第二十六話 スピュラルト①
本日二度目の更新。
ゴポゴポと煮立つ音がする。周囲は熱気で歪み、陽炎で揺らいでいた。
光源のない洞窟内を、煌々と赤く周囲を照らすそいつの正体は、溶岩だ。
足元の亀裂の筋に沿って流れる溶岩と、通路の脇に流れる溶岩に気を配りつつ、洞窟の中を進む。
幅は五メートルほど天井が三メートルくらい。幅の一メートルくらいを溶岩が占領していて、亀裂に流れる溶岩が川に合流しているようだった。
「あつい……」
吹き出る汗を拭うこともできず、奥へ奥へと進む。
背負う一メートルほどのハンマーが更に身体に負荷を掛けた。
左右に広がる槌。全体が石造りで、この暑さに耐える耐性を保持している上に、冷却の魔法式が刻まれた、魔法武器と呼ばれる価値の高い物らしい。
まぁ、魔法の使えない俺には無用の長物だけどなっ!
「この程度の暑さで根を上げてられは、先が思いやられますね」
上着を脱ぎ、タンクトップ姿になった俺と違い、軍服を着こなしたシルビナは汗ひとつ掛かずに悠々と前を歩く。
俺が思うに、彼女の軍服か自身の力かは分からないが、魔法的要因で守られているはずだ。
おそらく、熱を遮断するものか、冷気を纏うようなものだと思う。
軍帽も似た感じじゃないかな、と思う。
「……はぁ」
反論する気力もない。
通路の脇に流れる溶岩の川がゴポリと俺を笑うように泡を作って弾けた。
「なんでこんな奥にあるんだ」
この世界に来て三週間が経った。
小屋から南に進んで十キロの場所にある、ホームドット火山。そうシルビナは呼んだ。
そこの火口付近にあった洞窟に入って下ること一時間弱。まだスピュラルト鉱石の取れる場所には着かない。
スピュラルト鉱石――それは、魔素を溜め込む性質を持つ石だ。シルビナが作成してくれる、魔素吸引の魔道具錬成に必要な素材らしい。
「スピュラルトは魔素を溜め込む性質を持っています。魔素は魔力よりも強い力を持つ、そう説明しましたよね?」
「ああ、覚えてるぞ。桁が跳ね上がるんだろう?」
茹だった頭で記憶を掘り起こして返す。
「ええ。その為には、単純に強度が必要なのです。より過酷な環境下で生成された魔素の結晶体ではないか、という与太話が出る程度には謎の多い鉱石なのです」
「与太話、なのか?」
「はい。だって鉱石は鉱石ですよ。まともに見たこともない学者風情が、あたかもそうであるように語るのは常です。その声が多数上がれば、それが通説となるのです」
学者風情とやらに嫌な思い出でもあるのか、忌々しそうに吐き捨てた。
「こほん。失礼しました。兎も角、純度の高いスピュラルト鉱石はそれだけ多く魔素を溜め込めます。より深く潜れば、不純物は熱で溶かされて排出されるので、その分、純度の高い物を採掘できます。それから分かるように、鉱石自体は熱に強いので、溶かして武具や防具に練り込むことは――」
不意に、シルビナの視線が逸れた。本日五度目である。
魔物とはどこにでも存在しうる者である。この灼熱地獄の中でさえ生息できる。
シルビナの視線の先でゴポゴポッと一際大きく溶岩が泡立ち、トカゲの頭が三つ出てくる。
赤い滝を滴らせて、のそりのそりと全貌を顕にしたソイツは、リザードマンと呼ばれる魔族である。
この洞窟に入ってから四度、奴らの襲撃を受けた。
ガンジンと同じ魔族ではあるが、その生態は大きく異なる。
ファンタジーの物語であるように、百五十から二百センチほどのトカゲが二足歩行をしている。
環境によって変化するらしい鱗は、赤色でパイナップルの皮のようなトゲが付いている。
武器は石斧だ。シルビナが言うには、これも生息地に寄るらしい。こんなところで木製の物とか、金属系統の物とかは使えないのは当然だな。燃え尽きるか、ドロドロに溶けるかしかない。
その点、ここにある石で作った武器なら、熱耐性は十二分にあるだろう。
「一体、できますね」
「おう」
問ではなく、確認だ。ここに来るまで、俺は一体も相手にしていない。それはシルビナが気を使ったからだと予想できる。
それも終わりらしい。手早くシルビナが風の刃を二つ飛ばして、リザードマンの首を切り落とす。
これまでの道程で分かったのは、奴らは鱗が硬く、打たれ強いこと。
パワー、スピードも並外れている。群れでの連携は皆無。腹から顎には鱗はなくて、赤茶色で弾力のある皮膚で覆われている。
《シャアァァッ!》
仲間が死んだのに気に止める素振りはない。仲間意識は低いらしい。
石斧を振り上げたリザードマンの動き合わせて、振り下ろされる寸前の腕を左手で押さえる。右手で首を掴み、強引に引き寄せた。
リザードマンの身体は強い熱を保っていた。ジュッと手が焼かれたが、気にならなかった。
俺とこのリザードマンの身長差は十センチ程度。今の俺なら振り回せない相手ではない。
「ふんっ」
気合い一つ入れてリザードマンを通路の壁にぶつける。横倒しに身体が浮き、背面を打ち付けた。
リザードマンの体重と俺の力で壁がへこみ、パラパラと石片が散り落ちる。
倒れたリザードマンの頭を強く一度踏みつけ、起き上がる前に背負ったハンマーを力一杯叩きつける。
《グギィッ!》
一発ではダメだ。何度も何度も打つ。頭だけとは言わず、背中、広がった四肢、尻尾の付け根。
リザードマンの悲鳴が聞こえなくなるのに時間は掛からなかった。
「はぁっ……はぁっ……嫌な感触だ」
トンカチで人を殴ったことはあるが、ハンマーで叩き潰したことはない。
リザードマンの感触は石を叩いたようだったが、それが砕けると、後は柔らかい肉だった。




