第十二話 修行③
……嫌な夢を見て目を覚ます。
それは過去の記憶だ。何度も繰り返し、ユイを救おうと奮闘する、愚かな男の奮闘記。
「……シルビナ……泣いているのか?」
ベッド脇に気配を感じて顔を向けると、白髪の美女が脚を広げて座り込んでいた。
白磁のような頬をツーと、透明の筋が目尻から流れて伝い、顎先から雫を垂らす。
「いえ、大丈夫です。さて、今日も鍛錬鍛錬ですよ! 厳しくいきますからねっ!」
細い指先で涙を拭う。
誤魔化すように声を張り上げ、シルビナは勢いを付けて立ち上り、むんっと気合を入れて胸を挟むように力こぶを作ると、身体を弾ませて髪と胸を揺らした。
「……ぉお」
「お兄様?」
その迫力に感嘆の息を漏らすと、訝しむシルビナに声を掛けられる。
少し眉根が寄っている。
「お、おう?」
「気合を入れてください。今日は昨日の比ではありませんよ!」
「お、おー」
どうも危惧していたことではなかったらしく、昨日とは別人のようなハイテンションで、「おーっ! ですっ」と右拳を握って掲げる彼女を真似、「おー」っと声を出す。
視線はシルビナの弾む胸に釣られながらも、俺もテンションを上げていく。
何だこのノリ。シルビナは寝てないみたいだし、どうも飲み込めない。
泣いていた理由と、関係あるんだろうか?
ところで……
「おーっ!!! ですっ!!」
「おー!!」
いつまで続くんだ、このノリは……
◇
「……ひぃっ……はぁっ……ひぃっ……はぁっ……」
「もっと呼吸はしっかり行ってくださいっ。ちゃんと空気を取り入れないと、苦しくなるばかりですよ!」
息も絶え絶えに、シルビナを追う。根を潜り抜けて跳び越えて、足場の悪いデコボコの地形を片足でトントンと跳ねる。
《ブズァァァアアアッ!!》
背後には、蒸気のような白い靄を背中のコブから噴出させて俺達を追うバッファローのよう魔物。
全体が緑の苔に覆われていて、温厚そうな雰囲気がある。
ただ、さっきシルビナが魔法をぶつけて怒らせるまでの話だけどな……!
黄色だった目を赤く光らせ、身体中に筋が浮き、赤いラインが走る。
ゲームで見た怒るモンスターそのものだ。
例の如く、その大きさは超大だ。昨日、俺を襲ったカメレオンワニ――スプロムというらしい――や嘴トラ――ドーラというらしい――の数倍のデカさだ。
「……ひぃ、ひひぃ……」
もう悲鳴か呼吸か自分でも判別できない、空気の漏れる音だけが口から出る。
追い駆けっこが始まって十数分は経っただろうか? ヘロヘロの走りなのに、何故か奴は追い付けないでいる。
「頑張ってくださーい。あと二十分は走ってくださいねー」
「……はっ、はぁ……?」
上から声が降ってくる。
気付けば、シルビナは前方におらず、高い木の上から見下ろしていた。
「……この、鬼がぁ……っ」
「……余裕がありそうです。更に二十分追加で」
俺の声が聞こえるはずもないのに。シルビナの声が聞こえるはずもないのに。
何故か声が届く。ドキャッ、バキャッ、と木々を粉砕する魔物が爆音を鳴らしているのに……
「風魔法の応用です。術者の能力次第でどんな音も、小さな声も拾えます。届かせられます」
「……そう、かよ……っ」
魔法ってなんでもありだな。そう思うも言葉にならず。ちょっとした悪態だけが漏れる。
盛り上がった根っこに足を乗せて跳ぶ。この身体はシルビナが用意した戦闘可能なものらしい。
考えようによっては、ホムンクルスと呼ばれるものではないだろうか? と、霞み始めた思考で思う。
「――づぅっ!」
驚くことに、三メートルは跳んだ位置で腕を幹に引っ掛けて身体を回す。
アニメや映画で見た、電柱やらポールやらに腕を引っ掛けて回転みたいな動きをしてみた。
振り子のように身体がぶん回されたが、木の滑りが悪いし、太くて捕まえきれずに途中で投げ出された。
その浮遊感も怖かったが、引っ掛けた腕が木に擦れて痛い。
「ふぶっ!?」
背中から落ちた。しかも、隆起する根っこの上に。
「痛そうですね。ですが、寝ている暇はありませんよ? 実戦ではもっと深刻なダメージを負った状態で、敵対者と相対しなければなりませんからね」
(……二日目からこれとか、鬼畜めっ)
降ってくる声は上空から、見れば木の枝に立ったシルビナが見下ろしている。高みの見物を決め込む彼女に心内で悪態を吐き、身を起こす。
背中と腰にピリッとした痛みが走るが、走れないことはない。この身体は相当頑丈な作りのようだ。
「――ふぅっ」
俺の急激な方向転換に、苔むした魔物――ザモーロは対応できずに通り過ぎていた。
息を整え、身を低くして、奴に見つからないように駆ける。
もう趣旨が変わっているような気もするが、シルビナが何も言わないってことは、別に構わないんだろう。
木々を遮蔽物にして身を隠して移動していると、ヒュンヒュンと風切り音が聞こえてくる。
ヒリつく本能に従い、立ち止まりって頭を後ろにずらす。
鼻先を直剣が掠めて通り、トス、と軽い音を立てて木に突き刺さった。
「予定変更です」
「あ?」
「ザモーロの討伐。それを訓練内容にしましょう」
「はぁっ!?」
突然のぶっ飛んだ内容変更に、俺は素っ頓狂な声を上げざるを得なかった。
あぁ、俺の可愛い天使が、悪魔に変わってしまったようだ。時間とは、異世界とはなんと残酷で無慈悲で不条理なんだ。
余りの妹の変わりように、俺はこの世界を心底憎む。
そして思い至る。そういえばアイツ寝てなくね? と。
つまり、だ。これは徹夜ハイテンションの続きではなかろうか、と。




