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第十五話 慰め①

 四度目、押し潰されて死んだ。

 尾っぽを躱し、踏み付けは起こさせず、角を剣で防ぎ、突進を横っ飛びで躱したら、まさかの横移動だった。

 滑るような動きは気持ち悪いものだったが、実用的だったんだろう。

 コブに、普段は閉じている横穴があって、そこから蒸気を噴出させて強引に身体を滑らせていた。


 潰されたのはやつの足にだった。胴は地面より三メートルは高く、まず当たり用がない。

 学んだ。足元は要注意だ。


「……」

「……」


 さて、今現在、例のごとく朝食中なんだが、シルビナは無言だった。

 二度目、三度目、四度目に至っても、彼女は怪訝な様子で俺を伺っていたが、今回は何も言わなかった。


 何か、変だ。シルビナの行動? 雰囲気、か? どうもただならぬ、と言うか、不機嫌そうだ。

 イライラしているようにも見える。


「……シルビナ、どうかしたのか?」


 考えても埒はあかない。聞いてみるのが一番だ。

 クセーフスの乳を一口飲み下し、聞いた。


「どうかしたのか、ですか?」


 俯いたシルビナが、呟く。表情は長い髪に顔が隠されて見えない。


 おぉ、なんだこれ。緑白とでも言うのか、白み掛かった緑色の冷気のような靄が彼女の身体の周りをユラユラと漂う。

 漫画で見るようなオーラ的なやつか。


「お兄様」

「お、おう?」


 感情を押し殺したような声。


「――っ」


 バッと顔を上げた拍子に、シルビナの髪が宙を踊る。弾みで、例のアレがバルンと弾む。たゆんたゆんと余韻を残した。


 色々強烈だったが、彼女の目尻に涙が浮かんでいるのが見えて、健康男児特有のリビドーは無理くり抑えた。


「な、なんだ? どうしたんだ?」


 思わず立ち上がってオロオロする。

 兄ちゃんパニックだよ。泣かせるようなことしたか? 四度目まではなんともなかったはずだが……


「私は信頼に足りませんか?」

「は、あ? へ?」


 突拍子もない問い掛けに、間抜け面を晒す。


「お兄様は私を信頼しては下さりませんか?」

「ま、待て待て待て! 何の話だっ? シルビナっ、何の話をしているっ!?」


 テーブルを迂回してシルビナの傍に寄る。

 膝を突き、彼女の身体の向きを俺に向かせて両手を肩に置いて、ゆっくり擦る。


「……」

「シルビナ、俺が何をしたんだ? 話すって何を?」


 目を合わせず、再び俯くシルビナにゆっくり語り掛ける。肩を擦る手は止めない。


 ひなたを宥める方法なんだが、これが彼女に効くかは不明だ。


「私は……お兄様の記憶を、覗き、ました」


 効果があったのか、ただシルビナが決心しただけなのかは分からないが、ぽつりぽつりと話始めた。


「……うん?」


 魔法的な何かだろうか。俺には分からないが、まぁ一先ず聞く姿勢の方向で。


「お兄様はやはり昔とは違います。そこが不審だったんです」

「……」


 その自覚は……ある。

 昔の性格は正直思い出せないが、確実に元の世界での友人は減った。無愛想になって、付き合いが悪くなったからかもしれない。


「ですが、記憶を覗いて分かりました。貴方は変わっていません。優しくて、甘くて……優しい? 大好きなお兄様ですっ」


 何故疑問形だ。しかも二つしかないし、意味合い的には似通い過ぎてませんかね?

 まぁ、幼い妹からすると、それで十分なのかもしれないが、シルビナが言うとフォローされた感があって、逆に傷付いたんだが。


「私は貴方の過去を見ました。唯華お姉様を救う……」

「……ああ、そうか。それで」


 なるほどと頷く。それは多分早朝――一度目の、と注釈を入れるが――起きたときに泣いていたことだ。

 俺を哀れんだか、不憫に思ったか。いづれにせよ、俺のために流してくれた涙だったのか。


「……今のお兄様は何度目ですか?」

「……」


 うぅむ、そこまで分かるのか? 俺がタイムリープしたことまで……


「答えてください。私は何度、貴方を殺してしまいましたか?」

「――っ!?」


 そうくるかっ。

 いや、結論としては当然か。俺の過去を覗いたなら、タイムリープの条件も把握しているはず。

 ならば、だ。今の“俺”が何度目かの俺だと判断できるなら、この先の俺がどうなるか、と予想できて然るべき、か。


「……貴方が過去に戻ったとして、その時間軸は消滅すると思いますか?」

「……」


 可能性は考えたことがある。俺には確かめようもないが。

 選択肢を選ぶ度に世界は無数に分岐する。所謂、並行世界ってやつだな。


 右と左の道、どちらかに進むとして、右を選んだとする。だが、可能性としては左を選んだ未来もあるかもしれない。

 選んだ道の先で、それぞれ別々の出来事が起きて未来は分岐していく。……的な話だったと思う。


 可能性の話だ。ただ、俺が過去に戻ったとして、その先はどうなるのかは……


「消滅するのですけど」

「……は?」


 目尻の雫を拭い、にこりと微笑む。

 うん? シルビナは何が言いたいんだ?

 訳が分からず、首を傾げた。時間軸の話はしっくりきたんだが。


「お兄様が亡くなった後、世界は録画動画のように、逆巻再生されます。そして、新たに上書きされるのです」

「なんだ、それ?」

「恐らく、スキルではないかと。……詳しくは、教会で鑑定して頂かないと分かりませんが」


 また分からない単語が出てきたぞ。いや、スキルとか鑑定って意味は分かるが、その用途だな。


「詳しくはまた追々」


 同意して頷く。

 話が逸れすぎるからな。


「お兄様が亡くなった後、私は茫然自失となりました。ですが、直ぐにお兄様の過去を思い出したのです。もしかしたら、という希望的思いと、お兄様の朝食時の反応で……」

「俺が何度かタイムリープした後だと思った?」

「はい」


 なるほど。不審な点は幾つかあったろうからな。


「世界が巻き戻るまで、少しのタイムラグがありました。それを利用して、私は過去の自分にメッセージを残したんです」

「そんなことができるのか?」

「はい。光魔法は多くの力を行使できます。異世界を覗くには闇魔法との混合が必要でしたが、ただ記憶を留めておくだけならば、拒絶の力を持つ光魔法で十分でした」

「それはつまり、どういうことだ?」

「私の記憶を拒絶の力で覆い、巻き戻る力の干渉を防いだのです」


 それがどれほど凄いことなのかは俺には分からない。

 ただ、俺が死ぬと世界が巻き戻るっていうのも不思議な話だ。それこそ、世界に干渉できる力じゃないか。なんで俺にそんな力が?


「ですから、頼って欲しいのです。お兄様の特殊性は理解しています。無理なら無理と仰ってください。今はまだ雌伏の時。鍛錬こそが、最優先されるべきなのです」

「……」


 考えたこともなかった。頼るとか、相談するとか……


 話したところで、日本じゃ誰が信じるとも思えなかったからな。全部自分で解決しないといけなかった。


「……分かった。お前がそう言ってくれるなら、甘えようかな」


 抵抗はあるけども、ザモーロの攻略に先が見えなかった俺は、シルビナに甘えることを決心した。

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