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第六話、椿の間。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、その他とは一切関係ありません。また物語を進めるにあたって、史実とは異なった描写を用いてる部分があります。ご了承ください。

この物語はアルファポリスにも投稿しています。

 業務用の自動車を山口が運転している。後部座席には折田と幸助の二人が乗っていた。

 「何故家出した」

 「あんたには関係ない」

 「……ねえ二人とも、その押し問答何時まで続ける心算なのさ。さっきから其れしか言ってないじゃない」

 「折田、お前もなんで此奴を連れてきた! 仕事に新人がいると完全に足手纏いじゃねぇか!」

 山口が叫ぶ。そんな山口に対して、折田が飄々と言った。

 「だから、言ったじゃないですか。新人教育は『百聞は一見に如かず』。ぐだぐだ説明するより手っ取り早いって。幸助くんもそう思うでしょ? あれ、なんでそんな顔するの」

 「事務所の雑用の方が良かったんだろう」

 「……そういう山口さんこそなんで依頼人に隠したんですか」

 「何のことだ」

 「幸助くんですよ」

 折田が芝居がかった様に肩を竦めた。顔が明後日を向いている。が運転席に居る山口にはその顔は見えない。

 「……俺も」

 幸助がポツリと呟く。

 「突き返されると思ってた」

 画像にあった道着姿の少年の横顔と、隣に居る、粗末な服を着ている少年の横顔が重なる。言うまでもなく同一人物だ。詰まり、依頼は完了したも同然である。

 因みに家出の理由を聞くと幼子宜しく黙秘を決め込む。

 幸助の言葉に同感した折田が「だよねえ」と零した。

 「ほんと意外でしたよ。『進展次第此方から連絡致します』なんて言ってさ。進展も何も解決したのに」

 「同じことは二回も言わねえぞ。此奴を掃討屋に残すほうが得だと考えただけだ……くっちゃべってないで前を見ろ」

 山口の言葉を合図に後部座席の二人が身を乗り出した。

 そこに在るのは木造の古い建物。

 昼過ぎだというのに、生い茂る緑と老朽が進み軋んでいる館のせいで薄暗い。

 「真っ黒の埃オバケが出そうな旅館ですね」折田が呟いた。山口は馬鹿馬鹿しいと一瞥する。

 「依頼があったのは一週間ほど前、この旅館を使用した客からだ。詳しいことは部屋に着いてから説明する」

 「依頼って、掃討屋ですか? それとも探偵?」

 「探偵だ。と言ってもこりゃあ掃討屋の仕事だろうな。この旅館で起こっている『怪異』について調べてほしいんだと」

 話しつつ荷物をまとめて自動車から降りる。山口に続いて降りたのは幸助、最後に折田。

 「なんだか結構な言い回しですね……怪異……帰っていいですか?」

 「帰りたきゃ帰れ」山口は呆れた顔で肩を竦めて言った。そして自動車の鍵を懐に仕舞う。


 「車で二時間の道のりだ。精々頑張れよ」



 ◇◇◇



 ちりんと云う風鈴の声が耳を掠めた。

 「あー疲れた! あ、そうだ、お風呂行こう、お風呂」

 「阿呆。まずは荷解きからだろうが。そのあとに今後の予定を伝えるから未だ部屋から出ていくんじゃねえ、判ったな」

 山口が予定(スケジュール)帳を開く。それを見た折田はげんなりとした顔で頬を膨らませたが、しぶしぶ肯定の返事をした。

 車を降りて旅館に入ったのが十数分前。女将の長々とした説明やら紹介やらを聞いて客間『椿の間』に案内されたのが五分ほど前である。その間の対応は折田が自前の愛嬌と饒舌な口で相手をしていたが、内心少しだけうんざりしていた。なにしろ女将の話が長い。

 乱雑に荷物を下ろす折田と幸助を見、山口も背負っていた鞄を下ろし足を投げ出して座り込んだ。そこでようやく肩の荷も下りた気がして、一つだけ短い溜息を吐く。

 横目で幸助を見やると、深い溜息にも見える息を吐いていた。……それはそうだろう。

 着の身着のまま掃討屋を訪ね、家出した手前に姉の来訪、突然の外泊。疲れるのも無理は無い。

 うとうととまどろんでいると、このまま熟睡してしまいそうな気がして慌てて頭を振った。


 その時だった。


 男とも女とも判らぬ叫び声が三人の耳に飛び込んできた。否、叫び声というよりも「発狂した声」が正しい。

 「な、なんですかいきなり」

 「俺が見てくる」

 聞こえてきたのは部屋の外からだ。山口は恐る恐る扉を開ける。

 と、すぐさままた狂声が轟いた。

 「か~け~な~い~!! もう私には無理!!」

 「そんなことをおっしゃらず! ほら、締切まであと三日ですよ~!」

 「聞きたくない~!!」

 如何やら作家らしい。二十代後半だろうか、ぼさぼさのボブヘアーや着崩したジャージ姿。洒落事に無頓着のように見える。

 その後ろから、今度はノートパソコンを抱えた女性が怒ったような戸惑ったような顔をして追いかけて来た。

 「いい加減にしてください先生~! なんのために私があれほどの資料を集めてきたか……っ!」

 「それは悪かったって言ってるでしょう! それに私はもう書けないわ、担当編集者を降りて頂戴!」

 「厭です! 私がどれほど先生の作品を愛しているかお分かりですか!」

 「知らないから分かってないからもう放っておいて~!」

 修羅場ですね、と言ったのは折田だ。幸助も「うわっ」と感嘆を漏らす。

 彼女たちの攻防は暫く続いた。

 「お願いします先生! 書いてください!」

 「厭ったら厭! 大体あなた、資料収集だとか言ってひとりで京都に行ったでしょう? それに壬生寺にも! ひとりで!」

 「それは先生の時間まで割く必要はないとっ……!」

 「あなたのそれが一番厭なのよ! それじゃあ約束して頂戴! 脱稿したら、あなたのお金で、北海道旅行! 勿論目的は五稜郭!」

 「分かりました、分かりましたから!」

 「いい? 約束よ!」

 それを聞いて、ノートパソコンを抱えた編集者はあからさまに安堵の顔を浮かべた。ようやく事態の収拾がついたらしい。二人分の北海道旅行費が気になるところではあるが、山口は早々に頭を引っ込めた。

 が。

 「京都に壬生寺に五稜郭かぁ……新選組観光ですか?」

 折田が部屋から出ていた。

 予想外の出来事に一瞬硬直し、女作家が驚愕と嬉々とを入り混じらせた表情を顔いっぱいに浮かべたところで、はっと我に返った。時すでに遅し。

 止めに入ろうとするも、女作家のほうがそれを許さなかった。

 「新選組をご存知なんですか?」

 女作家が問う。それに対して、折田が柔和に微笑んだ。

 「ええ、多少」

 「まあ! 新選組を語れば魅せられないひとなんていません。やっぱり一番は元治元年六月五日の池田屋事件です」

 話している彼女はとても楽しそうだった。

 確かに、少しの書記と憶測と推理だけでこれだけ正確な歴史を紡げていることは感慨深い。正しい歴史を語り継いでくれることが、どれだけ当の本人たちの喜びになるか。……だが、いまはそれどころじゃない。

 「あの莫迦。目立つ行動はなるべく避けろと言っただろうが……! 俺の計画を滅茶苦茶にしやがって!」

 憤怒で手を固く握り締め拳を振り上げると、後ろから手が伸びて遮られた。

 「おい幸助、てめえなんの真似だ」

 振り返るや否や、また山口は閉口する羽目になった。

 自分の足元で、頭を抱えて蹲っている。

 「……壬生……池田屋……俺、は……」

 「おい、大丈夫か!」

 辺りに厭な臭いが立ち込める。散々嗅ぎ慣れた死臭だ。血と、腐肉の臭い。

 山口は咄嗟に扉を閉めた。念を入れて鍵も掛ける。

 「ちょっと山口さん!」と折田の声が聞こえたが無視した。外に出たのが悪い。

 辺りの空気をどす黒く染め上げ、幸助の胸の辺りから青白い結晶のようなものが出てきた。黒い空気がそれを中心にして集まり、一つの形を成す。

 あっという間に獅子の出来上がりだ。

 「おいおいおい、そりゃねえだろ……」

 左手の中指に念を込める。暫くして打刀の重みがずっしりと伝わって来た。

 八畳の部屋。二メートル近い天井高。刀を振るう分には問題無しだ。

 柄に右手を掛け、じっと見据える。異変に気付いたのはそれからあとだった。


 「『見つけた……やっと見つけたぞ……』」


 不意にそんな声が聞こえてきた。一寸してからそれは獅子が発しているものと気付く。しかしくぐもっていて声というより音に近い。

 言葉を発する異形とは面妖なと顔を顰めたが、獅子の姿を見て目を見張った。

 黒い靄が獅子から変わり、人の形を作っていく。

 袴の上に羽織を着、刀を腰に差している。整った髷も腰のものも、まるで武士のようだ。

 徐々に輪郭も顔もはっきりとしてきて息遣いまで読み取れる。


 ――武士のような? 違う。あれは……


 「てめえ、まさか……伊東かっ⁈」

 気が付いたらそう叫んでいた。一度見たら忘れない忌々しい顔だ。人を見下したあの顔。こいつのせいで多くの仲間を殺してしまった。……今は昔の話だ。

 それにその分のツケはしっかり払ってもらっている。

 存在が邪魔だった。『局長』の命を狙い『局長』に仇成す者であったから、斬り捨てた。

 その伊東が何故今更。……よもやその恨みを晴らそうと言うのか。

 山口はまた顔を顰めた。瞬間、また異形が――伊東が口を開く。

 「『……忘れたとは言わせぬぞ……我らを愚弄し、下劣な罠に掛けたあの夜を……!』」

 そんな伊東を眺めながら、山口は「やっぱりそうか」と溜息を吐いた。

 山口は心底呆れたように、そして莫迦にしたように口元に笑みを浮かべて言う。

 「あれが俺たちのやり方だ。てめえは俺たちとの賭けに負けた、それだけだ」

 「『あんな騙し討ちのような……っ!』」

 「それが、俺たち新選組だ。負け犬が今更吠えたところで痛くも痒くもねえ」

 「『許さぬ……許さぬぞ……土方(ひじかた)!!』」

 伊東が刀を抜いて斬りかかってきた。

 咄嗟に山口は濃口を切る。しかし。


 刀は空を切り、伊東は横を素通りして、――――壁を擦り抜けた。


 瞬間。


 「きゃああああああああああ!!」


 「まさかっ!」

 山口は慌てて部屋を飛び出した。

 声の主は懸念した通り、先程の女作家だ。

 「『ふふふっ……あははははははははははははは!!』」

 しまった、と思った時には既に遅かった。

 女作家が両手で顔を覆って奇声を発し、狂乱した。

 「『私は貴様が憎い! 武士を侮辱したも同然のあの蛮行を敗忘したことは一度たりともなかった。……だが今後は貴様らの番だ! 隊士の首を凡て斬り落としてくれよう! 無論、貴様も近藤もだ!!』」

 女作家が叫び捨てる。

 「どういうことなんですか山口さん!」

 突然の死臭に不意を突かれたのか、涙目で鼻を押さえる折田が詰め寄って来た。様子が急変した女作家を担当編集者と言った女性も度肝を抜かれたように呆然と見つめている。

 「話は後だ! 折田そいつを抑えろ!」

 「そ、そいつって……女性ですけど⁈」

 「あ~まどろっこしい! 説明は後だ!」

 そう言い合っているうちに女作家は狂乱したまま、一目散に走り去って行った。

 「あ、おい! 畜生待ちやがれ!」

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