第四十六 セプラム討伐②
パツッと薪が弾けた。
合わせて火の粉が散り、焚き火が揺らめく。
「スノーベアーって美味いんだな」
「癖らしいものもありませんからね。特にここ一帯のスノーベアーは飢えているので、肉食獣特有の臭みがありません」
何十日も食わずとも活動できるよう脂を体内に溜め込む性質のおかげで旨みも多い。そうシルビナは続けた。
二十を超えるスノーベアーの襲撃を難なく撃退した――何とかノルマの三体討伐を終えた――俺達は、彼らの内で最も脂の乗ってそうな一頭を選んで、今晩の食事とした。
他は皮だけ剥いで放置だ。別の魔物の餌になるらしい。
皮は街に持っていけば高値で売れる。寒さを凌ぐ彼らの毛皮は、防寒着として優秀な機能を持つそうだ。
俺が羽織るガンジンお手製のコートにも、スノーベアーの毛皮が、襟や袖、裾にもあしらってある。
寒風が入ってこないし、熱が逃げない。人気なのも頷ける。
ちょっと通気性が悪いから、中が蒸れるってのは欠点だけども。
「で?」
「続きですね」
スノーベアーに襲われる前、俺はシルビナに精霊魔法について講議してもらっていた。
まぁ、途切れたままでも良いんだけど、何となくモヤっとするからな。
役に立つかはともかく、聞いておきたい。
「友好度まででしたね?」
「おう。……確か、一部では精霊の神子とか呼んだりするって話だった」
数時間前を振り返って、どこで途切れていたか思い出す。
「もう大分話しましたね。後はそう長くないので、結論を述べます。精霊使いの優劣は精霊にどれだけ好かれているか、となるのです」
「あー、ここは火の精霊が苦手な場所って話だったよな?」
「はい」
「なら、その苦手な場所でも力を貸してやりたい、そう思われてこそ、優秀な精霊使いって認識で良いのか?」
「そのようですね」
また曖昧な返しだな。
確か聞きかじりだって言ってたか。ならはっきりと断言はできないのか。
「元々、愛され体質のようなものがあるそうで、匂いが好みだとか、話し相手になってくれるだとか、清らかな心を持つだとかの基準があるそうです。精霊によると言うよりも、好かれる側に左右される事項のようですが」
「それは……自分ではどうしようもなくないか?」
「先天性のようなものですからね。好かれようとしてどうこうできるものではないかと」
ふ〜ん、と納得して脇に置いた薪を取って焚べる。
「他には無いのか? 精霊に好かれる方法って」
「ふむ」
記憶を掘り起こしているのか、口に運ぼうとしたスノーベアーの串焼きを両手で持ち直して、シルビナはくるくると竹とんぼを回すように遊ぶ。
「大精霊に気に入られる、といった方法は有効かもしれませんね」
「俺でも見えたりするのか?」
「ええ。その強大な力故に、彼女らは存在を顕現させていますからね。並の人間でも見えますし、声を聞くこともできます」
「その彼女ら? に気に入られてってのは?」
「精霊との意思疎通は、先天性の素質からで、存在を感知できない者には興味を持ちません。コミュニケーションを取ることができないので、そもそも仲良くなる術がありません」
ふむふむと頷いて、温めたクセーフスの乳――ホットミルクだな――を啜る。
熱されて、むわっと香り立つ。実に濃厚だ。
「大精霊はコミュニケーションを取れるから、気に入られて契約する余地はあるってことか?」
「簡潔に言えば」
頷き、シルビナはくるくると遊んでいたスノーベアーの串焼きを口に運び、咀嚼する。
確かあれは腿の肉だったと思う。弾力があって筋張っているが、噛む度に旨みが出てくる。
俺もさっき食べたけど、口の中が旨みで満たされて、スープができ上がった。
出汁としても優秀かもしれない。
「少し冷めてしまいました」
風はないとはいえ、空気が冷えきっているからな。時間を置けば、当然そうなる。
「大精霊ってのはどこにいるもんなんだ?」
スノーベアーの腸の一部を串に巻いたやつを、焚き火に当たるように傾けて雪に刺す。
黒胡椒で軽い味付けをしてあって、焼き上がりはカリッとして上手いんだ。
「変わり者が多いですからね。放浪する者、俗世に溶け込む者、辺鄙でスローライフを送る者、人を化かして楽しむ者。彼女らは各々、自由に過ごしています。私がここに居る、と断言できるのは一体です」
「それは?」
「精霊の女王と呼ばれる大精霊。伝承では、精霊を産み出す、精霊の母とも記されています。ティターニア、そう名乗っているそうです」
「また月並みだな」
「私がネーミングしたわけではありませんから」
さっきと似たやりとりだ。
「イメージ的に言うと、精霊の女王だとか母だとかって呼称は、さっき言ってた精霊界とやらに陣取ってそうだけど?」
「まさに、です。お兄様のご明察の通り、ティターニアは精霊界で多くの精霊と過ごしているそうですよ。都市伝説のような言い伝えですけれど」
あくまでそう言われているだけ。鵜呑みにするなってことか。
「精霊界はどこからでも行ける、ってことはないよな?」
「ええ。精霊界とこちらを自由に行き来できるのは精霊だけ。定められた道筋を通らないと、人は足を踏み外し、精霊界とも、こことも違う別世界に落ちてしまうそうです」
それは怖いな。
地球に帰れるとも思えないし、ここより穏やかな場所とも限らない。
いや、話し方からして、体験談のようなものじゃなくて、これも言い伝えの類いだ。どこにも着かなくて、落ち続けるって可能性も……
…………それが一番怖いな。
「精霊界に入るには、精霊の道案内が必要です。それも大精霊の……。並の精霊では、人を導けません」
その辺も月並みだな。
ゲームとかでもある。特定のキャラだけがそこに入れる、みたいな。
「精霊界に行ければ、素質がなくても、精霊とコミュニケーションを取れるそうなので、精霊の女王と謁見しなくても、契約を結べる可能性もありますね」
「はぁん? 夢が広がるなぁ」
コスパが良くて、使い勝手が悪い。まぁ、一長一短だな。
「学者間では、どちらが優れているのかという論争があるようですけど、優劣を付けようだなんて実に愚かです。頭の硬いデスクに向き合うだけの経験なしがっ」
前も思ったけど、学者となんかあったのか? あんまり見せられない顔してるけど。
「……………………何かあったのか?」
正直踏み込みたくない。
踏み込みたくないけど、憂さ晴らしは必要だ。
一人でブツブツ言ってるよりも、誰かに吐露した方が色々違ってくるだろう。
「聞いてくれますかっ」
「お、おう。聞くから落ち着け」
ずずいと身を寄せて来たシルビナに、掌を向けてどうどうと落ち着かせる仕草をする。
「私も何度か学会に論文を提出したことがあるのですが――」
こうして、今日をシルビナの愚痴で締め括った。
自分の実体験を、考察を交えた論文を笑われたことが相当腹に据えかねているらしい。
吐き出せばスッキリするはずだ。そのまま気持ち良く寝てもらおう。




