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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

パン粉 台本集

正体不明

作者: パン粉

「正体不明」 作:パン粉


○三里 橙真  18歳

 主人公。橙真の偽物。優梨のことが好き。優梨にフラれたことで現実逃避している。自己中心的でご都合主義。若干人間不信に陥っている。

◯渡辺 優梨  18歳

 流されやすい性格で、気が弱い方。後悔しやすい。集団心理には勝てない。哲のことが好き。橙真の影の努力を知っているため、嫌いではない。

◯手毬 哲  17歳

 外面は誰にでも優しく、優等生。しかし、他人を陥れることが何よりの楽しみ。目的のためならなんでもする。たまにうっかりすることがある。


 明転。卒業式後の教室。机は綺麗に整頓されている。

 三人が楽しそうに話している。


哲「__というかさ、校長先生めっちゃ泣いてなかった?」

橙真「それな! 祝辞のときから泣いてた。さすがに泣くの早すぎだよな」

哲「な。きっと終わる頃には体内の水分からっからやな」

優梨「ちょっと橙真くん、哲くん。先生のことそういう風に言うのはダメだよ。失礼でしょ」

哲「聞いてないからいいんだよ、なあ橙真?」

橙真「うんうん。あ、でもちょうどそこの廊下にいて聞いてたら面白いな」

優梨「それはホラー」

哲「お前も十分失礼だっつーの」

優梨「そういえばさ、話変わるけど」

橙真「ん、何?」

優梨「駅前に新しいパン屋さんができたの知ってる?」

哲「ああ、知ってる知ってる。なんか有名人の顔をかたどったパンが売ってるんだってな」

橙真「何それ」

優梨「知らないの? 確か三日前くらいにできたんだよ」

哲「こいつ電車通学じゃねーから知らねーんだよ」

優梨「なるほど。じゃあ何も知らない橙真くんに優しく分かりやすく説明するとね」

橙真「なんかすごいバカにされてる感がするんだけど」

哲「えー、社長は大山平治郎、資本金が八千四百九十万、本店の創業年は」

橙真「そういうことを聞いてるんじゃない!」

優梨「本店の創業年は1999年7月9日。支店は今回新しくオープンしたのを合わせると」

橙真「だからそういうことを聞いてるんじゃない! 二人してボケるな!」

優梨「え、違ったの?」

橙真「本気だったの!?」

優梨「うん」

橙真「…………」

哲「諦めろ、優梨はそういう奴だ」

優梨「そういう奴ってどういう奴?」

哲「お前みたいな奴だよ」

優梨「だからどういう奴?」

橙真「やめよ、頭混乱してくるから」


 哲、ふと時計を確認する。


哲「あ、やべ、俺先生に呼び出し食らってるんだった」

橙真「おいおい、いつ来いって言われてるんだよ?」

哲「卒業式終わったらすぐ」

優梨「もう式終わって2時間くらいたってるけど……」

橙真「やばくね? ってか何の用事だよ」

哲「ちょっとな。部活の引き継ぎが上手くいってないみたいでな」

橙真「卒業したっていうのに大変だな。早く行って来なよ」

哲「そうするわ。んじゃ、ちょっと30分、いや5分待ってて」

優梨「どっち?」

哲「5分!」

橙真「早いな」


 哲、上手にはける。


優梨「大丈夫かな、哲くん。怒られないといいけど」

橙真「さすがにそれは無理」

優梨「そうだよね……はぁ、何やってんだか」

橙真「相変わらずあいつは、卒業式の日だっていうのに騒がしいよな」

優梨「本当に馬鹿だよ」

橙真「今更」


 間


橙真「なあ、優梨。ガラッと話変わるけどいい?」

優梨「何?」

橙真「なあ、優梨」

優梨「だから何?」

橙真「好きだ」

優梨「……へ?」

橙真「だから、お前のことが好きだ、って」

優梨「……え、うそうそ、冗談やめてよー」

橙真「うそじゃない。俺は、ずっと優梨のことが好きだった」

優梨「う……。ほんと、なんだ」

橙真「うん。だから、俺と付き合ってくれないか?」

優梨「……あの、なんでいきなり」

橙真「今日で俺たちお別れだろ? スマホがあればいつでも連絡取れるけど、でも面と向かって話すのなんて今日が最後だと思うんだ。だから、その、後悔しないように」

優梨「……そっか。橙真くんらしいね。うん、いいよ。私も橙真くんのことが好きだよ」

橙真「ほ、本当か!」

優梨「今嘘言ってどうするの。本当だよ」

橙真「……よっしゃあ! 優梨と付き合える日が来るなんて……! これで俺はいつ死んでもいい」

優梨「ちょっと、物騒なこと言わないでよ」

橙真「だって考えてみろ。一年生の頃から気になっていた優梨と付き合えるんだぞ? これ以上の幸福は、ない」

優梨「い、一年の時からなんだ……へ、へ〜」

橙真「あ、今ちょっと引いただろ」

優梨「ちょっとどころじゃなく引いてる」


 哲、上手から戻ってくる。


橙真「あ、哲。どうだった?」

優梨「先生に怒られなかった?」

哲「ふ、よく聞け。引き継ぎはな……」

橙真、優梨「うんうん」

哲「終わってたわ☆」

橙真「は?」

哲「いやだから、俺が行ったら『あ、もう引き継ぎ終わったんで、お疲れデース』って言われたから帰ってきた」

橙真「お疲れ」

優梨「まあ、平和的に終わったからいいんじゃない?」

哲「だよな。……ん、なんかお前ら、いつもより距離近くね? 不潔だ!」

橙真「不潔だって……お前女子かよ」

哲「だって不純異性こ」

優梨「わーー!」

橙真「て」

優梨「わーー!」

橙真「ちょっと俺のセリフまで遮んないで!?」

哲「仲良いな。もしかしてついに付き合うようになった?」

橙真「あれ、なんでばれた?」

哲「ふ、実は盗み聞きを__」

優梨「聞いてたの? 最低!」

哲「してないんだ」

橙真「ガクッ。じゃあなんだよ」

哲「なんとなく」

橙真「なんだ、ただの憶測かよ」

哲「悪いか」

橙真「悪くはないけど……」

哲「まーなんにせよ。よかったな」

優梨「面と向かって言われると恥ずかしいんだけど……」

哲「ちょうどいいから、これお祝いな」


 哲、ポケットから宝石を取り出す。橙真、それを受け取る。


橙真「これは?」

哲「人工ダイヤ……もとい、おもちゃの宝石だ」

優梨「お、おもちゃ……」

橙真「お祝い安っ!」

哲「失礼な。これはただのおもちゃの宝石じゃない。ちょっとした効果のある、百均で売っていた宝石だ」

橙真「まさかの百均!」

優梨「へー、そんなの売ってるんだ」

哲「ああ、いろんな種類売ってたぞ。行ってみるか?」

優梨「遠慮しとくよ」

哲「なんだ、残念」


 間


哲「あーあ、こうなるともう俺は邪魔者だよなー。どうしよ、縁切ろうかな」

橙真「なんでそういう発想になった?」

哲「だって俺には彼女いないのに、目の前でいちゃいちゃされたらイラつくじゃん」

橙真「そこ?」

優梨「いちゃいちゃって。べ、別に人前でそんなこと」

哲「照れるな! むかつく!」

優梨「はい、ごめんなさい!」

橙真「なあ、別に縁切ることはないだろ。俺は哲とはずっと友達でいたい」

優梨「私もだよ」

哲「……あーもう、そんなこっちが照れるようなこと言うなよ。まったく。早く帰れ! 先生に怒られるぞ」

橙真「はいはい」


 橙真、優梨、カバン持って上手に向かう。


優梨「あれ、哲くんは一緒に帰らないの?」

哲「ふ、この状況を見てそんなことが言えるか?」


 哲の机の上には教科書が積み上がっている。そして散らかっている。


橙真「それくらいなら待つけど」

哲「俺の片付け能力を甘く見るなよ? 部屋の机の上を片付けようとしたらいろんなものが出てきてそれに気を取られ、結局いつまで経っても片付かないんだ」

優梨「それは片付け能力とは別のような……」

哲「お前らは俺が言外に二人で帰れって言ってるのがわからないのか!」

橙真「なんだ、そういうことだったんだ」

優梨「わかりづらいよ哲くん」

哲「お前らがバカなだけだ」

橙真「そういうことなら、お言葉に甘えて」

優梨「じゃあね、哲くん」

哲「ああ、二人ともまた今度な」


 二人、上手にはける。哲、ぱぱっと荷物をまとめて、電話をかける。


哲「もしもし? 俺だけど。ああ、今行ったからさ__」


 暗転。哲は上手にはける。

 舞台の前だけ明転。上手から橙真と優梨が出てくる。


橙真「お、あれがお前と哲の言ってたパン屋さん?」

優梨「そうそう、あの場違いなほどにおしゃれな店! 行ってみよ!」

橙真「ちょ、走るなよ」


 優梨、下手に向かって走り出す。


橙真「優梨、危ない!」

優梨「え?」


 橙真、下手に向かって走る。暗転。

 音響、ド派手な衝突音。


 明転。卒業式後の教室。机は綺麗に整頓されている。

 橙真は机に突っ伏して寝ており、哲と優梨は楽しそうに話している。


哲「というかさ、校長先生めっちゃ泣いてなかった?」

優梨「それ。さすがに泣くの早すぎだよね」

哲「祝辞のときから泣いてたし。きっと終わる頃には体内の水分からっからやな」

優梨「さすがに失礼だよ」


 橙真、飛び起きて椅子から落ちる。


橙真「痛っ! っう〜〜」

哲「あはははは! 三里、お前なに一人ギャグしてんだよ」

優梨「ドジすぎ。なに妄想してたんだか」

哲「きっと自分が勇者になる夢でも見てたんだぜ」

優梨「うわー、引くわ」

橙真「え、え? なんで俺こんなところで寝て……ってか、昨日卒業したはずじゃ」

優梨「そういえば、駅前に新しいパン屋さんができたの知ってる?」

哲「ああ、知ってる知ってる。なんか有名人の顔をかたどったパンが売ってるんだってな」

優梨「そう! さすが哲くん。流行に乗ってるね」

哲「地元の支店によく行ってたんだ。千円くらい売り上げに貢献した」

優梨「安っ」

橙真「え? 二人とも、その話昨日もしてなかった?」

優梨「え、何?」

哲「昨日もって……俺ら、この話は初めてするけど」

優梨「というか、今までずっと私たちの話聞いてたってこと? 盗み聞きなんて最低」

橙真「いや、違、そんなつもりじゃ」

哲「じゃあなんだよ」

橙真「えぇっと……その」

哲「は? はっきり言えよ」

橙真「別に、その……なんでもない」

哲「はぁ? なんだよこいつ」

優梨「いきなり話に入ってきてこれとか、ないわ」

哲「まさしくそれ。今までろくに話したことのない根暗のくせにな」

橙真「今まで話したことのない? 嘘だ、昨日まで普通に話してたし、それに俺たち友達だろ?」

哲「自意識過剰ウケる。どこをどう勘違いしたらそうなるんだ」

優梨「さっきまで夢でも見てたんじゃない?」

橙真「夢? そんなはずは」

優梨「ないって言いきれる?」

哲「無理っしょ。どう考えてもさっきから頭おかしいぜこいつ。あ、いつも通りだったか」

優梨「なんか気味悪いね。被害受ける前に早く帰ろ」

哲「そうだな。っと、思ったけど悪い。俺先生に呼び出し食らってたんだ」

優梨「それいつ。もう卒業式終わって2時間くらいたってるけど……」

橙真「え、それも昨日のことじゃ」

哲「卒業式終わったらすぐって言われたんだ。ちょっと急ぎで行ってくるわ」


 哲、上手にはける。優梨、帰る支度をする。


橙真「な、なあ優梨」

優梨「気安く名前で呼ばないでくれるかな?」

橙真「……渡辺」

優梨「呼び捨てなの?」

橙真「渡辺、さん」

優梨「なに?」

橙真「あの、卒業式って、昨日だよな?」

優梨「何言ってんの? 卒業式は今日。そもそも昨日がそうだったなら、なんで学校来てるのって話だよ」

橙真「そうだけど……でも」

優梨「しつこいなぁ。なに、数時間前のことも忘れてるとか、記憶障害でも持ってるの?」

橙真「そうじゃないけど……」

優梨「じゃあ夢と現実混同させないでよ。迷惑」

橙真「……ごめん」


 間


優梨「……どうしたの。昨日そんなに嫌なことあったの?」

橙真「別に、嫌なことじゃあなかった、と、思う、けど……」

優梨「けど?」

橙真「昨日は普通に友達と話してて、帰って、それで……あ、あれ?」

優梨「意外。三里に友達なんて居たんだ」

橙真「それくらいいる……い、いる? いない?」

優梨「どっち」

橙真「わからない……。俺に、友達なんて居たか? 昨日、卒業式なんてあった? いや、ない……あれ、あった?」

優梨「本格的に頭おかしくなっちゃった?」

橙真「俺は……」


 哲、上手から戻ってくる。


哲「いやー、俺必要なかったわー」

優梨「あ、哲くん」

哲「なー聞いてー? 実はさぁ……って、なんだこの空気。重っ! どしたん?」

優梨「なんでもないよ。早く帰ろ」

哲「そうだな。あー三里。こいつあげる。捨ててもオッケ」


 哲、ポケットから宝石を取り出す。橙真、それを受け取る。


橙真「何、これ」

哲「幸運を呼び込む魔法のアイテム。実績あり」

優梨「うさんくさっ。近寄りたくないわー。ねー帰ろうよー」

哲「わかったって。あ、帰りにパン屋寄っていかね?」

優梨「さんせー」

橙真「ちょっと待った、これ……!」


 音響、着信音。

 優梨、哲、上手に向かう、哲は電話しながら。


哲「もしもし。なんだよ……ああ、それか。もうそろ行くからさ、もう少し待ってろ」(はけたら途中で切って良き)


 二人、上手にはける。


橙真「……どうすんだよ、これ。哲の奴、変なもの渡してきやがって。幸運を呼び込むなんて、あるわけないじゃん。……くそっ、なんなんだよ、何が起きてるんだよ……! 俺は、どうしたらいいんだよ……」


 橙真、カバンを持って上手にはける。暗転。

 音響、ド派手な衝突音。


 明転。卒業式後の教室。机は綺麗に整頓されている。

 橙真は机に突っ伏して寝ており、哲と優梨は楽しそうに話している。


哲「というかさ、校長先生めっちゃ泣いてなかった?」

優梨「それ。さすがに泣くの早すぎだよね」

哲「祝辞のときから泣いてたし。きっと終わる頃には体内の水分からっからやな」

橙真「__はっ!」


 橙真、飛び起きて椅子から落ちる。


橙真「痛っ! っう……変なとこぶつけたかも」

優梨「それはさすがに失礼……って、なにしてんの三里」

哲「あはははは! 三里、お前なに一人ギャグしてんだよ」

優梨「ドジすぎ。なに妄想してたんだか」

哲「きっと自分が勇者になる夢でも見てたんだぜ」

優梨「うわー、引くわ」

橙真「また……」

哲「は?」

橙真「また。また同じセリフだ。っなんでお前らは同じ会話しかしてないんだよ?」

哲「同じって……俺ら、この話は初めてするけど」

優梨「というか、今までずっと私たちの話聞いてたってこと? 盗み聞きなんて最低」

橙真「違う! 俺は盗み聞きなんてしてない。確かに昨日ちゃんと聞いた」

優梨「なにいってるのか意味わからないんだけど」

橙真「夢なんかじゃない。俺は確かに聞いたし、話もした。なのになんでそれがなかったことになってるんだ!」

哲「やべーなこいつ。妄想激しすぎてついていけん」

橙真「違う、違う! 全部実際にあったことなんだ! 俺が見て、聞いているものが全部嘘なわけない!」

哲「悪い、優梨。俺先生に呼び出し食らってるから、ちょっと席外すわ」

優梨「あ、ちょっと哲くん!」


 哲、上手にはける。


橙真「一体なにが起こってる?思い出せ、昨日は何があった? 卒業式の後、教室で友達と話して、帰りがけにお店によって、それから……それから、何があった?」

優梨「ちょっと、本当に大丈夫?」

橙真「くそっ! 前もここで思い出せなかった。なんでだよ? おかしい、昨日のことなんだから、すぐに思い出せるはず!」

優梨「ねぇ、落ち着いて」

橙真「それから……そうだ、店を出た後にいきなり車が……あ、う、うぁぁああああ!」

優梨「落ち着いてってば!」

橙真「死んだ? そんなわけない。じゃあなんで俺はここにいるんだ? 俺は誰だ? なんで生きてる?」

優梨「ちょっと……」

橙真「渡辺! 教えてくれ、俺は誰だ? 今日はいつだ? いったい何が起きてるんだ!?」

優梨「うわっ。な、何? どうしたの、自分が誰かもわからないなんて」

橙真「いいから答えてくれ!」

優梨「……三里橙真って名前でしょ」

橙真「三里……橙真。そう、そうだ。三里橙真だ」

優梨「ねぇ、何があったの。名前すらも思い出せないとか、本当に記憶障害?」

橙真「ふざけんな! 俺の記憶は全て本物だ! なあ渡辺。いや、優梨。お前、前に俺に言ったよな、俺のことが好きだって! なあ、覚えてるだろ」

優梨「何それ。私そんなこと言った覚えな」

橙真「嘘だ! そんなわけない。昨日、確かに言ったじゃないか!」

優梨「だから言ってないって。勝手に妄想して現実と混同させないでくれる?」

橙真「違う……なら、そう、店だ。駅前に新しくできたっていう」

優梨「ああ、パン屋さん。確かに三日前くらいにできたけど、それがどうかしたの?」

橙真「話してただろ、昨日、この時間に、三人で!」

優梨「え、してないけど。ってか今日話そうと思ってたんだけど。何、まさか三里、未来から来たの?」

橙真「み、未来?」

優梨「それっぽくない? 昨日昨日ばっか言ってるし、これから起こることなんか分かってるっぽいし、時間遡ってきたって言ってもおかしくなさそう」

橙真「時間を、遡る?」

優梨「ま、そんなことあるわけないし、結局は夢オチだろうけどね」

橙真「そうだ、時間だ。時間が巻き戻ってるんだ。俺が死んだときから、今まで。そうじゃないと説明がつかない」


 哲、上手から戻ってくる。


哲「いやー、俺必要なかったわー」

優梨「あ、哲くん」

哲「なー聞いてー? 実はさぁ……って、なんだこの空気。重っ! どしたん?」

優梨「それがさ、三里が頭おかしくなっちゃって」

哲「もともとだろ」

優梨「時間が巻き戻ってるとか言ってるの」

哲「……へぇ、そうなんだ」

優梨「あれ、信じるの?」

哲「そんなわけないだろ。三里、お前さすがにタイムリープは現実では起こらねーよ」

橙真「哲、違う、本当なんだ。本当に」

哲「アニメの見過ぎ、ラノベの読みすぎ。空想世界に浸るのは自由だけどさ、見境無くなるのはダメだな」

優梨「ね、迷惑だよね」

橙真「哲……なんで信じてくれないんだよ?」

哲「お前何言ってんの? 今までろくに話したことのない根暗のくせに」

橙真「違う、いつも普通に話してただろ」

優梨「ほら、こんな風にないことでっち上げてさ。それにこいつさぁ、私が自分のこと好きだって勘違いしてるの」

橙真「だから勘違いじゃな」

哲「自意識過剰ウケる。どこをどう勘違いしたらそうなるんだ」

優梨「私が好きなのは哲くんなのに。ひどい話だよ」

橙真「え?」

哲「優梨。よし、俺たち付き合うか」

優梨「本当!? やった!」

哲「じゃあ記念に駅前のパン屋寄ってくか。知ってるか? 新しくオープンした」

優梨「知ってる! さすが哲くん。流行に乗ってるね」

哲「じゃ、そういうことだから」

橙真「……待ってくれ」

哲「なんだ、お別れ祝いでも欲しいのか? よし、せっかくだからこいつやるよ」


 哲、ポケットから宝石を取り出す。


橙真「いらない、そんなもの」

優梨「綺麗な宝石だね。いいなぁ」

哲「幸運を呼び込む魔法のアイテム。実績あり」

優梨「うさんくさっ。近寄りたくないわー。ね、そんなの捨てて早く行こうよ」

哲「いやいや、本当に効果あるんだって。三里、ここ置いとくから、ちゃんと持っていけよ?」


 哲、宝石を机の上に置く。音響、着信音。


哲「もしもし。なんだよ……ああ、それか。もうそろ行くからさ、もう少し待ってろ」


 優梨、哲、上手にはける。橙真、少しの間呆然とする。


橙真「…………くそっ! なんでこう上手くいかないんだよ。なんで誰も信じてくれないんだよっ!」


 近くにあった机を蹴る。と、一つの冊子が机から落ちる。


橙真「なんだこれ? (拾って)三里橙真の、調査、報告書? 探偵事務所、依頼人、手毬哲……なんだよ、これ。俺の家の住所、電話番号、携帯のメールアドレスまで。それに加えて平日のスケジュール、細かい時間まである。……こんなの、プライバシーの侵害じゃないか! 何を考えてるんだあいつは! 絶対捕まえて理由吐かせてやる!」


 橙真、冊子と宝石をカバンに入れて上手に走ってはける。暗転。

 音響、ド派手な衝突音。


 明転。卒業式後の教室。机は綺麗に整頓されている。

 橙真は机に突っ伏して寝ており、哲と優梨は楽しそうに話している。


哲「というかさ、校長先生めっちゃ泣いてなかった?」

優梨「それ。さすがに泣くの早すぎだよね」

橙真「__はっ!」


 橙真、飛び起きて椅子から落ちる。


橙真「痛っ! ……っう〜」

哲「あはははは! 三里、お前なに一人ギャグしてんだよ」

優梨「ドジすぎ。なに妄想してたんだか」

橙真「おい哲! あの冊子はなんなんだよ!」

哲「は、冊子? なんのことだ?」

橙真「とぼけるな! 探偵に依頼して俺のこと調べてただろ、その調査報告書を出せ!」

優梨「探偵に依頼? そんなことしないよね?」

哲「ああ。高校生はいつも金欠なんだぜ? そんな金あるかって」

橙真「いいから出せよ、今持ってるだろ!」

哲「だから最初からそんなもんないって言ってんの。聞いてる?」

優梨「やめなよ。哲くんないって言ってるんだから

橙真「ないわけがない。俺は前回の今日、お前が帰った後。ここで見たんだよ。お前が忘れていった報告書を!」

優梨「何言ってるのこいつ。ついに頭おかしくなった?」

哲「もともとだろ」

橙真「〜〜もういい! 自分で探す」


 橙真、哲の机を確認する。


哲「おいおい、人の机だぞ。勝手に漁るなって」

橙真「確か前回は机から落ちたはず。だからここら辺に……」

哲「待て、それ以上は漁るな。俺片付け苦手だからぐちゃぐちゃにされると困るんだよ」

優梨「なんか気味悪いね。被害受ける前に早く帰ろ」

哲「そうだな。っと、思ったけど悪い。俺先生に呼び出し食らってたんだ」

優梨「えぇ? 待って、私一人にしないでよ」

哲「悪いな、ちょっとそいつの動向見守っててくれ。俺の机は好きに探らせてていいから」

優梨「ちょ、哲くん待って! ……ひどい、見捨てられた」


 哲、上手にはける。


優梨「三里、やめなよ。自分だって人に机荒らされたら嫌でしょ?」

橙真「……ない。なんでだ。机に置いてないなら、カバンの中に……」

優梨「ちょっと、ダメだよ。カバンの中身漁るとか下手すると犯罪だよ? 聞いてる? ねぇ。ダメって言ってるでしょ。哲くんの気持ちも考えなよ」

橙真「うるさい! どうせやり直すんだ。これくらい良いだろ!」

優梨「人がせっかく親切に注意してるのに……もう!」


 優梨、背後から橙真を殴る。橙真、倒れる。


橙真「お前っ……なにすんだよ!」

優梨「なにするのはこっちのセリフだよ! 三里、人の気持ちを考えて行動しろって言ってるのにさ、なんで聞かないの? 嫌われたいの? 人として最低だよ」

橙真「そんなのっ、哲が今まで俺にしてきたことに比べれば、全然良いじゃないか!」

優梨「そういう問題じゃない」

橙真「でも!」

優梨「なに、今まで哲くんがあんたに何をしたっていうの」

橙真「だから探偵を使って俺のこと調べて」

優梨「本人はやってないって言ってる。証拠は?」

橙真「そのカバンの中だ。絶対俺のこと調べた証拠がその中にある!」

優梨「はぁ……。他には?」

橙真「他にはって、それだけで十分だろ」

優梨「それだけ? 証拠もない、ただの妄言だけ? だめ、話にならない」

橙真「証拠がないっていうならそのカバンの中を探させろって!」

優梨「だからダメだって言ってるのに、まだ諦めてないの? 私があれだけ注意したのに。本当、最低。無理、関わりたくない、顔も見たくない」

橙真「は……?」


 哲、上手から戻ってくる。


哲「いやー、俺必要なかったわー」

優梨「あ、哲くん」

哲「なー聞いてー? 実はさぁ……って、なんだこの空気。重っ! どしたん?」

優梨「なんでもない。早く帰ろ」

哲「ああ。って荷物が大量にあるよどうしよ〜」

橙真「哲、調査報告書を」

哲「まだそんなこと言ってんのか」

優梨「そう、いくら言っても聞かないの。話通じないからこんなやつ放っておいて早く帰ろうよ」

哲「りょ。ちょい三里どいてくれるか? 帰る仕度したいんだ」

橙真「ダメだ。そんなことより__」

哲「どけって言ってんの。理解してる? そもそも俺の声聞こえてますかー?」

橙真「なっ……馬鹿にするな!」

哲「うん馬鹿にしてる。だって言うこと聞いてくれないんだもん」

優梨「ねぇまだ? 私先帰ってていいかな?」

哲「待った待った、あと1分! よっと!(橙真を蹴り倒す) いやー、しつこいやつってほんと嫌だわ」

優梨「ね。あとでこいつのラインブロックしておかないと」

哲「最重要事項。今日のやることリストに追加せな」

優梨「そんなの作ってるの?」

哲「いや?」


 哲、宝石を机の上において、カバンを持つ。音響、着信音。


哲「もしもし。なんだよ……ああ、それか。もうそろ行くからさ、もう少し待ってろ」


 哲、優梨、上手にはける。橙真、ゆっくりと起き上がる。


橙真「いててて……くそ、哲の野郎! 絶対全部分かってるくせに、わかっててあの態度。あの証拠さえあれば、優梨だって俺のこと信じてくれる。あの証拠さえあれば……」


 橙真、机の上の宝石に気づく。


橙真「これ……哲のやつ、忘れていってる。違う、わざと置いたんだ。俺に受け取らせるために……。こんなもの、何が幸運を呼び込む魔法のアイテムだ。何も効果なんてないじゃないか。……もう一回。もう一回、やり直さないと」


 橙真、上手にはける。暗転。

 舞台の前だけ明転。橙真は真ん中に立っている。


橙真「こんなもの、川に投げ捨てれば__」


 暗転。音響、ド派手な衝突音。


 明転。卒業式後の教室。机は綺麗に整頓されている。

 橙真は机に突っ伏して寝ており、哲と優梨は楽しそうに話している。

 橙真、ゆっくりと起きる。


哲「というかさ、校長先生めっちゃ泣いてなかった?」

優梨「それ。さすがに泣くの早すぎだよね」

哲「祝辞のときから泣いてたし。きっと終わる頃には体内の水分からっからやな」

優梨「さすがに失礼だよ」

哲「……なあ、何であいつあんなブツブツ言ってんの?」

優梨「呪いでもかけてんじゃない?」

哲「その場合対象俺らだぜ」

優梨「あ、やば」

哲「つーかうるせーな。おい、三里! お前黙れ」

優梨「うんうん、迷惑」

哲「……ダメだ、聞いてねーな」

優梨「なんか気味悪いね。被害受ける前に早く帰ろ」

哲「そうだな。っと、思ったけど悪い。俺先生に呼び出し食らってたんだ」

優梨「えぇー? 一人にしないでよー」

哲「悪い、ちょっと行ってくるわ」


※明転から同時進行。

橙真「やっぱり、戻ってる。俺の予想した通りだ。失敗しても、やり直せる。俺が成功するまで、俺が幸せになるまでいくらでもやり直せるんだ。じゃあ、今回はどうすればいい。どうすれば哲を出し抜ける。俺が幸せになるためには、まず哲のやつをどうにかしないと。必要なのは、この教室に一人になることだ。哲は先生に呼ばれて必ず一回は抜ける。その時がチャンスだ。でも、そうなると前回は優梨が邪魔だった。優梨をどうにかして帰らせなければいけない。その方法はなんだ。……ああ、手段なんてどうでもいいか。無理矢理にでも帰らせればそれでいい」(ゆっくり、自分に言い聞かせるように読んでください。哲がはけるまでもたせて欲しい)


 哲、上手にはける。


優梨「もう哲くんの馬鹿。こんな気味悪いやつと一緒にするなんて。ああ、早く帰っちゃダメかな」

橙真「なあ、優梨。帰ってくれないか、今すぐ」

優梨「私哲くん待たなきゃいけないんだけど」

橙真「そうか」

優梨「な__(橙真に殴られる) いったぁ……ちょっと、なにすんの!」

橙真「は? 前回お前にされたことをやっただけだ。どうせ無かったことになるんだから、これくらい良いだろ」

優梨「え? 私、あんたに暴力振るったことなんてないんだけど。言いがかりはやめてよ!」

橙真「……優梨、お前早く帰れ。早くこの教室から出ていけ」

優梨「あんたに指図される筋合いは」

橙真「早く行けって言ってんだよ!」

優梨「っわかったよ。出ていけば良いんでしょ! その代わり哲くんにはちゃんと謝っておいてよね!」


 優梨、上手にはける。


橙真「なんだ、簡単じゃないか。邪魔者もいなくなったことだし、早く探さないと……!」


 橙真、哲のカバンの中を探す。


橙真「なんだよこれ、カバンの中まできたねーな。どこだ、調査報告書……。これは、違う、夏休みの課題だ。いつまで夏休みのプリント持ってんだよ。バカだろ。これは……うちの学校のパンフレット。しかも今年の。なんでこんなもの持ってるんだ。違う、探してるのはこれじゃない。……あ、これだ。探偵事務所、依頼人、手毬哲。これだ。あった、あった! ついに見つけた! ……ん? 一つじゃない? こっちは……渡辺優梨? は? 俺だけじゃなく、優梨のことまで? なんだ、哲は一体何を考えてるんだ? 少し中を……いや、ダメだ」


 哲、上手から戻ってくる。


哲「おい、三里。何してんだよ」

橙真「哲……」

哲「必死な顔で学校でてく優梨を見たから、まさかと思って急いで戻ってきたけど。お前何してんの?」

橙真「そんなことより、哲。これはなんだ?」

哲「三里。今は俺が訊いてるんだ。質問に答えろ」

橙真「お前こそ」

哲「お前は。何が目的で、俺のカバンを漁ってたんですかー?」

橙真「それは……哲が、探偵を使って俺のこと調べてたから。いや、俺だけじゃない。優梨のことも」

哲「うん。調べたよ。で、それの何が悪いんだ?」

橙真「は……? そんなの、人として」

哲「へー、お前が言うんだ?」

橙真「え?」

哲「だってさ、お前が今やってることって、盗難だぜ? ああいや、盗難未遂かな。きっとお金とか高価なものじゃないからそういった意識が薄いんだと思うけど。ちょっと考えればわかるよな?」

橙真「そ、そんな俺は、盗むつもりなんてない。これは証拠として探していただけで」

哲「本人はそう思ってても、人から見れば盗みを働いてるようにしか見えないんだよな」

橙真「う……。証拠を見つけたのに、なんでこんなことになるんだ。これじゃあ時間戻した意味がない」

哲「は? 時間を戻す?」

橙真「そうだよ! 俺は、お前のせいで、お前らのせいで何度も死んだんだ! その度に同じ時間をやり直してる。お前にわかるか? この辛さが!」

哲「何度も死んだ……か。そっか」

橙真「おい、なんで笑ってるんだよ?」

哲「いやー、だってさ、本当に効果あるんだなって」

橙真「何がだよ?」

哲「あれ、わかんない? これだよこれ」

橙真「その宝石……! やっぱりお前……!」

哲「興味があったからさ、専門の人に頼んで買ってみたんだけど。まさか本当に効果あるとは思わなかった」

橙真「その宝石の、効果は何なんだ? 前に幸運を呼び込むとか言ってたけど、違うだろ。本当は何なんだよ?」

哲「幸運て。嘘つくにしてももっと良いのあっただろ。何やってんだ俺」

橙真「おい」

哲「これな。いわゆる蘇りの宝石ってやつ。時間を戻して、宝石の所持者を蘇らせる効果があるらしい」

橙真「時間を、戻す。……でも、お前はそれで何がしたかったんだよ? 毎回俺に渡して、その度に俺は死んだんだ。なあ、哲。説明しろよ」

哲「別に。そろそろ学校に飽きてきたからさ、最後になんか刺激が欲しいと思って」

橙真「は?」

哲「だってただ死なせるだけじゃつまらないじゃん? だから、時間を戻して、何度もなんども同じ奴を殺せたら、面白いだろうなって思ってさ」

橙真「そんな……そんな理由で!」

哲「くだらなくはないだろ? 楽しくない生活とか、マジだるくて。きっと皆そう思ってるよ。三里もさ。貴重な体験ができて楽しかっただろ?」

橙真「ふざけるな! 人をなんだと思ってるんだよ!」

哲「暇つぶしのおもちゃかなぁ?」

橙真「哲ッ! お前!」


 音響、着信音。


哲「あ。ごめん、ちょっと電話」

橙真「……毎回かかってくるけど、それ」

哲「うん。三里を殺す依頼をしてるんだ。もしもし。なんだよ……ああ、もう少し待ってくれ。まだ学校も出てないから。……ああ、三里橙真が見えたら、言ったとおりにしてくれ。頼んだ。……それで、三里はどうする? このまま帰れば死ぬことになるけど」

橙真「撤回することは、できないのか?」

哲「ヤダ」

橙真「なら……宝石を、くれ」

哲「ああ、ほら。それにしても、まだ繰り返す気なんだな。俺だったらとっくにそんな石手放して自殺してるわ。まー俺はやることやったし、帰るわ。じゃ、またちょっと前の時間に」


 哲、上手にはける。


橙真「……全部、哲が仕組んだことだったんだな。俺は、何もできずにあいつの掌の上で転がされていただけだったんだ。何度繰り返したって、何も変わらなかった。結局死んで、それで終わりだった。(宝石を見る)これのせいで、俺はこんなことを繰り返す羽目になったんだ。時間が戻る前の……本来の世界では、どんなことがあったんだっけ? ……いや、違うな。何も変わってない。そうだ、俺にはまだやりたいことがあった……。それができずに、後悔して、時間を戻したんだ。いや、違う。そうじゃない。俺は……俺は、何がしたいんだ?」


 一歩前に出る。


橙真「真実が、知りたい。まだ知らないことがあるはずだ。全部哲に説明してもらおう。それで、やり残したことをやるんだ。もう、後悔しないように。もう、戻ることのないように。だからもう一回……戻ろう」


 暗転。音響、ド派手な衝突音。


 明転。卒業式後の教室。机は綺麗に整頓されている。

 橙真は机に突っ伏して寝ており、哲と優梨は楽しそうに話している。

 橙真、ゆっくりと起きる。


橙真「……ちゃんと戻ってる」

哲「というかさ、校長先生めっちゃ泣いてなかった?」

優梨「それ。さすがに泣くの早すぎだよね」

哲「祝辞のときから泣いてたし。きっと終わる頃には体内の水分からっからやな」

優梨「さすがに失礼だよ」


 橙真、立ち上がろうとしてこける。また椅子に座って落ち着く。


哲「あはははは! 三里、お前なに一人ギャグしてんだよ」

優梨「ドジすぎ。なに妄想してたんだか」

哲「きっと自分が勇者になる夢でも見てたんだぜ」

優梨「うわー、引くわ。あ、そういえば、駅前に新しいパン屋さんができたの知ってる?」

哲「ああ、知ってる知ってる。なんか有名人の顔をかたどったパンが売ってるんだってな」

優梨「そう! さすが哲くん。流行に乗ってるね」

哲「地元の支店によく行ってたんだ。千円くらい売り上げに貢献した」

優梨「安っ」

哲「そーいやさ、今思い出したんだけど俺先生に呼び出し食らってたんだ」

優梨「それいつ。もう卒業式終わって2時間くらいたってるけど……」

哲「卒業式終わったらすぐって言われたんだ。ちょっと急ぎで行ってくるわ」


 哲、上手にはける。


橙真「そうだ……この会話、この光景。覚えがある。このあと俺は……優梨に告白したんだ。でも、その前に」


 優梨が帰る仕度をしている横で哲のカバンを探る。


優梨「ちょっと三里、何してるの。やめなよ」

橙真「確かここに……あった」

優梨「三里。やめなって言って」

橙真「ゆ……渡辺さん。これ」

優梨「何? ……え、何これ。(冊子の中を見る)何これ、私の個人情報……! なんでこんなのが、哲のカバンに」

橙真「探偵を使って、調べてたんだよ、俺たちのこと。……俺を、殺すために」

優梨「……え」

橙真「いや、本人にしてみれば娯楽のために、かな」

優梨「どういうこと? ねぇ、三里。説明して」

橙真「俺も全部はわかってないんだけど。哲はこうやって俺のこと調べて、通学路を把握してたんだ。だからその道中に、俺を殺すように依頼した車を待機させ、今日このあと、俺を殺すつもりなんだ」

優梨「な、何言ってんの? 哲くんがそんなことするわけないし、そもそも何でそんなこと知ってるの?」

橙真「渡辺さんは、時間が巻き戻ってるって言ったら、信じるか?」

優梨「……タイムリープってこと? そんなの、信じるわけないじゃん」

橙真「哲はもうすぐ戻ってくる。そうしたら、俺にあるものを渡してくるんだ。それが、蘇りの宝石、らしい」

優梨「そんな予言みたいなことしても、当たるわけないでしょ」

橙真「それから電話がかかってくる。俺が帰るのが遅いから、催促してくる電話だ」

優梨「……それは、三里にかかってくるなら予想できるでしょ」

橙真「違う。哲にかかってくるんだ」

優梨「え……? 意味が、わかんないんだけど」

橙真「俺がその車が待ち伏せている道を通らないから、しびれを切らした運転手が哲に確認の電話をよこした……いや、よこすんだ」

優梨「なに、それじゃあ三里は今日死んじゃうってこと? でも、そうなると色々おかしい」

橙真「哲がこれから持ってくる蘇りの宝石。それは時間を戻して、所有者を蘇らせる効果があるんだ。効果は本物。だから俺は今ここにいるんだ。あ、噂をすれば」


 哲、上手から戻ってくる。


哲「いやー、俺必要なかったわー」

優梨「あ、哲くん」

哲「なー聞いてー? 実はさぁ……って、なんだこの空気。重っ! どしたん?」

橙真「哲。ちょうどいい、お前のポケットに入ってる宝石、蘇りの宝石だろ?」

哲「あれ、なんでそのこと知ってんの? ってかそれ、俺の」

橙真「悪い、渡辺さんに話を聞いてもらうためには、こうするしかなかったんだ。あと、哲に、全てを話してもらうために」

優梨「ご、ごめん哲くん。勝手に哲くんの私物見ちゃって。でも、内容が……」

哲「あー、オーケーオーケー。理解した。つまりは、お前らは俺が何してたか、これから何しようとしてるか知っちゃったんだな?」

橙真「ああ」

哲「ってことはだ。馬鹿なお前らがこのこと知れるなんて考えにくいし、しかも三里が宝石のこと知ってるってことは」橙真「その通りだ。未来から、戻ってきた」

哲「なるほどー。へーこれ、本物だったんだな。いやー、興味があったからさ、専門の人に頼んで買ってみたんだけど。まさか本当に効果あるとは思わなかった」

橙真「なあ、哲。俺を殺した理由は前回聞いたからいいとして。なんで渡辺さんのことまで調べたんだ? 俺を殺すだけなら渡辺さんは関係無いだろ?」

哲「あ? そんなの、優梨が俺に好意持ってるからだ」

優梨「えっ!」

哲「俺の目的、つーのかな? それ知ってるなら想像つくだろ?」

橙真「……いや」

哲「あーもうばかだな。そろそろ学校に飽きてきたからさ、最後になんか刺激が欲しいと思ったんだよ。優梨が俺に告白してきたら手酷く振って、この蘇りの宝石渡してみようと思った。でもいつまでたっても何にも言わないからつまんなかったんだよ。だからターゲットをお前だけに絞って面白いことしてやろうと思ったんだ」

優梨「はぁ? さ、最低! 人を弄ぶとか、何考えてるの!?」

哲「何も考えてないかなぁ。俺結構行き当たりばったりでやってるからさ」

優梨「真面目に……」

哲「これでもかなり真面目に答えてるぜ? 信じようとしてないのはお前らの方だ」

優梨「う……」

橙真「……なあ、哲。どうして俺なんだ? 刺激が欲しいなら他のやつでもよかっただろ。別に他のやつはやっていいってことじゃないけど。なのに、どうして俺なんだよ?」

哲「なんとなく、って言いたいところだけど。実は理由があるんだ」

橙真「それは?」

哲「三里って、なんかいかにも根暗ですーってオーラ出してるだろ? 実際根暗だし。コミュ障だし。でも、普段取り乱すことってないだろ。そんな奴がみっともなく泣きわめいてる姿とか見せたら面白いじゃないか。だから」

優梨「そんな理由で……」

哲「いやいや、これ大事なことなんだって。ま、わかってくれなんて言わないけど」


 音響、着信音。


哲「あ。ごめん、ちょっと電話。もしもし。なんだよ……ああ、もう少し待ってくれ。まだ学校も出てないから。……ああ、三里橙真が見えたら、言ったとおりにしてくれ。頼んだ」

優梨「今の電話って、もしかして」

橙真「そう、さっき言ったあれだよ。いつもこのタイミングで連絡を取ってた」

哲「さて。これ以上騙し続けることはできないから俺はもう帰るけど、なんか他に聞きたいことってある?」

橙真「……いや、ない」

哲「じゃあ」

優梨「一つだけ! 最後に、教えて欲しい」

哲「なんだ?」

優梨「私たち、友達……だったよね?」

哲「俺は一度も友達だなんて思ったことはないぜ?」

優梨「そんな」

哲「じゃ、またな。ああ、宝石はここに置いとくから。好きにしてくれ」


 哲、上手にはける。


優梨「まさか、哲くんがあんな最低野郎だったなんて」

橙真「……渡辺さん」

優梨「本当にもう、最悪。全部嘘だった。あんなの好きになるなんて、私どうかしてた」

橙真「あの、さ。哲はもともとあんな奴だったかもしれないけど。でも、思い出くらいは嘘だと思わなくてもいいんじゃないか? 渡辺さんは、哲といる時すごい楽しそうだったし、その楽しかった記憶くらいは、信じていても、いいと思う」

優梨「……そうだね。ふふ、どうしたの三里。なんか性格変わったね?」

橙真「え?」

優梨「私、三里が誰にも気づかれないところで頑張ってたこと知ってるんだよ」

橙真「それってどういう……」

優梨「いつも朝早く来て掃除してたり、日直の子の仕事をこっそり手伝ったり。立派なことしてるんだから、もっと堂々としてればいいと思ってた」

橙真「そ、そうなんだ」

優梨「あれ、もしかして照れてる?」

橙真「照れてない」

優梨「そ、そんな真顔ではっきり否定しなくても」

橙真「……なあ、渡辺さん」

優梨「なに?」

橙真「返事はいらないから、聞いて欲しい。俺は渡辺さんが好きだ。付き合ってほしい」

優梨「……うん」

橙真「本当はもっと早く言うつもりだった。でも、言えなかった。渡辺さんは哲のことが好きだってわかってたから。今はどうか知らないけど。正直言って、オーケーもらえたらすごい嬉しい。けど」

優梨「けど?」

橙真「ほら俺、もうすぐ死んじゃうからさ。だから言うだけ言っておこうと思って」

優梨「なにそれ。別に返事くらい聞いてもいいんじゃない? 後悔するよ?」

橙真「えっ」

優梨「まあ断るけど。ごめんなさい」

橙真「……はは、そうだよな。今はそれどころじゃないもんな」

優梨「それもあるけど。私は三里とは付き合えない。でもね」

橙真「返事はいらないって言ったのに。まだ言うか」

優梨「私、三里のこと嫌いじゃないよ」

橙真「…………そっか」

優梨「うわ、なんか恥ずかしい。私もう帰るね。またね!」


 優梨、逃げるように上手にはける。


橙真「最後に未練が残るようなことしやがって。でも、もう、今度こそ終わりだ。こんな宝石、必要ない。(宝石を下手に投げる)さあ、終わりにしよう」


 橙真、舞台正面に移動する。照明、スポットライト。

 橙真は目を閉じる。

 暗転と同時に音響、ド派手な衝突音。


終わり

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