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第四十九 シルビナ④

「今日も賑わっていますね。盛況なようで何よりです」


 おうさ、と答えた店主にお金を払って。紙袋に入った野ブタの串焼きを五本受け取ります。

 袋の底に敷かれた、タレを受け止める浸透性の低いカップに赤茶色のとろみがある液体が溜まっていきます。


「お嬢さんはべっぴんさんだからなっ、おまけしとくよっ」


 威勢の良い店主は、けっして爽やかではありませんが、気持ちの良い汗を輝かせてニカッと笑い掛け、私が受け取った紙袋に一本追加で入れてくれました。


「また寄ってくれよ」


 手を小さく振り、店主は次のお客の対応を始めました。


 賑わう市場を練り歩きます。先ほど購入した野ブタの串焼きを頬張り、掛けられたタレの甘辛さに感嘆の息を吐きました。


「初めて食べましたが……これは中々」


 お兄様にも食べさせてあげましょう。

 二本を食べて、残り四本はアイテムポーチにしまいます。収納物の時間が止まる、そんな便利な機能はないので、もう一度熱しないといけませんけど。


 ここはセルベティア大陸から最寄りの港街です。

 トロゼムという王が治めている国の最西端の街になります。


 最も早く魔王軍に支配された街でもあったのですが、この三年で随分と活気が戻ったようです。


 魔王軍はヒトを奴隷にしました。

 食糧を献上させ、重労働を課し、時には無理矢理性を満たすことも……


 無闇に殺すことはありません。けれども、確かにこの世界は地獄の様相を呈していました。


 笑いは絶え、活力を失い、希望も見い出せない。

 そんな暗い空気が数百年に渡り、人々に蔓延していました。


 平和だった時代を知る者は少ない。産まれた時から貧しく、常に搾取される側だった人々が大多数を占めます。

 中には、上手く魔族に取り入り、甘い汁を啜る者もいました。

 彼らは魔族が大人しくなった今でも、強者に取り入っているのでしょう。


 痩せ細った平民を嗤う、脂の乗った醜い豚を思い出してしまいました。

 いけませんね。お兄様が傍にいないと、思考が過去に飛んでしまいます。


 今も……路地裏に視線を向ければ、平和な時代に付いていけなかった、(あぶ)れた者達が恨めしそうに通りを見ています。

 暗く澱んだ場所で、暗く濁った瞳を私達に向けています。


 勇者だった頃の私なら、活動できる僅かばかりの食糧を残して施しを与えていたでしょう。

 私だって食べる物に困らない、そんな生活をしてはいませんでした。


 けれど、今は何の感慨も浮かびません。

 いえ、そう言い切ってしまえば、嘘になってしまいます。

 言い直すなら、憐憫の情、でしょうか。


 私“達”を踏み台にして掴んだ平和に、乗り遅れた彼らへの憐れみです。

 捨て駒にされた私達と、今尚生き地獄を味わう彼ら。果たして、哀れなのはどちらか……


「詮無いことですが」


 私はそう独り言ちて、目的地を目指しました。


 ◇


 そう大きな街ではありません。

 魔族に支配されていた余韻は、未だ各所に残っています。三本の爪痕が残る建造物がチラホラとあります。獣人とはまた違う、獣魔族が支配していたのだと、予測できます。


 獣人は限りなく人に近い種族で、違いは頭の耳とお尻の尻尾。

 それから魔法が増えてで、身体能力や各感覚が異様に発達しています。


 それにひきかえ、獣魔族は極めて獣に近い種族です。

 獣人に勝る身体能力に加えて、各種族で特殊技能を身に付けています。

 ウルフ族にフォックス族。ベアー族にタイガー族。ラビット族。どれも凶悪で高い戦闘能力を秘めています。


 下級魔族などと呼ばれる程度には、魔族間では蔑まれているそうです。


 閑話休題。


 傷跡を眺めながら歩けば、目的地にはすぐに着きました。


 海に面した造船場。雨風を凌げる程度の、ハリボテのような姿。

 海に面した一部が船を出せるようにくり抜かれていて、そこから溝を作って海水を引っ張っています。


 ひぃ、ふぅ、みぃ……全部で五つですね。サイズも、そこそこ大きな物が収まりそうです。


 建造中と思われる木造船が、溝の横で組み立てられています。

 船の下に板が幾つも挟んであって、両端をロープで天井近くにある滑車に繋いでありますね。完成すると、あれで溝まで運ぶのでしょう。


「棟梁殿はいらっしゃいますか?」

「あん?」


 皆さん忙しなく動いている中で、私を注視していた男性に話し掛けます。


「何だい、アンタ。見て分かるだろう、今は忙しくて対応できないんだよ」

「存じています」


 商人や国からの依頼で、大型の交易船建造に、どの造船屋も手一杯だと聞き及んでいました。


 彼はそう忙しそうに見えませんでしたが。


「シルビナが来た、そう通していただければ良いので、お願いします」


 頭頂部を見せない程度のお辞儀をします。


「……はぁ、分かったよ。美人さんに頭下げられちゃ、聞かねぇわけにもいかんね。おい、このお嬢さんを棟梁さんのところに案内してやってくれ」

「へ? あっしがですかい?」


 丁度、角材の束を肩で担いだ大柄な作業員に、彼は呼び掛けてくれました。


「ああ、それは俺が運んどくからよ」

「……」


 彼の言葉を聞いた作業員は、視線を私に固定して、上から下まで眺めました。胸の辺りで時間を掛けています。


 今日は身体の線が余り出ない服装なのですが、この平均女性を大きく上回る胸は隠しようもありませんでした。


(お兄様以外の視線は、少し不快ですね。意識の問題でしょうか?)

「おい、俺も暇じゃねぇんだ。早く渡せ」


 私が眉を顰めたのが分かったのでしょう。最初に話し掛けた男性が、作業員を急かしてくれました。


「あ、へいっ、ドモッツさん。すまねぇ」

「謝罪はいらねぇから、早くしろってんだよ」

「へ、へい」


 ドモッツと呼ばれた彼は、この現場である程度上の地位にいるのか、大柄な作業員は腰を低くして応対しています。


(……できますね)


 角材を受け取った彼は、難なく肩で担ぐと、作業員に運ぶ場所を聞いて去っていきました。

 その際に見せた、【身体強化】の魔力運用は実にスムーズで、最小限の魔力で最大限の力を発揮していました。


 上の立場と言うよりも、用心棒のような立ち位置なのかもしれません。

 依頼する者が皆善良とは限らないでしょう。強引な手段で、造船を格安でさせようとする者。自分の船を先に造らせようとする者。そんな輩は少なくないと思えます。


 その彼が私を簡単に通したのは、ギルドで顔を知られていたからかもしれません。


 護衛依頼も受け付けている冒険者ギルドは、店の用心棒を頼まれることも少なくありません。

 地元民に不和を生むこともあるので、ギルドでは旅の護衛や危険地帯帯同の護衛以外を受け持っていません。

 それを考えると、闇依頼と呼ばれる、ギルドを介さない仕事なのでしょう。


 バレたからどう、ということはないのですが、ギルドの心象は悪くなってしまうので、あまり推奨されていません。


 こういった依頼を受ける方はお金に困っているか、お人好しかのどちらかですね。


「嬢ちゃん、イイヒトは居んのかい?」


 話題を振るにしても、それはどうなんでしょう。


「居ます」

「……そりゃそうか」


 何を落ち込んでいるのです? あなたにチャンスなどありませんよ?


「ま、いいやな。……ほれ、あれがうちの棟梁だ。おーい、棟梁。お客さんですぜー!」


 賑わう場内に負けず声を張る作業員に反応した棟梁殿――名前はバムロです――がこちらを見て、小走りで駆け寄ってきます。

 周囲に指示を出していたのに、途中で切り上げてしまいました。少し申し訳なく思います。


「ややっ、これはシルビナ様、よくぞお越しでっ」


 身長百三十センチほどの髭を生やした男性が、息を切らせた。恰幅の良い身体を肩を上下させて落ち着かせています。


「そんなに慌てなくても構いませんよ?」


 汗を垂らす彼に、更に申し訳ない気持ちが湧きます。


「棟梁、お知り合いですかい?」

「ちょっとした縁があるだけだ。お前はとっとと戻りやがれっ」


 バムロさんに喝を入れられた作業員は、慌てて来た道を帰っていきました。


「ここらじゃ、ゆっくり話もできんでしょっ。ささっ、こちらへ」


 バムロさんに案内されて、隅にある事務所の二階にある『棟梁室』と開き戸の上のプレートに書かれた部屋に入ります。


 一階は休憩室のようで、十数人の作業員さんが思い思いに寛いでいました。


「以前の話の続きをと思い、今日は立ち寄らせていただきました」

「小船が欲しいって話でやしたね?」


 ドワーフと呼ばれる、成人になっても小柄な種族の彼は、応接用に設置されたらしい背の低いテーブルを挟んで、向かい合うソファーに座ると余計に小さく見えます。

 家具のサイズが彼に合わせている所為ですね。私には少し窮屈です。


 彼とはここのギルドで知り合いました。

 造船屋を探しているところ、バムロさんに声を掛けられたのです。


 ギルド職員も信用できると話していましたし、今見た作業員の雰囲気も悪いものではなかったので、ここで手を打とうかと思います。


「ええ、二人が快適に過ごせる広さがあれば十分なのですが」

「詳しい話は聞いてやせんでしたが……長旅をやるんでしょう? 食糧の備蓄やら、魔動(エンジン)なんかは積み込まんでいいんで?」


 魔石――物によっては魔力――を燃料にして動かす、魔法的自動機器――略して魔動――はエンジンとも呼ばれる代物です。


 構造も複雑で、魔導技師でなければ製造は不可能なはずなのですが……


「魔導技師がいらっしゃるのですか?」

「いんや、ウチにはいやせん。ただツテがあるだけでさぁ」

「……なるほど」

「で、どうしやす? 根は張りやすが」


 魔動、ですか。悩みます。小さい物でも、共通通貨の百万ペレネはしますし……


 余談ですが、百万ペレネはそのまま百万円と同義です。

 昔は金、銀、銅で遣り取りしていたそうですが、偽装も容易いことから廃止となったようです。

 見分け方が確立されると、更に巧妙な偽装を施す術が生まれる。完全なイタチごっこになってしまったようですね。


 そんな経緯もあって、銅貨を銀メッキと金メッキで加工して、ある程度の格差価値を狭めて、特種な造幣法で紙幣を発行する。

 それを各国々が価値あるものとみなして、通過が成り立った経緯があるようです。


 しかも、驚くことに造幣しているのは一国家だそうです。紙幣限定なのですけどね。

 硬貨は各国々で造幣しているそうです。


 銅貨が一円単位。

 銀メッキの硬貨は十円単位。

 金メッキの硬貨は百円単位。

 千円単位になると紙幣になり、千ペレネ、五千ペレネ、一万ペレネ、五万ペレネ、十万ペレネ、五十万ペレネ、百万ペレネと分けられ、千ペレネから百万ペレネの順に、一代目勇者から七代目勇者の肖像画が描かれ、その裏には私達が召喚された場所に立てられた教会の姿が印刷されています。


 似顔絵と言っても、記憶から手繰り寄せた私達の姿で、相違点も多く、一万ペレネに描かれている私の肖像も、似ても似つかない姿ですが。

 ひなたは現物があるので、そのままの姿ですが。


 余談が長くなりました。意識をバムロさんに戻しましょう。


「いえ、必要ありません。私は風魔法が得意なので」

「ああ、聞いてやすよ。シルビナ様の風魔法は強力だってね。なんでもキマエラの首を無詠唱の【ウィンド・カッター】で一撃で跳ねたとか?」


 確かあの時は、依頼で赴いていた村に迫るキマエラの退治をしたと記憶しています。


 野党に襲われ、攫われた村娘の救出の依頼で、私以外にも暇潰しだと笑って気軽に受けていた、Aランクパーティーとの合同になってしまった案件です。

 村娘は五人攫われていて、二人も助けられなかった後味の悪い依頼でした。


 キマエラの接近報告は、残党の有無確認のために見回りをしていたCランクパーティーからでした。

 それなりに規模の大きい野盗団だったようで、他の地域からも、幾つかのパーティーが依頼を受けていたようです。

 その一部がキマエラを発見したそうで、事前に対処できました。


 また話しが逸れ過ぎてしまいました。


「その話、広がってるんですか?」

「そりゃあねぇ? Sランクにも届く別嬪さんが、Bランクに甘んじてるっちゅう話は、ギルドと提携してりゃあ耳に入りまさぁ」

「しがらみが嫌いなのです」


 Aランク以上は、ギルドや国からの依頼を優先して受けなければなりませんし、魔物の氾濫――何らかの要因で魔物が百体を超える群勢となり、周囲の街村、都に猛威を振るう現象です――が起きれば、真っ先に招集され、尽力しなければなりません。


 協力は吝かではありませんが、お兄様を優先したいのが正直なところでして、強制参加には首を縦に振れません。

 そこまでして駆けつける意欲も……本音を言ってしまえば、ないのです。


「そうですかい。……それよりもっと、ここにサインしてくだせぇ。契約書でさぁ。欠陥等があれば、無料で修正を請け負いますよってのと、破損した際にも、半額で請け負いますよって契約書でさぁ。それと、小型船の形でさぁ。簡略な設計図ですがね、分かりやすく描けてると思うんで、参考にしてくだせぇ」


 話しながら揃えていた書類と、設計図らしい束を分けて私の前に起きます。

 こうしてしっかりと書類に残すことで、ギルドからの信用を勝ち得ているのでしょう。


 契約書に不審なものがないかささっと目を通し、サインをした後に設計図にも目を通します。


 さて、お兄様との船旅です。快適に過ごせるものがいいですね。

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