第三十二話 説明⑦
目隠しの所為で、理由も分からないまま死んだその日の締め括りに、俺はシルビナに連れられて小屋から少し離れた場所に来ていた。
目隠しの魔法は既に解除されている。夕食前に、必要がなくなったとか言われたな。
数日、目を使っていなかった所為か、景色が少しぼやけている。深海魚や地中生物は視力に頼らないから、目が退化するという。それと同じような現象なのかもしれない。
ここは何度か来たことのある場所のはずだが、随分様変わりしたな。
木々が広く伐採されている。地面も綺麗に整地されていて、でこぼこがない。
開けたそこの中心には丸太作りのドームが建造されていた。シルビナは小屋だと言い張るので、俺もそう呼称することにする。
そのドーム状の小屋は高さ一メートル、周いを歩いて三十歩ほどの小さなものだ。腰を屈めても立つのも辛いんじゃないか?
上から暗幕を幾つか被せてあって、窓どころか、入り口すら見当たらない。丸太作りだと分かったのは、そうシルビナが説明したからだ。
「これは?」
小さなドーム状の小屋を指して、隣に立つシルビナに問い掛ける。
「ご覧の通り、鍛錬場ですよ」
ご覧の通りって、意味が分からんぞ。見ても鍛錬場だとは思えない。
犬小屋と言われた方がまだ納得できる。
「……入り方とかは? こうして見る限り、入り口はないようだけど?」
「【転移の魔方陣】を使います」
また聞きなれない単語を……
転移と言うと、瞬間移動とかそんなものか? 離れた場所に、瞬時に移動できるような。
で、魔方陣ときたから、設置型の瞬間移動機のようなもの、か。
「【テレポート】という魔法が存在します。闇魔法の熟練者が修得している魔法です。私には扱えません。ですが、魔方陣を媒介にすれば、発動可能です。【転移の魔方陣】から【転移の魔方陣】へ。同術者の魔力線を頼りに、移動できます。固定されているので、決まった場所にしか移動できませんが、設置さえしてしまえば、【テレポート】を弾く結界の中にも移動できるというメリットがあります」
なるほどな。一長一短ってことか。善し悪しは使い所次第、と。
シルビナは流暢に説明しながら、落ちていた枝を使って地面に大きな円を描き、文字やら模様やらを円内に書き込んでいる。
「闇魔法に空間を拡張する魔法があります。それは、アイテムポーチなどの魔道具に使われている魔法【異空間収納】、これを利用すれば、一室の空間をねじ曲げることが可能になるのです。条理をねじ曲げるには相当な苦労を強いられて少々骨が折れましたが、術式を丸太一本ずつに書き込めばなんとかなるものです」
あの小屋は見た目以上に中が広くなってるってことか。
なんの淀みもまくシルビナの腕は動き続けている。説明しながらでよくやれるもんだと、邪魔にならないように少し距離を取って眺める。
空白の多かった円は、多くのラインと、動物を模擬した模様、アルファベットのような文字で規則正しく埋められていく。
どうでもいいが、そんな枝で良いんだろうか。しかも地面を削って描くって、みすぼらし過ぎないか?
もっと特殊な液体を使ったりとか、しないのか?
「闇魔法には大掛かりな生贄を必要とする儀式魔法もあったりするので、血肉を現す動物を描くのが通例なんです。火なら炎に関するもの、水なら水に関するもの、風は木々を模擬しますね。土は土器なんかを、光は多様な十字架を使ったり、羽を使ったりと、使用する魔法の属性によって異なります」
描き終わったのか、「ふぅ」と息を吐いて腰をとんとんと叩く。
ずっと中腰だったからな。きつい体制だったんだろう。
「そんなもので描いて、効力はあるのか?」
「え? ああ、はい、ありますよ。普通は銀粉や聖水、魔杖なんかを使ったりするのですが……」
先程浮かんだ疑問を、何の変哲のない枝を指して聞けば、シルビナは首を傾げて指の先を追い、納得して頷く。
ピンとは来ないが、彼女が上げたアイテムは、魔法的関連のある物だろう。
「【魔力渡し】で強化した棒でも効果は出るのですよ。たんなるなまくらの剣でも、【魔力渡し】で強化すれば魔剣に成るように、たんなる枝でも【魔力渡し】を用いれば、魔杖に成るものなんです」
平然と告げた後、厚い胸部を張って得意気に「私程にもなれば、並の魔道技師が作った魔杖よりも強力な魔杖にできます」とドヤった。
後に、魔道技師とは、魔剣や魔杖を含めた、魔道具を作成する技術者の総称だと、シルビナに説明を受けた。
彼女自身も、ある意味では魔道技師と呼んでも差し障りないらしい。
「明日の早朝からお昼時まで、お兄様にはここで鍛錬していただきます」
「内容は?」
「光の刺さない闇の中で、魔物と闘っていただきます」
「……おぉ」
「魔物は私が捕獲して随時送り込みますので、早めの討伐をお勧めします」
ははぁ、準備ってこれか。目隠ししたのも闇に慣れさせるため。
この数日間の鍛錬は全部、暗闇バトルロワイヤルのための序章。明日から本編がスタートってことか。
「さて、今日はもう休みましょう。明日からはもっと厳しくしていきますからね。普段の筋力トレーニングも、変わらぬ量をこなしていただきますので、より一層気合いを入れてください」
もうね、おぉ、としか声が漏れんのよ。
ともあれ、である。シルビナの言う通り、ここまでしてもらって気合いを入れないわけにもいかない。
俺に背を向けて小屋に戻るシルビナに付き従い、俺は密かに気持ちを締め直した。




