第十七話 修行⑦
本日二話目
パラパラ、パラパラ。
僅かな出っ張りに指先、足先を引っ掛けて崖の欠片を散らしながら登る。
下を見れば緑の絨毯が広がっている。
ビル何階の高さだろう。俺の目測では七十から八十はあるか?
まだ頂上は遠く、漸く折り返し地点といったところだろう。
「……すぅ、ふっ……」
出っ張りが少し遠く、弾みを付けて飛び上がって移る。
「……っと」
伸ばした右手で掴んで上へ進む。命綱なし。落ちればジ・エンド、DES、だ。
シルビナに召喚されて二週間。日課の鍛錬の最中である。
あれから十七度死に戻った。その度に、その日の朝食時に意識が覚醒する。
二日目ではなく、死ぬ直前でもない。その日の朝だった。
以前とは違っていて、混乱することも間々ある。
「……っあっぶっ!」
次のくぼみに移った際に、足が滑って変な声が出た。
幸い、くぼみに引っ掛けた指は離れなかったおかげで、下半身が宙を泳いでも落ちることはなかった。
「怖ぇ……」
右足の爪先を、膝辺りにあった二ミリ程度のくぼみに引っ掛けて安堵の息を吐く。
三度だったかな? クライミングで死んだの。
病院の屋上とは桁違いの高さで、経験したことのない浮遊感を味わった。
召喚時に空から降りてきたが、あれは落下じゃなくて、透明のエレベーターに乗っている感覚だった。別物だな。
そう何度も経験したいものじゃない。
「のんびりしていると肉が焼けすぎてしまいますよー」
風に乗ってシルビナの声が届く。
風魔法には飛ぶものがあるらしく、彼女は崖にしがみつく俺を尻目に、ふよふよふよ〜と浮いて頂上に向かってしまった。
そこで昼飯の準備をするんだが……日の位置は天頂より東より、か?
あと数分で天頂に来るだろう。……はぁ。今日も焦げた肉を食べるのか。
焦げた肉、とも言えないか。あれはもう炭だな。
「……よっ。……ふんっ」
全身をバネに、指先に集中して、ルートを見定めて、幾つにも意識を割いて全体を見る視野を養う。
振り返れば雄大な緑が広がる。その絶景を楽しみながら、俺は炭化した昼食を取るために二十分掛けて登り切った。
この目が眩むほどの絶景を説明できない語彙力のなさが恨めしい。
……目が眩んだのは高さの所為だった。
◇
頂上で、切り株に座って昼食を取る。パッサパサのジャッリジャリのにが〜い、炭を咀嚼して、クセーフスの乳で流し込んだ。
「はぁ……最悪の後味だ」
「まともなお肉が食べたいのなら、お昼までに登らないといけませんね」
にこりと笑む、焚き火の向かいで持ち込んだ切り株に座るシルビナに恨めしい視線を送るも、受け流す笑みが返ってくるだけである。
「さて、体力も随分付いてようですし? そろそろコムラット鉱石を採掘しにいきましょう」
「コム、なんだって?」
聞き覚えのあるような、ないような単語に疑問が浮かぶ。
「コムラット鉱石です、お兄様。魔力伝動率の高い鉱石で、魔道具加工に多く用いられる代物ですね。ただ、コムラット鉱石は希少な最高級品なので、並の魔道具に使われるスポーム樹皮とは価値に大きな差が生まれますが……」
「へぇー?」
さっぱり分からん。
「ここからだと、東に十キロほど行ったところで採れます。あの岩場ですね」
俺達がいるのは切り立った長大な塔のような山だ。周囲にはゴツゴツとした岩が転がるだけで、草木の類は……まぁ、まばらに背の低い雑草が生えている程度か。
三百六十度見渡せば、雄大な緑を望める崖があり、幾つか似たような自然の塔が見える。
この景色はまさに自然の不思議、或いは神秘と呼べるのかもしれない。
シルビナが指さす先には、まだ何も見えない。小高い緑に覆われた山があり、その先に採掘所があるという。
「魔族の集落がありますから、一応許可は頂かないといけません」
「魔族、か」
この世界で初めて会う現地住民。しかも魔族ときた。
それは果たしてどんな姿なのだろうか。柄にもなく、ワクワクしている自分がいるのを、俺は自覚した。
因みに、シルビナはあくまで召喚された側であって、現地住民ではない。




