ユイの親友は前作にも出ていました。
セリフと性格だけで、名前も容姿もなかったモブキャラでしたが、ユイ視点を書いている最中に続編を思い付いて、ユイと一緒に召喚されるとこまで考えていました。
断言しますが、親友三人はギャルゲー的な意味でのヒロインではありません。あくまでハーレムは“ひなた達”とユイなので。
無気力系ロリ巨乳(貧乳もあり)が好きなんですけどね。作品の性質上仕方がないのです。
男二人はオマケです。




