第二十四話 魔王の影
「ふぬぅ……っ」
いつも登る塔とは違い、凹凸が少なくて指を掛ける場所に難儀した絶壁を登り切る。
ぜはぁっ、と息を吐き出せば、むわっとした熱気が噴出した。
大の字になる。穴の中と違って、固い質の葉がチクチクと衣服の上から、髪の間から肌を刺す。
「お疲れ様です、お兄様。ギリギリでしたね」
腕時計を持っていない俺に時間の確認などできるはずもないが、シルビナの言った刻限までには着けたらしい。
時計の文化はこの世界にも存在する。まぁ、一部のお偉いさんが懐中時計を所持しているだけ。
デカい都市部では、午前八時、正午、午後六時、午後九時の四度鐘が鳴り、それを基準に生活しているらしい。
地方の街村は、太陽の位置でざっとの時間帯の把握程度しかしない普及率だそうだが。
シルビナはそんな一部しか持ち得ない懐中時計の蓋をパチンと閉めて、懐に仕舞う。
「はぁっ……ふぅ……」
息を落ち着かせて身を起こす。火照った身体が上記を発しているようで、息だけでなく、全身から熱気が放出されているようだった。
汗もびっしょりで、綿の衣服が重たくなるほどに染み込んでいた。
下は通気が良かったが、絶壁にはそんな便利なものはなかった。寧ろ、鏡のような石が反射した光が肌を焼いて、暑さは倍増しだった。
「お水です」
差し出された木製のカップを受け取り一気に煽る。
キンキンに冷えた水が喉を滑り、胃に落ちて清涼感を与える。
「――はぁっ、ありがとう、おかわり!」
ずいっと押し返して強請る。
「はい」
シルビナには予想通りの行動だったのか、二つ目のカップが差し出された。
「――はぁっ、生き返るなぁ」
ただの冷やした水ではない。魔力を込めることで、全身に清涼感を満遍なく行き渡らせることのできる、魔法水だ。
鍛錬後はいつも、この魔法水を飲むことを勧められる。
長時間身体の熱が引かないのは、あまり良くないらしい。熱中症の原因になるとか……
この世界で熱中症になるのは、砂漠地帯か火山近郊くらいらしいが。
「それで、調べ物ってなんだったんだ?」
カップを返しながら問いかける。
正座を崩して座っていたシルビナは、カップを受け取って肩から掛けていた革のポーチに仕舞うと、言葉を纏めるように宙空に視線をさ迷わせた。
「大したことはないのです。ただ……」
「ただ?」
「上手く言えないのですが……予感、です。魔王城跡地で――魔王城は、ひなたと魔王の激しい戦闘で倒壊しているのです――そこで少し蠢くものを感じたのです」
「蠢くものを予感した、か。……第六感とか、虫の知らせ的な感じか?」
「ああっ」とシルビナは思い至ったように頷くと、ぽんと胸の前で手を合わせた。
「それです。第六感のようなものです。確信はないのですが、今朝から胸騒ぎがしていたのです」
「解消されたのか?」
「ええ。腑に落ちない点も多く、納得し得ないのですが、特に異常はありませんでした。今は胸騒ぎもありません。気の所為だったようです」
それなら良かったと言葉なく頷く俺に、「お昼にしましょう」とバスケットを取り出すシルビナ。
ポーチに関係なく、後ろ手に隠してからどこからともなく出現したそれに、首を捻ることを禁じ得ない。
武器なんかも、どこからか出現させるのだ。魔法的なものだと思うんだが、一瞬過ぎてよく分からない。
「闇魔法に部類される、【異空間収納】です。闇魔法はあまり得意ではないので、これしか使えませんが。便利ですよ」
俺の疑問を察知したらしいシルビナは、質問を投げかける前に答えてくれた。
「収納量には個人差がありますが……私の場合は“ひなた”の【異空間収納】と統合してあるので、そこそこの容量……小屋程度の広さはあると思います」
一般的な容量は分からないが、得意気な顔から察するに、そこそこに隔絶した容量を誇るんだろう。
それから、昼食を取る。
相変わらず、ゲテモノ地味た色合いの食材達に顔を顰めながらも、見た目以上に美味い料理に舌鼓を打った。




