第三十八話 クワンド⑥
途中から視点が変わります。結構序盤からです。
ぶっちゃけ文字稼ぎです。
死んだ。あの滅紫色の枝には毒がある。俺、覚えた。
無警戒ではなかったけれど、迂闊に傷を付けられて死んだことに少々のショックを受けて思わずカタコトになってしまった。
調子に乗ったのもまずかったか。こんな結果、シルビナに知られたら怒られるぞ。
トレーニング量増加待ったなしだ。
最後は多分養分にされたんだろうが、結果は毒殺と大して変わらないんじゃなかろうか。
「はぁ、厄介だな。ホントに」
最後は十メートルも離れていなかったと思う。
そこから見た限り、中の枝にも滅紫色の斑点はあった。つまり、毒枝をあちこちから出しまくれるってわけだ。
「……どうしたもんか」
溜め息を吐いて、携帯食料の干し肉を齧る。
目覚め時ではなく、何故か朝食時に覚醒するこの現象もよく分からん。
「うーん」
まぁ、悩んだところで、今の俺には身一つで突っ込むしかないんだけどな。
今は覚悟の決め時ってやつだ。死地へ飛び込むにも、心の準備が必要だ。
◇
再びやってまいりました、浜辺へ。
彼我の距離は五百メートル強といったところ。
この距離を詰めるには泳ぎしかない。で、今回変えるのは毒枝の対処の仕方だ。
事前に射出される位置さえ分かれば、躱すのは容易だと思う。それまでは道筋を辿ろう。大丈夫だ、慣れている。
………………
…………
……
シルビナ③
また、世界が巻戻りました。
私は今日を七度体験しています。
お兄様が七度逝った、そういう解釈で良いのでしょう。
クワンドは弱い魔物ではありません。
コアの魔力濃度にも大きく左右されますが、基本的にBランク指定の大物です。
魔物はFランクからSランクまで格付けされています。
これは基本的に冒険者と呼ばれる方々の実力と格付けを指標に位置付けられた魔物の厄介さ、強さを大まかに計算したものになります。
その中で、クワンドはBランクに位置付けられています。
全体でいえば中堅程度ですが、これに単独で対処できるBランク以上の冒険者事態は全体の3割ほど。
以前聞いた割り合いでは、Bランクは二割、Aランクは一割、Sランクは十三人、だったと思います。
国の騎士団や魔導団の中にも、冒険者に匹敵する実力を持つ者はいますが、それでも一握りでしょう。
私も冒険者が登録している組織――ギルドに登録しています。資金稼ぎ、情報収集等々に役立ちますし、ギルドと提携した道具屋――薬草調合や錬金に必要な素材、回復薬や寝袋、テント等、旅に必要なものを多く扱っています――や宿泊施設の割引きサービスも受けられます。
Aランク以上になると、国から指名依頼を受けることになってしまうので、Bランクで止めていますが。
この指名依頼を拒否すると、国とギルドからの心象が悪くなってしまい、恩恵を受けられないどころか、まともな依頼も受けさせて貰えないのです。
それはさておき、クワンドがBランクということが問題です。
私の見立てでは、お兄様は冒険者基準でDランク。到底Bランク指定のクワンドには敵いません。魔素を扱えないのならなおのこと、です。
それでも、お兄様がワンステップ上を行くには、必要だと思ったので今回の遠征に『クワンド討伐』を組み込みました。
本来なら、枝を数本切り落として持ち帰るだけで十分なのです。それはお兄様も理解しているでしょう。
「何度、私はお兄様を殺してしまうのでしょうね」
私がお兄様の異変に気付いて、記憶を巻き戻されないように保護してから既に二十回は世界が巻き戻されています。
同じ時間を繰り返す。お兄様はその回数を数えていました。私は二十回を超えて数えるのを止めました。
違いは、精神の強さでしょうか。
「あ……」
今は朝食時。巻き戻ってからさほど時間は経っていませんが、皿の上の目玉焼きがスクランブルエッグになってしまいました。
フォークで掻き混ぜてしまったようです。
「どうしましょう……」
スクランブルエッグの話ではありません。今進めている、新たな鍛錬場の製作です。
パルクールと呼ばれる競技があるそうです。
走る、跳ぶ、登るといった動作に重点を置き、心身を鍛えるスポーツ、或いは訓練方法なのだそうです。
屋上から隣の屋上へ。
階段を使わずに上階へ。もしくは下階へ。
パイプを使って壁面を登ったり、僅かな窪みに足や手を入れて登ったり。
三角飛びの要領で壁を蹴って上へ進んだり。
時には三メートル、四メートル近い高さから飛び降りることも。
自由な移動手段で不規則に街中を駆ける、フリーランニングとも呼ばれていたりします。
現代地球のような、都市部や安定した地形がそう多くないこの世界で、逃走手段や追跡手段を多彩な角度で取り入れられる良い手段だと思いました。
ここより北に伐採地を大きく広げて、窪みや斜面、壁、ポールに平均台、橋やそれを渡す高さのある衝立等等、複雑で深く考えもしていない、ただ、スペースを埋めるためにアスレチックを用意しました。
いえ、正確に言うならば、まだ準備段階です。
昨日の内に伐採を終え、切り倒した木々をあれやこれやと切断して加工していき、組み立てられるように穴を空けたり、凸凹を作ったりしていました。
今日はそれを組み立て、斜面を作りと、完成に近付けていたのですが、こう何度も繰り返されると飽きてしまいます。
「いえ、お兄様は明日にはお帰りになるはず。今日中に完成の目処を立たせませんと」
猶予は三日だけ。それを越えるとドラゴンの肝は効力を失くし、お兄様は多くの魔物の標的にされてしまいます。
与えた課題はクワンド討伐に役立つものだけなので、他の魔物討伐に向き不向きはありますが、囲まれてしまえば対処は困難を極めます。
なので、なんとしても今日中に終わらせる算段を付けていると思うのです。
「進めた方が良いですよね」
同意する誰がいるでもないのに、そう声に出して確認します。
飽きてもお兄様が何時クワンド討伐を達成するか分からないので、何度繰り返すことになっても作業はしなければなりません。
コツンとお皿にフォークが当たります。目玉焼き改め、スクランブルエッグがなくなっていました。
「いつの間に……?」
辺りを見渡しても小動物の姿はありません。害意のない動物や虫は結界に侵入できますので、動物が私の卵を盗んだのかと思ったのですが……
「満腹感はあるので、私が食べてしまったのでしょうけど……」
と、面白くもない冗談を一人呟いてみます。
この一ヶ月、お兄様と一緒に過ごしていたので、朝からあの人がいないとどうにも調子が出ません。
しかも巻き戻ってしまうので、体感では実際の経過時間よりも長く感じてしまいます。
「早くお帰りならないでしょうか?」
ここ数年、覚えたことのない孤独感でそう独り言ました。




