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第四十五話 セプラム討伐①

 シルビナが用意してくれた訓練場も充実して、俺の訓練は順調に進んだ。

 魔素の吸収は遅々として進まないが、それも魔道具で補えるらしいし、そこはまぁ追々に、だな。


 パルクールと暗闇での訓練は、一日置きのサイクルで行う。

 早朝から昼までの半日、どちらかの訓練場で動き続け、昼からは筋トレとランニング、クライミングを行い、締めにシルビナとの組み手を体力が続くまで行う。


 今までとの違いは、三日に一度だけ半日の休みを入れるようになったこと。


 かれこれ三週間、問題もなくそのサイクルでやってきた。

 未だに、シルビナには傷一つどころか、触れることさえも敵わんのだけど。


 この世界に来て二ヶ月近く経つ。

 今日は魔素を吸収するための魔道具、それを作成するための最後の素材、セプラムの角とやらの採取に来ていた。


 セルベティア大陸北端部、極寒の地である。

 周囲はまさに白銀世界。シルビナの白髪も、溶けて馴染んでしまいそうな雪景色に覆われている。


「この雪、どっから降ってるんだ?」


 吐いた息が白くなって消える。寒い。


 さくさくと新雪に足首まで埋めながら歩む。革のブーツ越しに、ひんやりとした雪の感触に少し身震いして、羽織るコートに首を埋めた。


 見上げれば雲一つない快晴の青空が広がっている。


 まだ天頂には遠く至っていない東南にある太陽が、容赦なくギラギラと雪に反射して目を焼く。

 それを防ぐために、ゴーグル型のサングラスを掛けている。


「解明はされていませんが、私は魔雪と呼んでいます」

「ませつ?」

「魔の雪。ほのかに魔素を宿していますから」


 先を行くシルビナは振り向かずに続ける。


 相も変わらず軍服姿で、普段の違いは上から白いマントを羽織っているくらいか。

 防寒性に長けているとは思えないけど、寒さに背筋を曲げることもないし、心配するだけ無駄なんだろうな。


 軍帽に少し積もった雪を、首を振って落とした。


「魔素が空気中の水分を凍らせているのでは、と思うのです。ここ一帯には氷属性の精霊が多いですから」

「精霊、ね」

「あ……」

「っと、どうした?」


 立ち止まるシルビナに、俺も足を止める。


「いえ、魔法を収得する方法があったのですが」


 歩みを再開したシルビナは、いつものようにピンと人差し指を立てる。

 モコモコのクセーフスの毛糸で編まれたピンクの手袋が揺れた。

 そこだけ可愛さ演出だ。


「精霊と契約を結んで、魔法を行使する方法があったのです。ただ……」

「ただ?」

「対話ができないと、契約が結べませんから、恐らくお兄様には……」

「素質がない、と」

「知覚を広げられるようになった今でも、姿を見ることはもちろん、声を聞くこともできないでしょう?」

「まぁ、そうだな。特に変わったことはないな」


 悔しいが、俺には才能がないようだ。

 精霊とやらがどんな姿形をしているのかは知らんが、傍にいると実感したことはない。


「素質のある人間が珍しいですからね。エルフやドワーフ等は、精霊魔法を得意とする者も多く、はっきりと存在を確認できるそうです」


 エルフやドワーフね。ファンタジー定番の種族だな。

 エルフが精霊との対話に向いてるってのもド定番だ。

 イメージで、精霊は自然界に宿り、エルフは自然を大事にする。その関係性が、相性の良さを生み出している、みたいな設定はよく聞く。

 ドワーフも鉱石とかとの親和性が高い、みたいな。


「理由は概ね想像通りです。私が使う魔法と、彼らが使う精霊魔法に大きな違いはありません。行使した結果も違いはありません。では何が違うのか? 自らの魔力で操る私と精霊の協力を経て、結果を生み出す彼ら……」

「燃費か?」

「まさにその通りです、お兄様。精霊魔法は精霊が術者に協力して現象を起こすので、術者自身の魔力をさほど使いません。私が風を起こすために使う魔力が、百必要だとして、精霊魔法を使う者は――個人差はあるとしても――五十、優秀な術者であれば十、歴史に残るエルフ等は一もあれば風を吹かせられるでしょう」


 五十を先に上げたのは、そこが最低の線引きだからか。


「優秀云々ってのはどう判断するんだ?」

「私自身、精霊魔法は扱えません。精霊も大精霊と呼ばれる、強大な力を持った精霊としか会ったことがありませんので、友人からの聞きかじりになってしまいますよ?」


 友人……エルフとかドワーフの? そっちも気になる。が、今は精霊魔法だな。


「別に良いぞ。ただ無言で歩くってのも退屈だからな」

「では、退屈しのぎに……」


 こほんと咳払い一つ。


「精霊魔法は扱えれば燃費が良い……けれど、それだけではありません。デメリットも存在します。例えば、この地で火の精霊は活発に活動できません。雪に覆われた大地、そして山脈が連なっています」


 それを示すように、シルビナは両腕を大きく開いた。


「火の精霊が活発に活動できないということは、火の精霊魔法は大きく威力を減衰し、消費魔力も何倍にも跳ね上がります。逆に、水の精霊魔法や氷の精霊魔法は、遺憾なく威力を発揮できるでしょう。以前行った火山ではその逆ですね。火の精霊魔法が強くなり、水や氷の精霊魔法は弱くなる」


 広げていた手を下ろして、シルビナは掌を地面に向けて開いた。


「風の精霊魔法も似たようなもので、閉鎖空間、例えば、洞窟や屋内では風の精霊魔法は上手く発動しません」


 ヒュッと素早く振り上げたシルビナの腕に合わせて、積もっていた雪の一部が螺旋を描いて巻き上げられて行く。


「光の刺さない場所、闇の薄い場所、それらも然り、です。精霊が活発化し難い場所では、同属性の精霊魔法を扱えない、これが精霊魔法のデメリットです」


 巻き上がった雪の行く末を見届けて、だだっ広い雪原を歩く。

 ホント何もない。ぐるっと遠方を山脈が囲んでいるだけだ。


 年中雪の積もる大地は踏み固められ、底の方は既に分厚い氷となっている。

 時折、地震で氷割れを起こして、クレバスできる。

 そこに雪が降り積もると、クレバスが隠れて、何百メートルもある自然の落とし穴ができるそうだ。


「それを踏まえて精霊魔法の使い手――精霊使いと呼ぶのですが――彼らの優秀さを判断するものはズバリ、この場でどれほど威力の高い火の精霊魔法を扱えるか否か、です」

「火の精霊がいないのに扱えるのか?」

「私は聞いただけで実際に見たことも、足を運んだこともないのですが、精霊界という場所があるそうです」

「精霊界。……また月並みな」

「私がネーミングしたわけではありませんから」


 それはそうだ。


「その精霊界とこちら(・・・)を自由に行き来できるそうで、精霊はどんな場所にも姿を現せられるそうです。私達には、見ることも存在を感知することもできませんけど」


 しっかり俺も含んでる。まぁ、見えないけど。

 シルビナにできなくて、俺にできるとは思えない。


「精霊との友好度と言えばいいのでしょうか、それが高いと、こんな極寒の地でも、極暑の場所でも、正反対の性質の精霊を呼び出せるのです。精霊に愛されし者、精霊のお子、神子なんて一部、精霊を信奉する地域では呼ばれていたりしますね。……お兄様、前方にスノーベアーです」


 シルビナが指さす先に白い影。まだ一キロは離れているだろうが、雪煙りを上げて接近しているのが分かる。

 要はシロクマだ。

 体調が五メートルに届き、横幅が俺二人分ほど。体重は一トンを超える。

 右腕が異様な発達をしていて、アンバランスにデカい。手首から腕の付け根まで、氷柱のように尖った氷に覆われているのも、特筆する部分か。


 右腕で跳んで両足で着地を繰り返して突進してくる。

 この地域に食べ物は多くない。彼らが好きそうな魚――クマが鮭を狩る場面を連想しただけ――が居る川もないから、腹を空かせているのかもしれない。


 俺は背負った弓を抜く。背中に嵌め込みの器具があって、上へ引っ張ると、簡単に抜けるようになっている。


 折りたたみ式で、素早く前に突き出して引き戻すと、シャカンと上下に開き、上部に括りつけた弦を解いて下部に引っ掛けて止めれば完成だ。

 一メートル半ばのコイツが、弓としてデカいのかは俺には分からないが、俺が扱いやすいようにと、木から厳選して拵えてくれたシルビナには感謝している。


「――ふっ」


 腰の矢筒から一本抜いて素早く番えて、放つ。

 目に意識を集中して見ていたが、どうも当たっていないようだ。飛距離は十分だったんだが……


「躱された」

「いえ、外しただけです」


 俺の呟きに、冷静に答えるシルビナ。まぁ、知ってるけどね。


「精度は上達していますが、風の抵抗や湿度等を考慮した方が良いですよ。怖がらないで。そのモナルの木は私が知る中で、最もしなり、弓に向いています。タルゴの繭は最も伸縮性と頑丈さに長けた糸の素材、それを弦に編み込んでいます。最高級の弓です。……信じて」


 シルビナの言葉で、変に強ばっていた肩の力が抜けた。


 色んな武具を修得させられた。弓もその内ではある。

 ……が、ぶっちゃけ、実戦で弓を使うのは初めてだ。気後れしていたのかもな。


「すぅ――ふっ」


 浅い呼吸で、次矢を放つ。

 今度はドンピシャでスノーベアーの額に吸い込まれていく。


「……と言っても、矢は特別なものではないので、刺さりませんけれど」

「ですよね〜」


 額に当たった矢は折れて落ちた。飛距離を伸ばす工夫はされているそうだが、素材はいい物どまり。

 それなりではあれど、弓ほどの品質はない。


「スノーベアーを射抜くのなら、【魔力渡し】を覚えませんと」


 言って、踊るようにシルビナは右腕を振り上げて回転、振り向きざまに左腕を振り下ろす。

 風の刃が二つ、雪を裂きながら飛ぶ。


 ザンと右腕が飛び、遅れてザンと胸から上下に分かれ、ドシュと銀槍が飛んで来た額を貫いた。


「さて、精霊魔法講座の続きは今晩にでも。群れのお出ましですよ」


 銀槍を振り、スノーベアーの半身を振り落としたシルビナが周囲を見渡す。


 スノーベアーは二十頭にもなる群れで生活する魔物だ。

 尖兵が獲物の注意を引いている間に取り囲み、退路を塞ぐ。

 全身真っ白でカモフラージュになるから、尖兵を相手にしている間に包囲は狭まって、気付けば……

 ってオチだ。


 例に漏れず、俺達も同じ戦法で囲まれた。


「弓はまた今度ですね」


 手を伸ばすシルビナに弓と矢筒を渡す。

 ポーチに仕舞った彼女は、二振りの曲刀を渡してくる。

 反りの深い短刀だ。


「ノルマは三頭。……できますか?」

「…………応よ」


 たっぷり二十秒使って応えた。


 いや、五メートルよ? クワンドより小さいけど、迫力は木より獣の方がある。


 正直、気後れしている部分は多分にある。

 まぁ、やってやろうじゃん。と気合いを入れて、二振りの曲刀を逆手に構えて、腰を落とす。


「雪に足を取られぬようにご注意を……」


 シルビナの忠告に頷き、雪を爪先で踏み締めて踵を浮かす。


《グゥアアァァッ!》


 一際大きいヤツが吠えると、それを合図に囲いが一気に狭まった。

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