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第三十一 修行⑩

 目隠しを初めて数日が経過した。

 目を瞑っているだけなら、布を巻いているだけなら、透けて陽の光が見えるだろう。

 でも、魔法的要因で光を遮断しているためか、一切の光を目は映さない。

 昼夜が全然分からん。時間感覚が狂う。


「っ」


 ヒュッという風切り音を頼りに、首を傾げる。頬から数センチ先をシルビナが握る得物が通った。

 感覚を掴めてきている。音から測る距離感、匂いによる異物の存在、肌で感じる触れる前の風の流れを即座に読み、頭の中で風景を描く。


 通り過ぎた得物が戻るのと同時に前に出る。

 握った大鎌を右から左へ流し、とある一点で止めて、バックステップを踏む。


 鼻先を風の奔流が吹き荒ぶ。

 引き戻されていた得物が、風の流れを変えて横薙ぎに振るわれたのが分かった。

 それに鎌の形状からして、シルビナは既に刃の内側にいると思われる。

 このまま下がれば……?


「――っ」


 手応えがない。代わりに、眼前で風の流れがまた変わった。

 想像するに、シルビナは横薙に振るった得物を突きに変えたんだ。その上で、刃に当たらないように前進している。


 ギリリと握ったグリップは布製で、ザラッとした。

 足を止めて腰を屈め、頭の位置を低くした。毛先が激しく揺れる。彼女の得物が頭上を通過した。


 手の中で柄を回転させて刃の向きを反対に変える。腰を捻り、足の位置を入れ替えて回転。柄はさっきよりも短く持つ。

 おそらく、この長さでシルビナを捉えるはずだ。


「良い動きです。判断能力も冴えていますね。ですが……」


 刃が止まった。これは……


「ぐぅっ!?」


 考察の間もなく、腹に強い衝撃を受けた。多分足だ。シルビナの蹴りが、俺の腹にくい込んだんだろう。


 衝撃が背中へ抜けて弾けた。直撃を受けた腹よりも、背中が痛い。


「一手先、二手先、三手先を読むのです」


 あまりの痛みに腹を押え、膝から崩れて地面に額を付ける俺にシルビナの指摘が降り注ぐ。


「先程の動き、悪くはありません。回転速度も早く、見えていないのに刃はしっかり私を捉えていました」


 しかし、とシルビナは続ける。当然、褒め殺しで終わるわけはないよな。


「一流には通用しません。私のように、簡単に防ぐことも、躱すこともできます。勿論、魔法を使えば攻撃する間すら与えません」


 それはそうだろうなぁ。俺には魔法を防ぐ手立てがないんだ。どう足掻いたって、細切れにされて終了だろうさ。


「――ふっ、く」


 まだ痛む腹を押えて立ち上がる。


「……」


 タンと軽やかな音がして、少し離れたところでザッと砂が削れる音が聞こえた。

 シルビナが離れたらしい。


 大鎌を肩に担ぎ、肩幅に足を開く。受けの体勢になる。

 目が見えないと、先手が打ち難い。


「……」

「……」


 数秒、或いは数十秒、睨み合いの沈黙が続き、風がサァーと流れると同時に大鎌を回転させて、シルビナの突きを打ち払い、素早く反転して胴を狙う。モーションはさっきと似たよなもの。

 違うのはシルビナの得物を払ったか否か。ただ、その違いに意味はない。大鎌は止められ、彼女の反撃が俺を襲う。


 彼女は試している。今のさっきで、俺がどんな対応をするのか見ている。


 ・腕で防ぐ。……痺れて次の対応ができない。


 ・下に弾く。……そのまま足を狙われる。上でも、顎を狙うか踵落としがくる。左右に弾いても変則的な動きで結局は蹴られる。


 瞬時に思考する。目が見えないからこそ、集中力がいかんなく発揮されている。シミュレートも鮮明に浮かんだ。

 以前、別の武器のときに同じ動きをされたのを思い出したのもある。口酸っぱく言われるのは、決まって「先を読め」だ。


 目が見えていたときは目先のことしか考えられなかったが、今は他に嗜好が割けるようになった。

 これは目が見えなくなったことで、シルビナの言う“余計な情報”とやらを得なくなったことに由来するのかもしれない。


「――っ」


 さっきの答えは、流す、だ。風の流れで動きを予測して、掌で受け止めて腕を引く。

 力の流し方なんて分からん。タイミングを上手く合わせて引けば力を逃がせると思ったが、俺の身体が動かなければ引く先がなかった。ただ、威力は半減したようで、さっきよりも強くない。


「……まだ拙いですが、良いでしょう。どんどん行きますよっ」


 シルビナの意気込みと同時に、風の流れが変わる。俺は嵐のど真ん中に取り残されたように暴風に晒された。

 当然、防戦一方で、全身に浅い切り傷が刻まれた。目が見えなくて触感が敏感だからか、些細な怪我でさえ相当痛く感じることは、知りたくなかった。

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