第二十七話 スピュラルト②
更に下る。断続的な襲撃が止むことはなく、リザードマンを何体も屠った。
飛び散った血が点々と衣服、肌に付着し、既に乾き切っている。
自分の汗の臭いとブレンドされて、鼻にツンとくる異臭に顔を顰めた。
「……んっ……ぷはぁっ」
ステンレスのような手触りの筒を傾けて、シルビナが【異空間収納】で仕舞っていた二百五十ミリリットルの水を飲み干す。水に混ざる若干の塩味と甘味が今は何よりも美味しい。
水分と塩分、糖分を取れば脱水症状は予防できる。
まぁ、成るときは成るんだろうけど。
「さて、ここでいいでしょう」
「ここって、まだ通路の途中だぞ」
風景は変わり映えしない。
地面に亀裂があってそこを流れる溶岩が、通路の脇にある溶岩に合流している。
前方の通路はまだ下りがあることを示している。
変わったことと言えば、この暑さくらいか。体感で、十度近く気温が上昇しているように思えるぞ。
「下へ降りすぎると、リザードマンの集落があります。勿論、私は殲滅できますが……そんな無体はないでしょう? なので、十分上質なスピュラルトが採れるここで妥協しようと思います」
無益な殺生は……ってことか。まぁ、無駄な殺しをしたいわけじゃない。
「それではお兄様、私を守って下さいね?」
「何?」
聞き間違いか? そう思ったが、シルビナはにこりと微笑んでその手にツルハシを握り、壁と向かい合う。
「彼らはこの火山を占拠しています。石一つでも彼らの物だと認識しているでしょう。掘るなど以ての外です。……では、始めますよ!」
有無を言わせず、カーンと石を叩く音が響いた。
「さぁ、来ますよ、お兄様。死なないで下さいね?」
「……ああ」
軽口のようではあったが、それは懇願だ。
俺が死ぬ度にシルビナは精神をすり減らす。
よせばいいのに、俺が死ぬと彼女は精神を過去に飛ばして追い掛けてくる。数時間、半日程度ならそれほど多くの魔力を使わないそうだ。
俺が気づいてないと思ってるだろうけど、そこまで鈍いつもりはないぞ。
溶岩が大きく盛り上がる。ザパァッと溶岩が弾けて飛沫を上げる。
勢いよく飛び出してきたリザードマンに、ハンマーを横殴りに叩きつける。
一撃では死なない。リザードマンは硬すぎる。もう一発……と殴り飛ばしたリザードマンに駆ける前に、もう一体、川の中から飛び出してきた。
ハンマーを引き戻て水平に突き出す。川に落としてやると、溶岩の飛沫が飛んできた。
「っ!」
ハンマーの自重に任せて手の中で槌を右向きに落とす。
右サイドから迫っていたリザードマンを掠める。それだけで動きは揺らいだ。
「ふっ、んんっ!」
落ちたヘッドを無理に引き上げ、横殴りに振るう。
バランスを崩していたリザードマンを転倒させる。力を伝え切れなかった所為で、その程度の威力しか出なかった。
起き上がってくる前に、ハンマーを振り下ろす。
川に押し戻したやつも今出て来たところだ。視線はツルハシを振るうシルビナに向いている。
距離は遠くない。十分届く。柄を握り、右回りに回転。遠心力も加わって、ただ横殴りにするよりも速く、強く叩けた。
リザードマンは川に面した壁まで吹き飛び、小さなへこみを作って再び落ちた。
起き上がろうとする足元のリザードマンに目一杯の重い一撃を頭に落とし、感触で砕けたのを理解して、先にぶっ飛ばしたやつが戻ってくるのを確認した。
狙いは相変わらずシルビナで、仲間を殺した俺よりも、居住区が削られるのが嫌らしい。
ハンマーを置いて駆ける。こんな物を持って走れるほど、まだ力は付いていない。
「っ」
ただまぁ、当然邪魔者は排除するようで、石斧を横薙ぎに振るった。
寸でのところで屈んで躱し、勢いを殺さぬままに腰にしがみ付いて押し倒す。
素早くマウントを取って顔面に拳を落とした。
「ぐっ!?」
硬い。鱗が鉄のように固く、俺の皮膚が浅く裂けた。顔の鱗にはトゲはないようで、それだけは安心か。
とはいえ、折角マウントを取れたんだ。逃すわけにはいかない。
殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
何度目か、十数秒に満たない時間で鱗が数枚吹き飛んだ。
集中は欠かさない。複数の足音が背後でする。
リザードマンから降りて尻尾を両手で掴む。トゲがプスプス掌に突き刺さった。
「ぬっ、ぁああっ!」
引きずるように引っ張り、腰を捻り、右足の爪先を背後に向けて、大きく開く。
腰の捻りを加え、腕を強引に回し、足を踏ん張る。
リザードマンが浮いた。感覚で百キロ近い、或いは、超える重量を感じる。それを大きく振り、身体が後方に向く手前のタイミングで手を離す。
ぶっ飛ぶリザードマン。先には狙い違わず、二体のリザードマンがいる。
足音だけで確認もせず投げたが、ドンピシャで当てられた。ラッキーだ。
ここでシルビナの手を煩わせると、扱きが酷くなるからな。
いや、強くなれるのなら願ってもないが、急激な訓練メニューの増加は厳しい。
運良く、ハンマーの近くに転がってくれたリザードマン共に近づき……
「……あ?」
シュル、と踏み出した右の足首に巻き付く感触。
見下ろせば、赤い鱗のある尻尾が巻き付いていた。肩越しに振り向けば、一体のリザードマンが佇む。
「ほっ――ぐぅっ!?」
一瞬の浮遊感。後に襲う強い衝撃が背面に広がる。
大きくブレた視界で分かったのは、振り回されたこと。壁に叩き付けられたらしいこと。そして……煌々と赤く光る下の溶岩だった。
「ひぃっ――がぁぁあああっ!!」
無様に喉を震わす悲鳴がなんとも情けなく思えた。




