第二十九話 スピュラルト③
火山を下る。俺が戦っている内に、シルビナはスピュラルト鉱石を既に入手していたらしい。
いつものドッキリ鍛錬をやらされた形だな。
いや、文句はない。ないが、身が持たないぞ、と思う次第である。
「こっち、登って来た方と違くないか?」
風景は登りに見下ろした時と様変わりしている。
登りの時は、お天道様は東に浮かんでいて、麓には少し灰色の荒野が続き、その先に森林が広がっていた。
でも、今は夜。火山から昇る噴煙で星々は見えないが、真ん丸な月が浮かんでいるのがぼんやりと見える。
更に、目の前に広がるのは不毛の山脈だ。火山の影響で草木が見られない大地が続いている。
「見えませんか?」
「うーん?」
シルビナが指さす方向を注視する。
山脈の谷間から、もくもくと煙が登っている。
いや、あれは……
「湯気、か?」
「正解です。正解したお兄様には、混浴の権利を上げましょう」
「はぁ……? いや、何を……って聞けよっ!」
抗議を聞く気はないらしく、ずんずん進むシルビナ。
後ろから見えた耳は、赤く染っていたように思う。
◇
湯気の招待は温泉だった。石垣で縁を囲み、真ん中に俺の2倍くらいあるデカい岩がデーンと鎮座している。幅も広い。十歩くらい歩かないと、回り込めない程度に。
その岩から分かるように、温泉そのものの大きさもかなりのもんだ。
「さて……」
横に立つシルビナの声が止まる。チラリと視線をやれば、顔を真っ赤にして俯いているのが見えた。
「恥ずかしいならするなよ」
「い、いえ? 恥ずかしくなんてないですし? さぁ、入りましょう! ここに来るのも久しぶりなんですよねぇっ!」
テンション爆上げだ。無理しているのが丸分かりである。
「って、もう脱いでるんですかっ!? そんなに楽しみですかっ、私との混浴がっ!?」
キャラの違う、最早、別人格のシルビナに背を向けて、素っ裸の俺は温泉に足を入れた。
シルビナ……顔を手で隠すのはいいんだが、指の隙間が開いてるぞ。
掛け湯をしたいんだが、桶がないので断念した。
ちゃぽちゃぽと進み、岩の裏に回った。
「はぁ〜……四十度ぐらいか? 良い湯加減だ」
熱すぎず、温すぎず。俺には丁度な温度だ。
風呂に入ったのは久しぶりだ。魔法ってのは本当に便利なもので、【クリア】って光魔法が、汗も汚れも消してくれるらしい。正確には汚れを弾くとかなんとか。
ちゃぷりと背後で音がした。多分、シルビナが湯に浸かったんだろう。
「脱いだものくらいちゃんと畳んで下さい。子供じゃないんですから」
そんな声が届いた。呆れているようで、嬉しさを含むような声音だった。
「綺麗だな」
「――コッチを覗いてっ!?」
天を見上げながら呟くと、妙な反応が返ってきた。何を想像してるんだ。
「星だ。星」
「嫌ではありませんが、心の準備というものがありまして――はへ? 星?」
今日のシルビナは様子が変だ。
「ああ。普段は枝葉に隠れてるし、さっきは噴煙で見えなかった。今も湯気でちょっと隠れてるけど、満天の星空が広がってるのがよく分かる」
「そ、そうですね。綺麗ですよね、星」
シルビナはどこか力の抜けた声で、同意した。
「日本じゃさ、光のないところが少ないから、こんだけの星ってのは、普通に生活していてらお目にかかることないよな」
暫くお互いに黙り込む。
「俺にはユイがいるからな。シルビナは魅力的ではあるけども、ユイを裏切ろうと思わせるほどじゃないな」
「ぬっ、む〜、怒りたいんですけど、魅力的という言葉がズルいです。……あと、ユイお姉様が羨ましいです」
なんとも言えないな、それは。シルビナが言うと、意味合いが“異性”としてなのか“妹”としてなのか、判断ができない。
「ははっ。まぁ、許してくれ。ユイ一途で行きたい」
「……」
俺の拒絶の言葉は、シルビナにどんな思いを抱かせたのか分からない。
先は分からないけども、今の俺はユイが好きだ。命を投げ出せる覚悟もある……いや、実際に命は投げ出したか。
「……ふぅ……」
「……………………なんでこっちに来た?」
波も立たせず、音もさせず、いつの間にか隣にシルビナが座っていた。
長い白髪をタオルで纏めて湯に浸からないようにしている。豊満な肉体はタオルで隠されているようだ。
頬は少し赤い、か? なんにせよ、恥ずかしさはあるようだ。
艶のある白磁のような肌に目を奪われた。なんとか理性を働かせて、横に向いた顔を正面に戻す。
「構いません」
「うん?」
俺への回答ではなさそうな、呟きを拾った。
「私はそんなお兄様が大好きですから」
言いながら、シルビナは身体を少し傾けて、俺の肩に頭を乗せた。
「……」
「……」
お互いに何も喋らない。熱が感じられるような近距離で、ゆったりと湯に漬かり、疲れを癒した。
これって浮気じゃないよな? 妹と風呂に入っただけだし。妹はまだ小学四年生。すこ〜し兄離れができていないだけ。
シルビナは二十半ばだけど……まぁ、そこはほら、精神的な? 心情的な? そんな感じですね。
必死に平静を装いながら、俺は誰にしているのか分からない言い訳を、心中で繰り返した。




