第二十八話 スピュラルト③
ひぃひぃ言いながら、俺は溶岩の川から這い上がる。
「あづづっ!」
服が燃えていた。この火山に来るにあたって、耐熱、耐火の術式が込められた、シルビナ特性の服なのに。
転げ回って火を消す。爛れて、炭化し始めた皮膚が擦れて激痛が走るが、それを気にしている余裕はなかった。
「お兄様!」
珍しく慌てた声を上げたシルビナが走ってくるのが見えた。
リザードマンは既に肉片となっている。……ああ、これは扱き確定だな。
「あひぃっ……ふひぃっ……ごほっ、ごほっ」
ようやく火が消えたと安心した俺は、仰向けのまま悲鳴にも近い荒い呼吸を繰り返すだけ。
息が妙に熱っぽく、肺、喉が焼けるように暑い。
「今治療しますっ」
傍で屈んだシルビナが俺に手を翳す。ふんわりと暖かく、柔らかな光が全身を包むのが分かった。
この世界に来て目を覚ました時に掛けてくれた治癒魔法だろう。
「こんな……爛れてっ」
痛みと熱が急速に引いていく。シルビナの顔は悲痛だ。
(こんな顔、してたんだな)
俺は死ぬと視界が暗転する。彼女の反応は見れないのだ。
目尻に涙を溜めて、口は波打つように歪む。妹にこんな顔させちゃダメ、だよな。
「はぁっ……シルビナっ、後ろ――」
まだ息は熱っぽく、喉がひりつく。痛みは我慢して、治療してくれるシルビナに警告の声を放つ。
当然ながら、ここは未だリザードマンが跋扈する危険地帯だ。
襲撃が一時的に途切れることはあっても、止むことはない。
リザードマンはいつ襲ってくるか分からない。
しかし、流石というか、俺の警告はいらなかった。
シルビナは確認することもなく、右手を鉄砲の形にして肩越しに後ろに向け、何やら、かくんと反動でも受けたように下がると、リザードマンの胸に鉛筆程度の穴が開き、倒れた。
何事もなかったように、彼女は手を翳し直す。
「【エアバレット】です。小さく速い。音もない上に不可視。奇襲などに向いた魔法ですね。欠点は射程が短く威力がないことですね」
くしくしと目尻の涙を拭うと、そう笑って説明してくれた。
「……何で俺は死ななかった?」
息の熱っぽさはもう感じなかった。少し喉が痛む程度で、会話をするのに支障はなくなった。
「元々、お兄様の身体は頑丈に作ってあります」
溶岩に落ちて人はすぐ死ぬのか、時間が掛かるのかは分からない。
でも、這い上がる余裕なんてあるとは思えない。それほどの熱量だった。落ちた瞬間は、ただただ熱いだけだ。
後に続く激痛は、動くことができるのが不思議なくらいの刺激を与えた。
しかし、俺は動けた。胸まであった見た目以上に重い溶岩の川を掻いて進み、通路に這い上がった。
「もう一つ、要因があるとすれば……」
ピンと顔の横で人差し指を立てて、考えを口にする。
片手はまだ俺の治療を続けてくれている。
「強くなったからでしょうか?」
「俺が、か?」
「はい」
そう頷いたシルビナは、優しく俺の髪に触れた。
チリチリと燃え始めていた髪の毛は、今は元の艶のある美しい(自称)グレーに戻っている。
確認はできないが、髪を梳く彼女の指に引っ掛からないし、そうなんだろう。
「この三週間、私はお兄様を何度も打ち据えてきました。最初は、骨折だってしていたはずです」
濃厚過ぎる三週間を思い出す。確かに、最初の内は骨折も多かった気がする。でも、今は……
「今は打ち身程度で済んでいます。力加減も、多少強めている部分はありますが、弱くはしていません」
あれで多少なのか。一撃受けると、内出血が凄いんだが。打ち身程度なんてレベルじゃないんだが。
「おそらく、そういう事だと思いますよ」
「よ」のところで、シャッとシルビナが手刀を振るうと、前後から迫っていたリザードマンが、合わせて五体、腰の部分から分断されて崩れ落ちた。
「実感は……まぁ、あるな」
これだけ動けるのに、ないってことはない。それは嘘だ。度々実感はしている。その分だけ、シルビナの凄さにも舌を巻くことになったが。
「大丈夫。着実にお兄様は強くなっています」
再度、優しく髪を撫でたシルビナはにこりと微笑んだ。美貌も相まって、女神のような微笑みであった。
「なので、もっと鍛錬を厳しくしても大丈夫です。リザードマン程度に、遅れを取らないようにしてあげます」
微笑みは変わらぬままに、鬼のような凄みを見せたシルビナに思わず震えが止まらなかった。色んな意味で……




