第三七話 クワンド⑤
ジャバジャバと水を掻いて進む。泳ぎは得意でもないんだが、自己最高の速度で泳げている。……気がする。
波は穏やかなもので、泳ぐのに苦労はない。
マングローブに近付くとその異様さをはっきりと認識できた。
うねりまくった枝や幹が絡みまくり、葉っぱが松の葉のように尖っている。
所々に、滅紫色の禍々しい斑点がある。俺でも、そこから膨大な力を感知できた。多分これが魔力だ。
「はぁ、すぅっ――っ!」
大きく息を吸い込んで潜水する。海面下の状況を確認したかった。
「――っ」
穏やかな海上とは違い、海面下は激しく動き回っていた。
深さ五メートルくらいの海面下で、近寄る魚類を激しく刺し貫き続けている。
密集した根っ子の数は数百を超えている。ただ、判断は付かないが、木々の群生ではないようだ。一本の木のようだ。数百の根から上は一度一本の幹になり、そこから幾百本、幾千本に別れて枝葉を海上で茂らせている。
背丈は高くないと思ったが、海中と併せると十メートルは優に超えるかもしれない。大樹と言って差し支えないだろう。
海底を捲りながら進む様は圧巻の一言。その長大さに圧倒される。
「――ぷぁっ。……はぁ、どうやって戦えってんだよ」
それこそ、魔法もなしじゃ厳しいんじゃなかろうか。そう頭を悩ませる。
まぁ、考えていても始まらない。まずは攻めてみる。
そう決心して平泳ぎで進む。クロールだと、身体がぶれて正面が確認できないからな。
プロの水泳選手ならその限りではないだろうけど、素人の俺にそんな技能は期待できない。
五十メートルは近付いた。その間隔を境に、海中から豪速で迫る気配を感知した。当たれば致命的な一撃だ。
肝要なのはタイミング。
「――っ」
泳ぎを止めて浮いていた俺は、膝を曲げた。足先のあった場所に水流が生まれ、ドパッと背後の海面が弾ける。
見ていて分かったが、一度海上に出た根っ子は瞬時に海中に戻る。
習性か、そうしなければならない理由でもあるのか、定かではない。
理由はどうあれ、利用させてもらう。戻る前に俺の足場にする。
曲げた足を押し出して、根っ子を踏み台に飛び上がる。
ザパァッと飛沫を上げて、俺の身体は優に五メートルの高さまで上がった。
続いて、ドッドッドッと根っ子が砲弾のように突っ込んでくる。その数、十と少し。
耳に意識を向けて風切り音を捉える。目では追い切れないと思った。
「――っ」
身体を捻って躱した根っ子を足蹴にして進む。次々迫る根っ子も同じようにして利用していく。
背負う直剣を抜く。迎撃の為だ。
(これは中々……っ)
しっかりと固定されていないからか、根っ子の返りが弱く、脚の力が伝わり難くて思ったより進めない。
モタモタしている内に、続け様に根っ子が飛び出てくる。
「よっ、ほっ、とっ」
ここに来るまでの移動方法が効いたのか、モタつきながらではあるものの、スムーズに足場にできている。
時に駆け、蹴り付けて、邪魔になった根は斬り払う。
(あの課題はこの為か)
流石シルビナ。そう賛辞を心中で送り、集中する。
捉えるのは根っ子の風切り音だけで良い。波の音、クワンドの葉擦れの音、鳥の鳴き声。どれも必要ない。
目を閉じて頭の中でイメージする。自分とクワンドの位置関係。それから、根っ子のそれぞれの動き方。
うねる根っ子の世界からルートを導き出す。
目を開いて頭の中のイメージを微調整する。
「――ひっ!」
思わず笑みが漏れた。俺はここまでできるんだぞと、シルビナに見せてやりたい。
踏み締めた根っ子に、“砕けよ”という意志を持って、突貫する。
さっきよりも複雑な挙動で、重く、強く踏み込んだ足踏みで、目的地まで突き進む。
根っ子の動きも複雑化し始めた。
ただ海面から上って来るだけだった動きが、一度上空まで昇って急降下したり、真正面から迫ったり、背後から狙って来たりと、多岐に及んだ。
「ずっ、ぉおおっ!!」
正面から迫った根を跳んだ勢いで身体を横回転させて躱し、更に頭上から迫る根を斜めに斬り捨て、海中に戻ろうとする根に飛び乗り、海面近くで跳び、別の根っ子に乗る。
天から刺すような角度でアーチを描く根っ子を駆け上がる。
アーチの頂点で跳び、宙返りして薙ぎ払うような軌道を取っていた根っ子を躱す。
もう目前だった。小さな島を思わせるようなクワンドへの接近は苦労したが、もう少しでその枝に手が届く。
「――っ!?」
ピリピリっと首筋が引き攣るような感覚に襲われて、俺は咄嗟に横に跳んだ。
刹那の間で、豪速で俺の頬を掠める物体を捉えた。
滅紫色の禍々しい斑点から、新しい枝が生えていた。元々の枝との違いは葉っぱがないことと、滅紫色だってことだ。毒々しくて触れたくない。
ソイツは根っ子のようにうねうねと動き、俺を射殺さんと照準を合わせているようだ。
(……あ、れ?)
膝が折れた。根っ子の上で膝を突く。
身体に力が入らない。言葉も出せない。視界もぼやけてきているような……
意識を向けていた聴覚も衰えたか、音が遠くなっている。
(ああ、そういえばさっき頬を掠めて…………なんだっけ?)
思考が纏まらず散っていく。
……今、自分がどこにいて何をしているのかも……
背中から衝撃を受けて前に倒れた。
ぼやけた視界が流れて、俺は海中に引きずり込まれる。
痛みはなかった。浮遊感だけがこの身を支配する。
まずい事態であることは理解できたが、もう身体を動かす気力が湧かない。
微睡みのような状態が続いて俺はそのまま………………
…………
……




