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第十一話 修行②

 振り出しに戻る、というよりかは、時間のロスを思えばマイナスのスタート感が否めないが、兎にも角にも、気を取り直して魔素吸収のレッスンである。


「こほん、少し足踏みしてしまいましたが――」

「足踏みっていうか、後ろ向きに歩いた感じだけどな」

「……っ」


 はい睨まれました。漫画なら、キッとか、ジロって擬音がつく鋭さだった。

 でもなんだろうな。さっき感じた圧力はない。いや、完全になくなったわけじゃなくて、弱まったって感じか。

 これは俺が魔力を得たからなのかもしれない。


 まぁ、弱まっても、怖いものは怖いが。

 怒らせないようにしよう、そう考えて半日も経ってない。学習しないと、さっきの魔物共みたく、細切れにされるかもしんない。気を付けよう(二度目)。


「大気中の魔素の感知は困難です。世界中に満ちていますから、並外れた感知能力でも持たないと、感じることは不可能でしょう。相当な濃度の魔素溜りでもなければ、私も感知できませんし」

「おい、じゃあどうやって教わるんだ」

「……」


 ああ、これは考えてなかったパターンだ。多分、俺が魔力を扱えるようになるまでの間で、考えるつもりだったんだ。


 口振りからして、魔素変換器官を持たない者は少ないか、いない。だから全て手探りになってしまうんだろう。


「……魔素は感知できないとダメか?」

「………………いえ、常に大気中にありますから、感知しなければ、ということはありません。ただ……」


 俺の疑問に熟考して答える。そして言葉を切った。考えを纏めているようで、細い顎に人差し指を当てて目線を伏せる。


「……大気中には魔素以外にも多くのエネルギーが漂っています。それが人体にどのような影響を与えるかは分かりません。良い影響を与えるとは言い難いので、魔素のみを分別して吸収して欲しいのです」

「なるほど……」


 多くのエネルギー、か。それがどんなモノかは俺には分からないけど、シルビナがそう言うならやっぱり魔素は感知できた方が良いのか。


「……ふぅ、仕方がありません。面倒なので手っ取り早くお兄様に魔素吸収の術を得て欲しかったのですが、魔道具を作成しましょう」

「……魔道具、ね。それはあれか? 魔力で作動する魔法的アイテムか?」

「ええ。マジックアイテムと呼ぶ者もいますね」


 相当に億劫なのか、深い溜め息と共に肩を大きく落とす。

 用意してもらう立場で、「そんな便利なものがあるなら、最初から用意しとけよ」とは言えない。

 今までの時間はなんだったんだ、と文句の一つくらい言いたいが、まぁ、魔素と魔力への理解を深めたってことで飲み込んでおこう。


「材料が必要ですね。魔素を溜め込むスピュラルト鉱石に伝導率の高いコムラット鉱石。魔素を通さないクワンドの木、術式を込め易いセプラムの角も必要ですね。どれもセルベティアにありますから、収集は容易かと……ただ、それぞれ距離がありますので、時間は掛かると思いますが」

「ひなたの身体は今すぐどうにかなるってことはないのか?」


 それが心配だ。時間を掛けてこの世界の人間が妙な気を起こして火葬するとか、土葬するとか言い出して実行した際に、もう本物のひなたに会えないなんてことになれば……


「断言はできませんが、魔王が討伐されてまだ三年。平和の象徴として祀った“私”を、そう早く撤去はできないでしょうし、衰えさせることもないかと。勇者は不滅だと民に知らしめるためにも、保存魔法は定期的に掛け直しているはずです」

「……人の妹を利用しやがって」


 聞けば聞くほど利己的な連中だと思う。

 まぁ、この世界の住人でないなら、人権なんて考えていないだろう。まるで奴隷だ。


「時間的猶予はあります。今はお兄様に戦える力を身に付けて欲しいのです」

「……分かった」


 ひなたの扱いを思えば、早く救ってやりたいが、シルビナの言うように戦う力は必要なんだろう。


「では、魔素の吸収は後回しにして、先に肉体を鍛えましょう」


 ふふっ、という笑い声とと共に、どこから取り出したのか、シルビナは白銀の三つ又の槍を構えていた。


 右足を出して腰を落とし、右手を穂先近くに添え、左手は腋の傍にある柄を握る。

 一メートル五十センチはあるだろう。


「はい?」

「さぁ、立ってください。刃引きもしていないので、当たると切れますよ?」


 ギラリと木漏れ日を反射させる。シルビナの腕に力が入ったのが分かる。


「……っ」

「怪我は治せますので安心してください――っ」


 俺が慌てて立ったのを見計らい、一歩右足で更に前へ進む。左足が地面を薄く削るように滑る。


「――っ!」


 咄嗟の動きで左半身を開いた。


「良い判断です。武術の心得もないのに、最小限の動きで躱しましたね」


 胸の前を通ったらしい三つ又の槍を引き、構え直す。

 同じく右足を前に出す構えだ。俺は蹈鞴を踏んで後退さった。


 フォークのように均一の長さではない。

 左右の刃が真ん中の刃よりも短くなっている。真ん中は直剣のように鋭く、左右は外向きの片刃で、内に向かって僅かな反りがある。


「回避に専念してください。今はその目を養うことが肝要です」

「あ、ああ」


 不満がないわけではない。むしろ、ありありで、納得もなにも、展開の速さにも付いていけてない。

 ただ、さっき魔物に襲われたとき、俺は運に救われた。シルビナが張っている結界がなければ、とっくに死んでいた。


 この世界で俺が生き抜くには、まず戦う力が必要だ。それがなければ、ひなたを救うことすらままならない。


(大丈夫だ。痛い思いなら何度もした。死ぬ恐怖は何度も味わった。大丈夫だ。俺は挫けない。とうの昔に壊れた俺は、もう壊れない)


 そう言い聞かせる。正直に言うと、痛いのは嫌だし、死ぬのは怖い。でも、失うのはそれ以上に嫌だし、怖い。

 もう理不尽に大切な人を失いたくない。


 だから……


(必要なら強くならないといけない。ひなたを救うためなら、どんな苦も受け入れる)


 決意も新たに、俺はシルビナを見据える。

 当面の目標は……


「――ぐぅっ!?」


 横薙ぎに振るわれた柄が俺の脇腹を打ち据えた。


「……っ? 先程と速度は変わりませんが?」


 シルビナの動きを捉えることかな。

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