第十六話 修行⑥
「では、最後に組手をしましょう」
「お、おうっ」
精一杯の気合いを入れて、三又の銀槍を構えるシルビナに答える。
朝食時の話し合いの後、更に話し合った。
実戦に勝る経験はない。されど、それで死んでは元も子もない。故に、基礎体力、筋力の向上をメインに、シルビナとの組手で身体の動かし方と、魔道具の作成も念頭に置いて、魔素の取り込み方を学ぶ方向にシフトした。
魔素の吸収は自分でできておいても損はないからな。できるできないは置いておいて、修練は続けよう。
俺が死ぬような事態に陥っても助けないことを頼むと、死んだ報告をすることを約束させられた。
助けがいらないのは、妙な感覚がするからだ。
何が要因かははっきりしないが、身体が動かしやすくなっている。
世界を超えたからか、クセーフスの乳が内包する魔力のおかげか……
言えるのは、前回の経験値が肉体に反映されている可能性が高いってこと。
明言はできない。そもそも、筋トレとか、体力作りとかってのは、一日二日で成果は出ない。
なので、そう直ぐ効果が出るとも思えないのだ。
何が原因にせよ、死に戻り――俺はそう呼んでいる――の恩恵のようなものかもしれないと、思うことにした。
地球ではなかった、ご都合主義ってやつだな。
「いきますよっ」
シルビナに渡された直剣を、映画の見様見真似で正眼っぽく構えて、踏み込んでくる彼女の銀槍に合わせて迎え撃つ。
時刻は昼を超えて夕刻。
朝食後に森の中を駆け回り、腕立てや腹筋、スクワットに木の枝を利用した懸垂、木登りを繰り返して命綱なしのロッククライミングの真似事も昼食後に行い、素振りを手始めに五百本やらされて今現在、小屋の前で対峙するに至っている。
筋力トレーニングはそれぞれ、百回を三セット、木々の合間を駆け回るうちに、シルビナが指示したタイミングで行った。
これだけやっても筋肉が軋む程度で済むのは、やはりこの身体のおかげなんだろうな。
因みに、出逢う魔物は一瞬で霧状に変わった。
「――っ!」
組手と言うが、こっちからは反撃できない。する余裕がない、とも言うか。
剣の腹で迫る銀槍を払い、バックステップで距離を取ろうと下がるが、更に強く踏み込んで追い縋るシルビナから離れられない。
正直、脹ら脛やら太腿やらの筋肉が締まっていて痛い。膝も高く上げられない程度に重く感じている。
「せぇっ!」
「――っ」
気勢と共に放たれる横殴りの銀の雨に、鮮血が舞った。
「守るのは身体の中心です! 得物は常にその傍に置き、致命的なダメージを防いでください!」
腕や足、頬に幾つもの筋が浮き、赤い雫を散らす。
「得物は絶対に手放さないで! それが貴方の命綱となるのです!」
シルビナのアドバイスに従って、剣はずっと正眼のままにしておき、顔や胸、腹に迫る銀槍を手首のスナップと軽い腕振りで弾く。
俺が力負けしているのか、完全に弾き切れずに浅い裂傷を刻まれてしまっている。
「魔力を通すんです! 女の私でも、魔力で強化すれば、男性にだって勝てます!」
「――っ。――っ」
魔力なんて扱えないと、返事をする余裕はない。
シルビナは左手を伸ばして銀槍に添え、右手で石突近くを握って槍を突き出している。
例え、右手を引き切っても左手が刃に到達することはなく、その分狙いを定め易くなっているように見える。
足元を狙わないのがせめてもの優しさか、単純な突きだけを繰り返す。
太腿の傷は俺が弾いた刃が当たってるだけだ。
「そうですっ! 上手いですよ!」
バックステップを繰り返して近づき過ぎないようにする。
漫画やアニメなんかでは、槍はリーチが長い分懐に飛び込めば小回りが利かず、剣でも対処できると表現されているが……二、三本に見える銀槍の中を通りたくはないな。
「せあっ!」
「――づっ!?」
足に限界が来た。
バックステップを取り続けた足に痺れが走り、自分の足に片足を引っ掛けるという間抜けを晒して、大きく身体が後方に倒れた瞬間、シルビナが銀槍を器用に回転させて石突で剣を叩いて弾き、握力さえも限界だった俺は簡単に手放してしまい、無様に尻持ちを突いた。
「……参りました」
半回転させた銀槍を更に半回転させて、シルビナはへたり込んで見上げる俺の額に刃先を突き付けた。
トス、と宙を舞い飛んでいた剣が地面に刺さる音を合図にするように、にこりと笑みを浮かべたシルビナは……
「では、本日はこれまでにしましょう」
と告げた。




