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第五十一話 再表明

ブックマーク30件目が嬉しくて、来週用のストック投下です


ありがとうございます

 夜。シルビナがまだ帰ってこない。


「どうしてるんだろうな?」

《キュ?》


 首を傾げるトレチュの頬を指先で撫でる。

 ふわふわ柔らかい毛が心地良い。


「お前は帰らなくていいのか?」


 小屋の傍にある切り株に腰を下ろした俺の膝の上に、ちょこんと座る二又尻尾のリス。


《キュキュッ》

「そうかそうか」


 言葉なんて分かるはずもない。この相槌は雰囲気に合わせただけである。


 《キュー、キュキュッ、キュ、キュキュ、キュー、キュッ、キュッ、キュキューキュ》

「なるほど、へぇ、そうなのか」


 身振り手振りで何かを伝えてくるトレチュに、テキトーに頷く。

 肩を竦める仕草とか、溜め息を吐くような仕草とかが、すごく人間っぽい。愚痴でも伝えたいんだろうか?


 頬をくすぐる指を眉間辺りに移して、くりくりとマッサージする。猫なんかは、ここら辺にツボみたいなのがあって気持ち良いらしい。

 それはこのトレチュも同じようで、気持ち良さそうに目を細めて《クキュクキュ》と鳴いている。


「ただいま戻りました」

「おー、お帰り」


 トレチュと戯れていると、シルビナが空から降りてくる。

 何度も見た光景で、そう驚くこともない。


《キュキュッ》


 俺を真似たのか、トレチュも手を挙げてシルビナを迎えた。


「トレチュ、ですか?」

「ああ、なんか懐かれてさ」


 今までこんなことなかったのにな、とシルビナに苦笑を向ける。


「トレチュは人に慣れることは珍しいのですが……私も撫でて大丈夫ですか?」

「別に許可なんていらんと思うが。いいんじゃないか?」


 トントンと掻くような手付きで頭を撫でてやると、遣り取りを理解しているのか、トレチュは俺の太腿の上の範囲でシルビナに近付く。


「では、失礼します」


 手袋を外して、そっと細い指をトレチュの頭に乗せて背中までなぞる。


「ふわふわです。癒されますね」

「だろ〜?」


 朱に頬を染めたシルビナに、俺も癒されたよ。とは口が裂けても言えんな。


「あんっ、イケズですね」


 最初は遠慮がちだったシルビナの手付きも、少しずつ荒く、大胆になっていった。

 それを嫌ったのか、トレチュはシルビナの手を払って俺の肩に移った。


「そう仲良くされると、少し妬いてしまいます」

「それはどっちに?」

「さて、どちらでしょうね?」


 顔に笑みを貼り付け、シルビナは「ご飯、用意しますね」と踵を返して手早く調理を始めた。


 ◇


 晩飯を囲んで席に着いた俺は、シルビナのゲテモノ色強めではない料理を口に運んでいた。


 色鮮やかな緑の葉物野菜に赤々としたトマト。血色のよさそうなレバ刺し。白身の焼き魚と黄色い卵焼きが目に眩しい。


「セルベティアの外って普通なんだな」

「言いたいことは分かりますが、セルベティアの食材の方が魔力を豊富に含んでいて、鍛錬後に摂取するには良いんですよ? 回復も早くなりますから」


 そう、だったか?


「……俺に実感がないからな。ないのと一緒じゃないか? と思うんだが」

「これからは違いますよ。明日の朝、錬成を行いますので、お兄様はいつも通り過ごしていてください」

「いなくても大丈夫なのか?」

「何ができるわけでもありませんよね?」


 まぁ、それもそうか。錬金術のノウハウがない俺が見てたところで、って話だもんな。


「分かった。お前も来るか?」

《キュキュッ》


 スティック状のニンジンを、器用に前足で掴んでカジカジしていたトレチュの頬を指先でくすぐる。


 嬉しそうに鳴いて、自分からもっとしろと伝えるように、擦り寄ってきた。


「本当に懐いていますね」

「今まで餌付けできたことないんだけどなぁ」


 動物って食事中に構うと怒るイメージがあるんだけど、どうもそんな雰囲気はない。

 口はもぐもぐしてるけど、撫でられたい欲もあるらしい。


「この欲張りめ」


 一度頭に人差し指、中指を揃えて撫でてやり、食事に戻る。


「一月後に船が仕上がるので、そのつもりで鍛錬を続けてください。人間に限界なんてありませんから、鍛え過ぎということはない、そう心得てください」

「おう」


 いよいよここを出る、か。

 この世界に来て三月ほど。元の世界が懐かしく思える程度の長さを過ごしている。

 スマホなんかもないから、ユイの顔が見れないのは寂しい。十年来の付き合いになるから、忘れることはないにしろ、鮮明な声ってのは思い出せなくなるもんだ。


 五年ひなたがここで過ごして、あっちでは二ヶ月しか経っていなかった。

 計算がそう得意なわけではないけど、向こうでは三日くらいは経ってるのかな。


「だとしたら、騒ぎになってるのか?」

「お兄様?」

「ん?」


 沈んだ思考から掬い上げられた。


「何か心配事が?」

「いや、向こうはどうなっているのかな、とね」

「向こう……日本、ですか?」

「まぁ、正確には、ユイとか、父さん、母さん、そしてひなたのことが気になるって話だ」

「なるほど。ホームシックですね」

「ちが……わないか。まぁ、情けない話、お家が恋しいのさ」


 こんなことを考えたのも、こいつに癒されたからどろうか?


 素知らぬ顔で、次のスティックを齧るトレチュの頭を撫でる。


「すみません。巻き込んでしまって」


 神妙な面持ちで頭を下げるシルビナ。

 普通に振舞っているようで、胸中には後悔があるんだろう。


 後ろ頭を搔いて席を立つ。テーブルを迂回して、シルビナの傍で跪いた。


「……間違い、とは言えんけどな。俺は納得してる」


 彼女の肩に手を添えて俺の方に向かせ、もう片方の肩にも手を置いて摩ってやる。


「ひなたの問題なら俺の問題でもある。お前は助けを求めたんだろ? 他の誰でもない俺にさ」


 ゆっくり、浸透させるように言葉を繋げる。


「気に病むなってのは無理だろう。でも、自分の所為にし過ぎるな。お前は、ひなたを失った先の俺も救ったんだ。そして、ひなたを救う機会もくれた。必ず、成し遂げるために、こうして鍛えてもくれてる。悪い面もあるだろうさ。でもな、良かった面の方がずっと大きい。俺は欲張りなんだ。ユイを失いたくないから頑張った。ひなたも失いたくない。だから今回も頑張る」


 何が言いたいのか自分でも分からなくなってきた。

 でも、伝えたいことはハッキリしてる。


「シルビナ、俺は感謝してる。ひなたを救う機会をくれたことに。大切な者を守る力をくれたことに。ユイと離れても、家族と離れても、失いたくないものがあるんだ。守りたいものがあるんだ。だから、ありがとう。チャンスをくれて。本当に、ありがとう。これは、偽りのない俺の本心だ」

「お兄、様……」


 何時になく、長く喋った。その甲斐もあってか、シルビナは顔を上げてくれた。


 肩に置いた俺の右手をそっと両手で握って、自分の頬に添わせる。彼女の頬には透明の筋が伝っていた。

 目は潤んでる。少し泣かせてしまったらしい。


 彼女が前屈みになって、目を瞑ったので……俺は左の人差し指と親指で円を作り、力を入れて弾いた。


「あうっ!?」


 シルビナの頭がかくんと跳ねた。


「そういうのは無しで」

「……良い雰囲気でしたよ?」


 額を押えながら恨めしそうに、席に戻る俺を睨め付ける。

 この身を流れに任せてはいけない。その裏切りはダメだ。


「ふふっ」

「何だよ、その笑いは……」

「分かられちゃってるなぁ、と思いまして」


 正直、返せる言葉もなくて、俺は甘酸っぱい照れを隠すつもりで席に戻って食事に没頭した。

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