第四十七話 セプラム討伐③
コォォォッと風が吹き荒び、大粒で湿り気の多い重たい雪が横殴りに襲ってくる。
小屋を出て三日目。
スノーベアーに襲撃された翌日、昼を超えると急に吹雪に襲われた。
前を歩くシルビナの腰と、俺の腰にロープを括り付けて繋いだ。
なんせ、二メートル先が見えないこの状況ではぐれる訳にはいかないからな。必要な処置だ。
この状況では魔物も迂闊に動かない。
ここはだだっ広い雪原で、遮蔽物もないような場所だから群れですし詰めになるか、穴を掘って簡易的なシェルターを作るか、飛べるなら遥か雲の上にまで飛ぶかしかない。
だからこそ、俺達は遅々としてでも進むことができる。
今この瞬間、この一帯は、魔物に対しては簡易的なセーフゾーンになっている。
「あれですっ!!」
シルビナが叫んだ。
指差す方向にはこの吹雪の中でも分かる、宙に浮かぶ巨大で濃い影。
今回の目的はセプラムの角。俺の魔素吸収を補助する魔道具作成のための最後のピース。
ソイツの全貌はまだ拝めていないが……デカいぞ、これは。
影を捉えてか十分弱。
突然吹雪が途絶えた。灰色より少し白っぽい雲が天を覆っているが、一粒の雪も降っていない。
天気の急変に狼狽える間もなく、濃い影が頭上から降り注ぐ。
「お兄様っ!」
「おう!」
同時に飛び退く。
俺とシルビナの間を遮るように、ソイツは落ちてきた。
ボフンと雪が舞う。
雪煙りが押し寄せてきて、堪らず右腕で顔を庇った。
雪煙りが晴れて、襲撃者の全貌が明らかになった。
形状は浜に上がったクラゲみたいだ。
色は白。珠暖簾のような毛がみっちり生えている。
ここから見える中心辺りに、一本の角が生えている。スマートな形じゃない。二又に別れている。
「お兄様っ」
「無事だ!」
向かいにいるシルビナの声掛けに、声を張って答える。
バチッと二又の角がスパークした。
別れた角の間で、青白い稲光が弾ける。
「――ぐおっ!?」
胸を衝撃が打つ。
身体は浮き、後方に流される。
「な、んだ……っ?」
背中から雪のクッションに落ちた。五メートルは飛んだぞ。
すんと鼻を鳴らすと、少し焦げ臭い。コートの胸部分が焦げている。
シルビナの話では、このコート、防寒性もさることながら、耐火性、耐熱性にも優れているらしい。
砂漠地帯でも活用できるそうだ。
そのお陰か、妙に痺れはあるものの、コートが破れることはなかった。
「これ、は、電気……か!」
「お兄様!?」
シルビナがさっきからお兄様しか言ってない。気が動転してるのか?
「だい、丈夫……だっ」
声を張って答え、立ち上がる。腰に差した二振りの曲刀を抜いて、逆手に構えた。
目に意識を集中する。
またバチッと音が鳴った。二又の間でスパークした稲光が、空を裂いて進む稲妻が向かい側に向かうのが見えた。
今度はハッキリ見えた。アレが俺の胸に当たったんだな。
狙いはシルビナだ。俺が彼女の心配をするのはおこがましい話だ。
彼女に注意が向いたなら、利用しない手はない。
「――っ」
短い呼気で駆ける。
膝を高く上げて、降ろす時は足裏全体で雪を踏み潰すように。
変に爪先だけで踏むと、一点に体重が掛かって雪に沈み過ぎる。それだと疲れるし、早く走れない。
足が沈む前に次の足を進める。それの繰り返しだ。
向かいで、稲妻と雪を含んだサイクロンが巻き起こる。
シルビナの魔法だ。
「やっぱり心配入らないな」
雷一つ、退けられない彼女じゃない。
彼女を心配する前に、俺はできることをする。
「うっ、おっ?」
三段跳びの要領で助走をつけて跳んだ。
三歩目の跳躍で雪に足を取られるも、何とかバランスを保って、逆手に持つ二振りの曲刀をを振り上げて突き刺す。
《オ――――ッ》
セプラムの身体が起き上がって、超音波のような耳を突き抜ける叫びが聞こえた。
ピリピリと曲刀が振動する。
目に意識を集中していたお陰で、耳に深刻なダメージを受けずに済んだ。
「ちょっ、まっ!?」
途轍もない浮遊感に襲われた。セプラムが飛び上がったのだ。
ゆらりと海を行く浮き輪のような、柔らかい浮き心地だ。……ぶら下がってなければな。
角を頂点に、傘のような傾斜ができて、なだらかだった傾斜が落ちるような急斜面に変わる場所にぶら下がっている。
「ぐっ、そっ」
刺し方は峰が下を向いている形で運が良かった。
いや、運が悪いのか、これは。どう引いても抜けないぞ。
下を見ると、シルビナが逡巡しているようだ。
彼女の掌で、風の玉が渦巻くのが見える。それで攻撃しようと思っていたらしい。でも、放つ素振りはない。
俺が邪魔なんだ。余計なことをしたっぽいな。
「ぬおっ?」
力を振り絞って、腕だけで身体を持ち上げる。
足をなんとか引っ掛けて、身体をセプラムの上に乗せれた。
吹雪の中でデカいと思ったが、こうして見るとそうでもない。競技で見るトランポリン程度な、これ。
「おいおい、コイツもクワンドみたいなのがあるのか?」
毛の隙間から、よじよじと二足歩行の虫が出てくる。姿はアリに近い。
「コッポロットです。セプラムに寄生する魔物で、毛の中を巣替わりにします。アリのように万単位の群れではありませんが、セプラム一体に、五十は寄生すると言われています。セプラムを倒せていたら、彼らは寒さに耐えきれず、一時間で死んでしまうのですが……」
チラリと隣に降り立ったシルビナが俺を見やる。
「うぐっ。……すまん」
「構いませんけれど。良い鍛錬にもなるので」
こう話している内にも、コッポロットが増える。総勢二十の数が出てきている。
いつの間にか、セプラムは平の形状をして、乗り場を増やしていた。
「つっめた。……雲?」
一瞬、視界が靄に包まれる。水滴が頬や額に付着する。
大地に目をやれば遠く南の方に緑が見える。随分高いところまで来ていた。
「おふ。意識したら寒くなってきた」
ぶるっと肩を震わせると、シルビナが苦笑した。
「では、運動しましょう。お相手をしてくれる者達も多いので、大分温まりますよ」
銀槍一閃、飛び掛ってきたコッポロットを三体薙ぎ払い、セプラムから落とす。
「――っ」
奴らに武器はない。二対の腕を巧みに使って襲い掛かってくる。
右の曲刀で二本の腕を塞ぎ、左を順手に持ち変えて胴を突き刺す。
身長はさほど高くない。百五十、大きくても六十前後だ。俺より目線は低く、パワーもあるようではなかった。
しかし……
「硬いっ」
胴を狙った突きは、刺さらずに表面を滑った。
火花の散る瞬間なんかは、まるで鉄板だ。
「彼らの装甲は厚く、硬いですよ。系統の似たアント種は、鎧や盾の素材にも利用されますからね」
そう言いながらも、銀槍を支えにして回し蹴りでコッポロットの横っ腹を砕くシルビナ。
彼女が言うと、硬いって信用できなくなる。
ただ、まぁ、こういう時の正道は……
「シィッ!」
右側から迫る払いを屈んで躱し、右足を軸に回転。
逆手の曲刀を大きく振るう。狙いは節だ。虫の脆い部分。
鎧とかでも、可動域を取るためにみっちり詰めたりはしない薄い箇所。そこ目掛けて薙ぐ。
丸みのある胴と下半身部分の間を通り抜ける曲刀。
紫に濁った血液が、プシッと気の抜けるような音を出して吹いた。
「あぁっ!!」
これで終わりではない。
瞬時に標的を定め、二度、三度と迫る四本の腕を下がりながら曲刀で捌いて体勢を崩し、首と胴を繋ぐ節を曲刀を二本交差させて切り離す。
今度は二体同時に迫ってきた。
一歩前へ出て、近かった方の攻撃を反転して躱し、すれ違いざまに膝で押して転ばせる。
背を向ける形になったもう一体が右肩を掴む。
肩と二の腕を押さえる二本の腕を構わず、左側に身体を振って左肘を突き出す。
《ギビシャッ!?》
上手く入ったのか、突き出た顎から紫の血を滴らせて後ずさった。
体勢が崩れた。このチャンスを逃す手はない。
踏み出した左足を軸に回転して右足を突き出すと、直撃を喰らったコッポロットは、面白いくらいに吹き飛んでいって、そのままセプラムから落ちた。
「忘れてねぇよっ」
忍び寄ってきた、さっき転がした奴の腕を振り向きざまに切り払い、首目掛けてもう一本で突き刺す。
数秒の痙攣を経て、ソイツは息絶えた。
四体目。次っ!
そう意気込んで周囲を見渡すと……
「あら、終わりましたか?」
ゴキリと鈍い音をさせてコッポロットの首を持ち上げて、握力で潰したシルビナが笑んだ。
右足で藻掻くコッポロットの頭を踏んでるのも、なんか怖い。
ゴシャと落下したスイカのように頭を粉砕した。
風魔法で防いだのか、返り血は一切浴びていない。
俺が四体片ずける合間に、シルビナはコッポロットを殲滅したようだった。




