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第四話 説明④

 幾つかのことは把握できた。

 この世界のこと。

 魔王とそれ以外の種族のこと。

 勇者は七人いたこと。

 ひなたは七代目勇者であること。

 シルビナがひなたの一部の精神を宿しているだろうこと。

 この世界の人間――少なくとも上層部はクソッタレであること。

 シルビナの口振りからして、ひなたの精神を宿した人間(故人?)は彼女だけではないだろうこと。

 俺の使命は、ひなたの身体を取り戻すこと。

 元の世界とこの世界では進む時間にズレがあること。


「――考えることは山ほどだな」

「ずずっ……はい。まずは、“私”を集めないといけません」


 纏めた考えを対面の椅子に座るシルビナに語ると、彼女は木製のコップに注がれた白湯を飲んでから頷く。


 “私を”とは、複数に別れて散ったひなたの精神を宿した者達だ。

 生者ではなく死者――故人にひなたの精神が宿る。しかも、死者側がそれを受け入れるのが最低条件だ。

 死んでいるのにどう受け入れるのか? それは残留思念のようなものらしく、この世界ではゴーストやレイスと呼ばれたりするそうだが、未練の強く残る者に発症する魔物化の現象らしい。

 もし、ひなたの精神が悪しき者に引き寄せられたら……


「戦えますか、お兄様?」

「……」


 この世界には魔物が存在する。

 魔王の発生とは関係ない、瘴気より()でる魔界の住人。

 この世界に隣接する魔界は人の住める場所ではない。濃い瘴気が充満していて、人は即座に魔に堕ち、凶悪化するという。


 話が逸れた。

 俺には戦う力が必要だ。シルビナが用意してくれたというこの身体には、十二分な戦闘能力があるという。

 これから戦う力を身に付け、ひなたを取り戻す。

 その過程で、悪さをするひなたに会ったらどうするか……


「まぁ、拳骨だろうな」

「……え?」

「拳骨だ、拳骨。いつもそう怒ってただろ?」


 きょとんとするシルビナを見やり、右拳を硬く握り締めて見せる。

 ミチミチと筋肉の軋むような音が鳴った。

 シルビナの言うような戦う力なのかは分からないが、確かに普段より力が張っているように思う。


「ひぅっ!」


 ひなたに俺が怒る時は拳骨一発が常だった。

 勿論本気ではないし、多少の痛みがある程度だと思うが、ひなたはこれを嫌がる。

 実際は相当痛いのか、拳が降ってくるのが怖いのか、理由は判然としないが、目の前のシルビナもひなたと同じ仕草で頭を押さえて身を低くした。

 柔らかそうな胸部装甲がテーブルの縁で潰れて形を歪ませる。「おおっ」と思わず声が漏れた。


(しかし……)


 これは確定、か? 仮に俺の知らない力でひなたの過去を覗いたとして、ここまで細かに仕草を真似れるものだろうか?

 まだ結論を出すのは早いと思うが、重なって見えて仕方がない。


「お前に拳骨を落とす気は無いぞ」

「……おほん、他に聞きたいことはありますか?」

「取り繕えてないからな?」

「……っ」


 睨んでるよ。美人にこうも視線を鋭くされると、平のヤクザより怖いな。妙な圧力も放ってるし、余りからかうのはよそう。

 ひなたに仕草が似てても、完全にそうってわけではないようだし。


「ひなたが呼ばれた理由、俺が呼ばれた理由は把握した。……身体のことも、どうでもいい訳じゃないが……妹を救うためなら諦める」

「――っ、ごめん、なさい」


 シルビナが俯く。

 蒸し返すのは失敗か? 気にするなってことを伝えたかったんだが。


「謝罪はさっき受け取った。一度で十分とも伝えた。……もう謝るな」

「……はい」


 空気が重い。気にするなと言っても無理だろうし、どうすれば……


 ぐぅー。


 間抜けな音が響いた。俺の腹の虫がエサをよこせと鳴いたのだ。


「くすっ……朝食にしましょうか」

「……ああ」


 これは恥ずかしい。よく創作物の中で、腹の音がシリアスな空気をぶち壊すことがあるが、自分が体現してしまうとは……


 俺が羞恥に耐えているのを尻目に、シルビナは席を立って外に出ていく。

 散歩の途中で石で組んだ囲いや、木製の食器が入れられた編みカゴ、鍋やらフライパンやらの調理器具を見た。小屋の軒下に吊るされた干し野菜に干し肉も。

 調理は外で行っているらしい。


「なにか手伝えることはあるか?」


 シルビナに続き、俺も小屋を出る。彼女が妹だとして、それに甘えて待ち惚けはカッコ悪い。

 まぁ、見た目は二十代前半ってところのシルビナに、妹呼ばわりは違うかもしれないが……


「休んでいても良いのですよ?」

「そう甘えてもいられないだろう? 話を聞く限り、暫くここで生活するようだし、順応していかないとな」

「……では、水汲みをお願いできますか? 沢が近くにあるので、そこの桶に水を入れてあそこにある水瓶に貯めてください。それが一日分の水になります。私一人だと三日は保つのですが、お兄様もとなると……」


 一日でなくなる計算になるってことか。


「分かった」


 シルビナが指差す沢の方向、水瓶と桶の位置を確認して頷く。


 腕を回しても届かないほどの大きさと、俺の胸までの高さがある水瓶を覗く。

 反射して俺の顔が映った。量はさほどないようで、丸みのある返りが見えている。


 木枠の桶が二つ。脇に置いてある、太く、しなりのある木の棒に括り付けられるようになっている。

 テレビで見るように、肩に担いで運んだりするんだろう。


「じゃ、行ってくる」

「お願いします」


 桶二つ、棒にぶら下げて担ぎ、干し野菜を戻している最中のシルビナに声を掛けて、彼女が指差した沢のある方へ歩みを進めた。

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