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第十三話 修行④

 いきなり討伐せよと言われたところで、「はい、やります」とはいかない。

 こちとら、戦闘訓練なんざ受けていない一般人だ。戦える身体があるってだけで、戦うことができるわけではない。


 俺がユイを救うときに養ったのは、危機察知能力とも言える直感だった。

 直剣を躱すときにヒリつく本能と表現したが、これは感覚的なもので、実際にヒリヒリと痛むわけではない。


 なんと言うんだろうな。背筋に冷や水を浴びる的なものだろうか?

 緊張感のようなものがあって、それに従って身を捻ったりすると、攻撃を躱せるってことだが……まぁ、どうでもいいなこれは、うん。


 兎にも角にも、直剣を右手で抜きさり、ヒュンと振るってみる。

 半ばまで刺さっていたのに、簡単に引き抜けたのは、こいつが相当な業物だからだろうか?


「……軽いな」


 真剣とはイメージでそこそこの重みがあるんだと思っていた。

 刃渡りは八十から百センチ程。幅は十五センチってところか。T字の鍔は無骨な鉄で、端から端まで三十センチくらい。グリップに紺色の布が巻かれている。


(軽い、が……重いな。これは)


 物理的な重さではない。精神的な重圧感が右腕にのし掛る。包丁やカッターナイフ、ノコギリなんかにはない重みだ。

 それらの用途は調理や創作なんかがあって、俺はそれ以外には使わないし、思いつきもしない。

 しかし、剣ってのは明確にナニかを傷付けるための道具だ。ナニか、とは有機的なナニかだ。

 動物や人を傷付けるための武器だ。その重みがこの直剣を実際のそれよりも重く俺に感じさせた。


 余談だが、俺に生物を殺す忌避感は薄い。気分の良いものではないが、できなくもない。

 彼女を何度も殺したんだ。今更なにを傷つけようと、浮かぶ感慨はない。……と思う。実際に誰かを手に掛けたことはないから、なんとも言えないが。


 殺せと言うならやってやろうじゃないか。できるかできないかは兎も角、やらなきゃひなたを救えないって言うなら、やるしか道はない。


「すぅ……ふぅ……よしっ」


 浅く呼吸を繰り返して意気込む。


 俺を見失い、周囲を彷徨うザモーロ。木々の影を利用して死角に入るように移動する。

 格上を相手にするとき、正面に立つべきではない。常に死角を狙い不意を打つ。それがセオリーだ。


 ただ、魔物って常軌を逸した生物にそれが通用するかは分からないけど。


 ザモーロは興奮していない。赤いラインは残っているし、背のコブからも噴煙が上がっているが、猛追するような勢いは見られない。


 背後に回る。背からなだらかに垂れ下がる尾が見えた。身体と同色の尾っぽだ。

 尾っぽの長さだけで七、八メートルはあるぞ。しかも尾っぽの先には、岩と見まごう程の大きさの石がハンマーよろしく付いている。

 あの長さで振られたそれの威力が如何程になるのか……試したくはないな。


「……っ!」


 チャンスを伺うことはない。なるようにしかならないのだから、仕掛けるタイミングは俺の気負いが削がれていない今のうちなんだ。


 彼我の距離は十メートルもないように思う。十数歩で到達する距離感を、ドタドタと荒く地を蹴って駆ける。


 それが良くなかったんだろう。尾っぽがしなるのを視界が捉えた。

 ヒリつく本能に従おうにも、動き出してしまってはもう止まれない。

 緩急なんて言葉を聞くが、素人の俺にそんな器用な真似もできない。

 というか、ダメだこれ。完全に範囲圏内だ。尾っぽを振り切る。


 尾っぽがしなるのは見えたんだ。でも、その先は無理だった。

 猫と猫じゃらしで遊ぶように、振るった先が見えなかった。俺が認識出来たのは、左半身が凄まじい衝撃を受けたことだけだった。


 身体が横弾きに跳ね上がったのは分かった。迫る木――どちらかというと、俺が向かった感じだが――が一瞬で視界の全てを満たし、痛みも感じぬままに意識が暗転した。


 ………………

 …………

 ……


「……っ」


 唐突に引き寄せられるような感覚が俺を襲う。

 飛んだ意識の覚醒と表現するのが正解かもしれない。


 この感覚を俺は知っている。

 これは俺が死んだ後だ。天国地獄極楽浄土なんてものじゃない。ここは、現世だ。


「お兄様?」


 正面から声が掛かる。意識を向ければ、白髪の美女が向かいに座っていて、不思議そうに首を傾げていた。


「……」


 シルビナの服装を眺め、並べられた食事を見やる。

 太陽の位置から、朝だというのは分かった。問題は一日目か二日目か。


 シルビナの服装に変わりはなかった。確か、一日目と二日目の朝は一緒だったな。

 ならば……


(鳥肉の串焼き、レーズンパン、カニ蒸し、クセーフスの乳……二日目、か)


 それは二日目の――俺が死ぬ朝に食べた献立だった。


 ……っていうか、俺はまた過去に戻ったのか。数時間の間隔は初めてだが。


「お兄様? お口に合いませんか?」

「あ、いや、大丈夫だ。問題ない」


 少しの間、訝しむように眉根を寄せていたシルビナは、食虫ぶどうとかいうおっかないぶどうを干したものを混ぜ込んだパンを齧り、食事を再開した俺を見て、自分の食事に集中する。


 ほっと息を吐き、考える。

 多分、俺は死んだんだ。ザモーロの尾の直撃を受けて。シルビナが助ける余地もなく、な。

 ユイが死ななくなってから試したことはないが、俺の特性は活きていた。

 それは疑うべくもない事実だ。ただ、戻るとすれば何故この瞬間なのか……


 ユイが死んだあの日ではなく、何故俺が死ぬ日の朝なんだ?

 分からない。分からないが、やり直せるなら何度でも繰り返すだけだ。

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