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第四十四話 帰還

「ただいま〜、っと」


 言いながら小屋に近付く。

 取り敢えず、背負った四本の丸太を下ろす。


 帰還に一日と半日掛けた。ドラゴンの肝の効力も随分前になくなっていて、走って帰ってきた。

 リアルアナコンダに出会って、めちゃくちゃビビった。

 十メートルを超える蛇ってチョー怖い。頭から丸呑みされそうになったからな。嫌な経験だ。


「シルビナ〜?」


 呼び掛けても反応がない。もう日も沈んでるのに、出掛けているんだろうか?


「ん〜? どこ行ったんだ?」


 心当たりはない。

 首を傾げていると、ズズンッと地響きがした。


「――おぉっ? な、何だ、今の」


 魔物ではなさそうだ。シルビナの結界があるから入ってくるのは不可能だし、この一月の間でこんな経験はなかった。

 実際、俺を喰らおうと顎を開いて直前まで迫ったアナコンダは結界に弾かれて失神していた。

 まぁ、例外はあるだろうから経験則がどこまで役に立つかは疑問だけれども。


「こっち、か?」


 荷物を小屋の傍で下ろして、地響きがしたであろう場所を目指す。

 結構近い地点で起きたと思う。それも、結界内で。


 一応、剣は抜いて行こうか。


 そろそろと進む。剣が視界を遮らないように、少し半身になっておく。


 どんなセーフティーゾーンでも警戒は怠るな、不測の事態は起こり得る。とは、シルビナの教えだ。


「お、おお? 何だこれ。アスレチック?」


 木々を抜けて見えたのは、整地された開けた場所だった。

 乱雑に配置された四面の壁。壁から壁へ渡る板や棒、縄を渡してあったりもする。

 窪地もところどころ見受けられ、斜面もあったり、某番組で見るような反り立つ壁もある。


 高さは様々で、五十センチ程度のものから、七メートルを超えるものもある。


 テレビで見たことあるぞ、こんなの。

 確か、フリーランニングとかいう競技の練習場所がこんな雰囲気だった。


 段差のある鉄棒が並んでたり、綱渡りがあったり、ポールが幾本か並んでたりと見ていて楽しそうではあった。

 違いは、マットが敷いてないとこか。


「あら、お兄様、お帰りなったのですね」

「お? おう、ただいま、シルビナ」

「お帰りなさいませ」


 それらの中心地に、一際高い塔が立っている。その上にシルビナがいた。

 地面から若干砂埃が立っているところを見ると、さっきの地響きはこれを突き立てた所為かもな。


「……お兄様、じっとしていてください」


 トンと軽やかに着地したシルビナが、ブーツをコッコッと鳴らして近付いてくる。

 白軍服も相まって、ちょっと厳しい目付きがピリッと緊張感を放つ。


「……」


 無言のまま、傍に寄った彼女が左手を淡い緑で光らせて俺の耳朶に翳す。治癒魔法だ。


「え? いや、もう血は……分かった」


 耳朶と脇腹。大きな傷はそれぐらいだ。他はちょっとした切り傷で、痛みもない。

 そう訴えると、静かに目を覗きこまれた。


 大人しく治療を受けることにした。


「それで、これは何だ?」


 治療の片手間で聞く。

 出ていく前はなかったと思う。完成間近か、或いは完成直後という感じだ。


「お兄様はパルクールをご存知ですか?」

「パルクール……フリーランニングとは違うのか?」


 似たようなものだと思うんだけど。


「大きく違うのは、移動性です」

「んん?」

「あ、動かないで」

「悪い」


 意味がよく分からん。そう首を傾げると、耳朶を治療してくれていたシルビナに注意された。


「自由な発想と、アクロバティックな動きで観客を魅了するのがフリーランニングです。パルクールは無駄を排した移動術ですね。うろ覚えですが」

「ふーん? 要は実用的か、見せ物的か、って感じか?」

「ええ、端的に言えば」


 映画でもよく見るよな。

 街中を駆けて、ビルからビルへ、パイプ伝って壁登ったり、階段の手摺りから飛び降りたり、フェンスや塀を乗り越えたり、ベランダとかで上の階の柵から降りて下の階の柵に掴まったりとか、ターゲットを最短距離で追い掛け、逆に逃げたりもして、目的地に時間制限で向かうような、切羽詰まった時に使われている。


 迫力があるし、背中から役者を追いかける演出は臨場感もあってwktkしたもんだ。


「その訓練場ってわけだ、これは」

「はい」


 俺が出ている間にここまで仕上げたのか。

 この位置から全貌が見えるわけではないけど、広く伐採され、障害物を安定させるために整地もしてある。


 随分とまぁ……


「苦労を掛けるね」

「それは言わない約束ですよ、と、とっつぁん……」

「いや、振ったわけでもなかったんだけどね」

「……」


 おーおー、耳まで真っ赤にしちゃって、恥ずかしいならしなきゃいいのにな。


「ぷっ……くふっ」

「むっ……笑わないでくださいっ」

「ははっ、悪い悪い」

「もう……」


 そう拗ねたように頬を膨らませると、シルビナはクスクスと笑った。


 はて、と思う。

 ユイ……これは浮気ではないよな、と。

 もし俺が、ユイとこんな風に笑い合える男が別にいたとして、それを目撃してしまったら、先ず浮気を疑う。


 俺の視点から言えば、シルビナはもう妹確定で、“ひなた”として見ている部分が大半だ。


 “ひなた”と混同した“シルビナ”には申し訳ないが、妹も同然なわけだ。


 でも、明らかにシルビナが年上で、彼女と俺では顔立ちも似ていない。

 髪色はグレーとホワイトで似てない、とも言えなくないんだが……


 傍から見て兄妹――若しくは姉弟――とは思えんよな、これ。


 でぇじょぉぶだぁ、一線は超えてねぇだよ。


 なんて茶化しはともかく、正直気持ちも動いてないしな。

 もちろん、シルビナに魅力がないんじゃなくて、俺の中でユイが圧倒的なだけだ。


「クワンドの丸太四本、持って帰ったぞ」

「四本もですか?」


 ひとしきり笑い合った後、報告を入れる。


「ああ、どれほど要るか聞いてなかったからな」

「少し長い枝が数本あれば十分だったのですが……」

「……まぁ、あって損はない。だろ?」


 クスクスとまた笑うシルビナにつられて、俺も口角が上がった。さっきとはすこーし趣の違うものになったけど。

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