第五十話 修行⑪
セプラム討伐から四日ほど経つ。
シルビナが今日はいない。旅支度を始めるとかで、早朝からセルベティアの外に出たらしい。
らしいってのは、テーブルに朝食とバスケットに入った昼食と一緒に書き置きがあったからだ。
つまりは、俺の鍛錬に一段落付いたってことを意味している。
魔素を吸収するための、魔道具作成に必要な素材が集まったのも要因か。
「正直、実感湧かないけどなぁ……」
三メートルの高さから飛び降り、一メートル下に設置してある横棒に捕まり、反動で更に先にある同じ高さの横棒に移る。
俺が勢いを付けてもビクともしない木の棒に感心するのも、もう何度目だろうな。
揺れて前に出た身体が戻る前に手を離し、後方宙返りを決めて着地する。
動きは止まらない。前方に柱のような四角柱が疎らに並んでいる。
走り込んで跳び、右足で四角柱の面を蹴って前へ。更に高く跳んで左足で別の柱の面を蹴って前へ。
もう一度右足で蹴って前へ。素早く軽やかにを心掛ける。
体重が足に乗り切ると自重で落ちるからな。時間は掛けられない。
最後に面を蹴って身体を後方に向ける。その先にあった柱のてっぺんに手を掛けて登る。
柱は高さも太さも違う。
蹴って登る時には、俺が蹴っても大丈夫そうなのを選ぶ。幾ら丈夫でも、下手な蹴り方だと折れるからな。
で、その高さの違う柱同士には、幅十センチの板橋が渡してある。
厚みの薄いベニヤ板だ。ただ、魔力加工で強度が増していて、俺が乗っても折れないようにはできている。
ぐわんぐわんたわむ所為で、バランスが取り辛いのが厄介だ。
しかも、どう設計したのか、十秒以上留まっていると、たわみ方が激しくなって振り落とされる仕様だ。
最初はよく立ち往生して落とされたもんだ。
今は大丈夫。油断さえしなければ、何とか渡れる。
まぁ、ただ渡るだけでは面白みに欠けるから……
「おっ……ほっ……よっ……ほいっ」
板から板へ跳び移るようにしている。
弾む板の反動を利用して、高く遠く跳べるようになったのは最近だ。
二段高く、三枚の板を超えた先の板に跳び乗り、前宙を決めて飛び降りる。
ざざっと踏み締めたサラサラの砂地が、着地のショックを受け止めた。
「ふぅ……」
そっと息を吐く。
ここはパルクールように作られた広場の隅にある、休憩場所、ではない。
輪切りの丸太を太い棒で繋ぎ合わせたダンベルとかバーベルが置いてあったり、丸く研磨された一抱えもあるような岩が置いてあったり、高さ二メートルの鉄棒に見立てた木棒が設置してあったりする、筋トレ専用の場所だ。
天を仰げば、太陽は少し西に傾いていた。正午を回ったらしい。
「昼飯時だな」
声に出すと、ぐぅーと腹が鳴る。
森近くに設置された簡易なベンチに置いたバスケットの隣りに座る。
蓋を開けると、長方形に切られたサンドイッチがギッチリ詰まっていた。
その一つ一つに違いがある。サラダサンドにたまごサンド。ハムとたまごの組み合わせや、魚のフライを葉野菜で挟んだものもある。
例によってゲテモノ色だが、そのどれもが美味いことを俺は知っている。
これも今までの例に漏れず、美味いこ。
《キュキュッ》
「お? お前も食うかい?」
いつの間にか足元に、二又の尻尾を持つリスがいた。
トレチュとシルビナが呼んでいた、無害な魔物だ。魔獣とも呼ぶんだっけか。
確か、人間の益になったり、危害を加えない魔物を魔獣と区別したりするんだっけ。
シルビナに習った講座を思い出しながら、トレチュに半分にちぎったたまごサンドを差し出す。
魔物と魔獣の区別は曖昧だ。一部の人間には魔物でも、大半の人間には魔獣だなんてことも多いと聞く。
ガブリュッ、あぐあぐと、トレチュが大きく開いた口でサンドイッチを頬張る。
焦げ茶の瞳を真っ赤に染めたその姿に、十二分な攻撃性が認められた。
「いつ見てもお前の食事シーンは怖いね」
このトレチュも、セルベティアの外では魔物扱いらしいからな。
シルビナの結界に入ってこれる時点で、脅威ではないと彼女が判断したんだろうけど、集団になると大型の魔物さえ骨を残して食い尽くすらしい。
口を酸っぱくして言われるのは、「集団のトレチュには決して近付くな」だ。
これだけ人懐っこくても、集団のトレチュは食欲旺盛、敵意満載で襲ってくる。
魔法の使えない俺では、一分も掛からずに白骨化だ。
「まだいるか?」
手乗りサイズのそいつに、ハムサンドの半分を差し出すと、さっきと同じような勢いでむしゃぶりつく。
身体に見合わない大食いなのも、こいつの特徴の一つだ。
「さて、後は食って良いぞ。今から始めないと、ノルマを達成できないからな」
先ずはダンベルから。
ずっしり重い輪切りの丸太付きの棒を二つ左右に握り、持ち上げる。
ひとつ三十キロもするらしいこいつを、ふっ……ふっ……と呼吸に合わせて、交互に持ち上げる。
一匹の観客の視線を感じながら、なんとかノルマを終わらせた。




